3.
「スタカフェ行ったら、メルリさんいたわ」
「あー、あの北口のな。あそこ時々行くけど、夕方は色んな学園の女子たちがいるぜ」
「マジ!?俺も今度行こう」
「いやおまえは学園で声かけろよ」
「いやー、なんていうかさ、学園内って同学年の目がありすぎじゃね?女っていつも群れてるしさー」
「あいつら群れすぎだよな」
「カフェに行ってもそうだろ」
「いや、それがメルリさんはいつも1人らしい」
「執事付きでか?」
「まあそうらしいけど。執事?従者?なんて言うかは知らん」
「じゃあ声かけるのは厳しいかなー」
「1人で行動する学園の女子なんていねーよ。おまえは夢見すぎ」
そんな世間話もあり、タイチは、メルリがよく行くカフェを知っていたため、行動は早かった。
そのカフェにメルリが行くであろう時間帯を把握し、偶然を装って近づく計画を立てたのだ。
メルリの美しさや品の良さはやはりカフェでは際立っていた。執事はメルリが見える範囲にいるようだったが近くにはいなかったし、メルリも本当にそのカフェにはよく来るのか、慣れた様子で列に並んでいた。
周囲も、気にしないふりを装ってチラチラとメルリを見ているようだった。タイチは学園の教本を片手に、メルリの方など全く見ていない風を装って列に並んだ。
周囲の視線が更に集まってきたが、タイチにとってそれはいつもの光景で気にすることでもない。
教本を眺めているふりを装いつつ、タイチは周囲からは気づかれないよう、メルリを観察した。学園の鞄、服の着こなし、靴の具合、肌や髪の状態、髪紐の意匠……。アクセサリーの類は身につけていなかったため、趣味などは分からなかったが、それ以外でも会話には充分成立するだろう。
列に並んでから5分ほど経過しただろうか。タイチはちょうど教本の切りが良いところまで読み終えたかのように栞を挟み、本を閉じた。
そして、本を鞄に直して、目の前を見た。そして目をちょっと見張り、驚いた顔を作った。
「あれ?それって……うちの学園の制服?」
メルリは振り向いた。手入れの行き届いた長い髪がさらさらと横に流れていく。
「はい。あ、同じ学園のタイチさん……ですよね?」
タイチはその顔のおかげで、無駄に有名であった。普通に生きているだけで何故か目立ってしまう、非公式なファンクラブもどきまで出来てしまう。それがイケメンである。
「そう。よく知ってるね!君は?」
「私はメルリと申します」
「へー!可愛い名前だね。上品な感じ」
「いえいえ……」
「連絡先聞きたいけど……迷惑かな?あ。執事の方とか見てるみたいだね」
「あっ……そうなんです。いつもお付きの者がおりまして……」
「口で言える?覚えるからさ。俺、ちょっと覚えるの得意なんだよね」
タイチのいつもの手口であった。
「あっ。はい。でも、長いですよ……?」
「へーきへーき。ほら、言ってみて」
「ほにゃららん……ふにゃららん……です」
「覚えた。じゃ、後で連絡するよ!最後に俺の名前も入れとくからさ。もし嫌じゃなかったら返事して?」
「え!今の1回で覚えたんですか!?」
「まあね。……あ。信じてないなー?今日連絡がこなかったら嘘ってことでいいよ」
「いえ、そんなつもりは……!はい……!お待ちしてます!」
タイチが自身から声を掛けることまでするのは稀であったが、大概こうするだけで女は勝手に自分に好意を抱き、連絡を続けるうちに徐々に信用して最終的にはすんなりと行為をさせてくれるのである。
(メルリさんは結構手強そうだな……落とすまで3ヶ月……ってとこか?)
