5.
タイチの最初の相手は学園の友人の母親だった。
「こんにちはー」
「あら、また来たの?カルピス準備してるわよ」
「お!あざーっす!」
その母親が今何しているかは知らないが、タイチにとってはもう大昔のことのような気がする。その友人の母親はタイチを誘ってそういった行為に及んだのである。
「ナオヤー。ちょっと買い物行ってきてー」
「えー。今いいとこだったのにー」
「もう少しで終わるでしょ!」
「まあそうだけどさあ……」
「買い物リストはこれね!」
「うへー……。って、結構多くね?」
「今夜はナオヤの好きな焼き肉だから」
「あ。マジっ!?行く行く!タイチも行こうぜ!」
「タイチちゃんは台所の片付けを手伝ってもらおうかな」
「はーい」
「ええ……。俺だけ?……ちぇっ。行ってきまーす……」
こんな手順で簡単に実の息子を追い出したその友人の母親は、今思うとその年齢にしてはそれなりに自身の美貌に自信があったのかもしれない。
タイチの母親ほどではないが。
「これお願いね」
「はーい」
素直にテーブルを拭き始めたタイチに、彼女は接近してきたのである。
「タイチちゃんは本当に肌が綺麗ねえ」
「あざっす。ま、ナオヤママほどじゃないですけどね」
タイチはそう流したが、彼女の目的はもう大体分かっていた。
(今日かー。なんかそろそろな気はしてたんだよなー。あの女、自分の身体にかなり自信満々なタイプだし。まあ……それなりに若いのもあるか?)
タイチはその頃にはだいぶ、自身がどんな目を向けられやすいかは知っていた。元々、幼稚園の頃からそういう視線を寄越す手合いは多かったのである。
男女性別問わず様々な人間から注目されやすかったせいもあるかもしれない。ごく僅かだが一部から向けられる妙な視線の意味が、その頃には分かるようになってきていた。
それとも、その頃同学年の女子たちから似たような視線を感じ始めたせいだろうか。
「あら、何々?何も出ないわよ?飴ぐらいしか」
「やだなー、本当ですよ」
「そうー?ちょっとだけ触ってみる?」
「いいんですか?」
「ちょっとだけよ?こっちの部屋に来てちょうだい」
(俺と同じぐらいの年齢だとでも思ってんのか?このオバサンも大概だな。自分が犯罪者だなんて微塵も思ってない顔してやがる。俺が訴えたら、どうせ無理矢理されたとか息子の友人相手に自分から誘うわけないなんて言うんだろうな)
実のところ、ナオヤの母親はまだ27歳だったのだが、タイチからすると同級生の母親は皆オバサンかオバチャンであった。
それに、彼女はかなり手際が良かった。事が終わると何もなかったかのように全てを整え、窓を開け、香水を振り撒き、部屋の匂いでさえきちんと変えたのである。
(ふーん……。手慣れてるな。俺だけじゃなくて何回かこういう男が来てるってことか?)
タイチはなんとなく察したが、何も言わなかった。もうスッキリしていたからだろうか。
そんな誘惑の日から、タイチは彼女との親密な触れ合いを繰り返すようになった。特に、ナオヤが習い事に行っている隙に呼ばれることが多かったのである。
「いらっしゃい、今日は暑いわねー。飲み物飲む?」
「いらない。早く」
「もー。タイチちゃんってば以外と強引ね?」
ナオヤの母親は、その肌の触れ合いだけの関係を求めるタイチの態度を殊更気に入っていた。
(あの視線ってやっぱこういうことだよな)
タイチはさっさと初体験を終わらせて、同じような視線を向けてくる別の女との行為について考えていたのだが。
タイチが完全に彼女と身体を重ねたのはそれから1ヶ月ほど経った頃だろうか。
それまでの間、タイチは彼女から手取り足取り様々なことを学んだ。
その後の他の女たちと比べても彼女の技術は高かったから、もしかしたらそういう夜のお店で働いていたことがあるのかもしれない。
タイチは特に興味がなかったので追及しなかったが。
でも、その関係も1年だけだった。
「タイチ、おまえこの間俺が習い事の時にうちに来なかった?」
「ああ、行ったけど。どうして?」
「いや、なんかあった?」
「この間忘れ物してさー」
「忘れ物って……。お前が最近うちに遊びに来たの1ヶ月前じゃね?」
「言われてみれば?探してもなかなか見つからないから、念のためナオヤん家に行ったんだよ」
「あー、そうなんだ」
友人のナオヤに少し不審に思われ始めたし、友人の母親の執着が酷くなってきていたからだ。彼女は明らかに下心を隠したまま信頼関係を結び、そこからの性的欲求を満たし、そうして今ではタイチの孤立を目論んでいた。彼女が理論を知っているかは定かではなかったが、おそらく知らないだろう。
ただ長年の経験から、そうすれば上手くいくと分かっている節があった。
タイチはそんな理論もその母親の過去もナオヤの事情も知らなかったが、もう他に何人も手頃に関係を持てる女と繋がり始めていたし、なんとなくナオヤの母親の身体に飽きてきていた。
だから、
「ナオヤにバレそうだからもうやめる」
とだけ伝え、それ以降はあっさり彼女と連絡を取り合うのをやめたのである。
それからもナオヤの母親は時々、偶然を装ってタイチの前に姿を見せた。だが、流石にタイチに関係継続を無理強いすることはなかった。
タイチがそれなりに有名な会社の息子だったから、世間体を気にしたのかもしれないし、流石に息子の友人に訴えられると自分に分が悪そうだと理解したのかもしれない。
その2年後だっただろうか。
「ナオヤ、おまえの家、別の父親が出来たんだって?」
「うん」
「おまえ去年苗字変わったばっかじゃね?また変わんの?」
「……うん」
「ま、まあでもさ、引っ越しがないなら良かったな!」
ナオヤはそんな風に別の父親が出来たようなことを言っていたから、彼女のパートナー候補も元々複数いて、最近その序列が変わったのだろう。だが、タイチはそんな明らかに沈んでいるナオヤのことが気にもならなかったから、会話を聞いてそちらを一瞥しただけで、特に詳細は聞かなかった。