実際、メルリを完全に落とすのには2ヶ月ほどしかかからなかったが、タイチとしてはかなり慎重に時間をかけた方だろう。
とある高級ビルの最上階レストランで、社長の息子として権限や財力をフルに活かしたタイチが、特別フロアを借り切って、
「卒業したらすぐ結婚しよう」
「はいっ……!」
と、100本のバラを用意してプロポーズし、その申し出が受け入れられたのは、真夏の花火を2人で見た直後のことであった。
タイチは有名会社の社長の息子だったし、メルリは財閥の娘だったこと、またタイチが第一の夫を希望しなかったことから、その結婚はトントン拍子で進んだのだ。
タイチの父も有名な空財閥と縁を繋げるのであればホクホクだったし、空財閥も最近目覚ましい急成長を遂げている規模としてもそれなりの会社と縁を繋げられるのであれば悪い話ではなかった。
「俺は第一の夫ではないし、結婚式はしなくていいよ」
「そ、そうですか……?」
「ああ。多夫多妻のために、多重婚用の結婚式まで用意され始めてるんだろ?でも調べたら、結構金がかかるって言うじゃないか」
「お金ならこちらで……」
「いや、そんなことまでして貰うのはメルリに悪いしさ。第一の夫からしたら、自分とだけ盛大な結婚式を挙げて貰った方が面子的にも助かるだろ?メルリの第一の夫は財閥の人間になったり、将来的に跡継ぎになる可能性もあるわけだし、面子ってのは大事だからな。それに俺たちはほら、そんなことなんてしなくても愛し合ってるだろ?」
(ま、今のところ離婚するつもりはないけど、いつ離婚するかも分からないのに豪勢な結婚式を挙げて報道なんてされた日には、離婚もしにくくなるからな。何よりメルリは財閥の娘だし。第一の夫になるようなやつの顔も別に見たくはないしな)
タイチはメルリの他の夫のことだって気にならなかったし、どうでも良かった。大体、メルリを落としたのだって金蔓としてである。
(生は流石に許しちゃくれなかったが、時間をかけたら股を開かせるのも簡単だったしな。やっぱ第一の妻は初物がいいな。遊び用や第二以降はなんでもいいけど)
「本当に結婚式は挙げなくてよろしいのですか……?そうしてしまうと今後もタイチさんを第一の夫にはできませんし、財閥で働いていただくことも……」
「大丈夫大丈夫。俺、実は結構精神的に弱くてさ……。働いたらまた鬱になって落ち込んじゃうかもしれないから」
「そうですか……」
病気だと正当に訴えても信じてもらえない者がいる背景には、タイチのように過去の病を詐称したり、弱いふりをして相手から同情を買ったり信用させようとする者がいるせいでもある。これは男女ともにいるものだから、尚更、普通の人間が他人の詐病を見抜くことは難しかった。
だから、本物の病人は周囲からの誤解や差別を恐れて隠すことも多いのだ。
むしろ、そういう者たちは、身近な者や周囲を心配させないため、空元気を装うことの方が多いのである。
なのに一体どういうわけか、上手く病気を装うことができる詐欺師の方を信じ、本当に苦しんでいる病気の者を信じない者は多い。
詐欺師には美男美女が多いせいだろうか。彼らは詐欺で大金を手に入れているから、いくらでも容姿の魔法に金を注ぎ込めるのである。それとも詐欺師以上に人当たりが良い人種はいないせいだろうか。普段の言動で分かるような気もするが、多くは何故か騙されるから不思議なものである。
「俺の家、親戚とも折り合いが悪くてあまり付き合いがないしさ……」
「……!そうなのですね!私が色々とお手伝いさせていただきますね!」
(まあ嘘だけど)
嘘は多くが自身を守るためのものが多いことは知られているが、実はホワイトライというものもある。
まあ、こういった悪質な嘘のせいで、嘘全般が悪いものと認識されてしまいがちだが。
それに、結婚式などしたら、両家の様々な親戚と顔を合わせなくてはならない。タイチの父や兄は婚約の場で会った後すら皮算用が止まらなかったようだから、結婚の際により関係を深めようとするのは間違いなかった。
でも、タイチはそれは望まない。メルリには、ただタイチが生きていけるだけの金蔓になってくれれば構わないのだ。
(将来は決まったようなものだな。暇だし、他の枠も決めとくかー)
そうしてタイチが学園を卒業する20の頃には、もう第一夫人から第七夫人までの枠は決まっていた。
第一夫人はメルリ、第二夫人は学園でもアイドルのような容姿のサリナ、第三夫人は多夫多妻が決まるニュースの前から時々関係を持っていた年上の製薬会社のスンリ、第四夫人は以前タイチが会社の交流会で知り合ったことのある他国出身で同学年のカタリーナ、第五夫人は検察官の娘ヤミイ、第六夫人はとある会社の社長の次女のマイカ、第七夫人は別の学園の、知能はやや低いがかなり見た目が良く従順なリンナである。
(ヤミイを落とすのが1番難しかったな。まず、検察官の娘を見つけるのが難しかったし、その中でも素行不良の者だとなかなか……。色んな夜職とかの伝手もあったおかげで見つけられて良かった。これでよほどのことがない限り、多少の悪さには目を瞑って貰えるだろ。まあ犯罪をするつもりはないけど、保険ってことで)
タイチはもう既に全員と関係を持っていた。しかも、それぞれの家に行く手配をするのはメルリだったし、タイチはメルリが手配してくれた移動用のストレッチリムジンで毎週曜日毎に違った女の家に行けば良いだけであった。
多夫多妻はタイチからすると、何も努力しないで生きていける極楽制度だったのである。




