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敗戦国家の神様 ~巫女ひとりにしか神託を届けられない俺が、滅びかけの小国を大陸最大の帝国へ導くまで~  作者: 百香スフレ


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5話 難民

 帝国軍が去った翌日。


 神殿の高台から村を見渡していた直人は、視界の端に昨日見た集団を見つけた。

 神力を得てから広がった視界は、村だけではなく周囲の森や街道まで見渡せるようになっていた。


 街道脇を、百人近い人々がゆっくりと歩いている。


 老人が杖を突き、母親が幼子を抱え、痩せ細った子どもが大人の服を掴んで歩いていた。


 兵士の姿はほとんどない。


 いや、兵士だった者たちなのだろう。鎧は傷だらけで、剣を持つ腕にも力がない。


 誰が見ても、逃げ延びてきた難民だった。


「リシェラ」

「はい、神様」

「街道を見てほしい」


 リシェラが神殿の外へ出る。


 遠くを見つめた彼女の表情が凍りついた。


「⋯⋯そんな」

「難民だ。このままなら今日中にここへ着く」


 リシェラは小さく息を呑む。


「助けないと⋯⋯」


 その言葉を聞き、直人は静かに問い掛けた。


「君は助けたいんだね」

「もちろんです」


 返事に迷いはなかった。


「ですが⋯⋯」


 リシェラは村を見下ろす。


「今の私たちにも余裕はありません」


 昨日、地下の備蓄は守れた。

 それでも帝国軍に奪われた食料は多い。


 村人たちですら、冬を越えられる保証はない。


「このまま受け入れれば、みんなが飢えてしまいます⋯⋯」


 直人も同じ結論だった。


 助けたい。

 しかし理想だけでは人は救えない。


 それは前世で嫌というほど思い知らされた。


「まずは村のみんなと話そう」

「⋯⋯はい」



 昼過ぎ。

 広場へ村人たちが集められた。


 街道の先では難民たちが力尽きるように座り込んでいる。


 その姿は、この村の人々と何も変わらなかった。


 長老が重い口を開く。


「受け入れは無理じゃ。食わせる物がない」

「追い返せば死ぬぞ」


 若い男が言い返す。


「だからって、こっちも死ぬわけにはいかねぇ!」

「子どもを飢えさせるのか!」

「じゃあ、お前が責任を取れるのか!」


 広場の空気が険しくなる。

 誰も悪くなかった。

 誰もが家族を守りたいだけだった。


 リシェラは何度も口を開こうとしたが、言葉が出ない。


 受け入れたい。

 でも、受け入れれば村が滅ぶかもしれない。


 そんな責任を、自分一人では背負えなかった。


「神様⋯⋯」


 神殿へ戻ると、彼女は小さく呟いた。


「私は、どうすれば⋯⋯」


 直人は少し考えた。


 そして、静かに答える。


「助けよう」


 リシェラが顔を上げる。


「でも、どうやって⋯⋯」

「まだ方法はあるかもしれない」


 直人は広がった視界をさらに遠くへ向けた。

 今まで見えなかった場所まで意識を伸ばす。


(何かないか⋯⋯)


 人が生きるために必要なもの。食料や水、他にも色々。

 必死に探していると、不意に森の奥で無数の影が動いた。


「⋯⋯いた」


 木々の間を駆ける大きな群れ。


 二十頭、三十頭ではない。五十頭を超える鹿⋯⋯たぶん鹿、の群れだった。

 しかも村から半日も掛からない距離にいる。


「リシェラ!」

「はい!」

「森の北側に鹿の群れがいる!」

「鹿⋯⋯ですか?」

「かなりの数だ。あれだけいれば村も難民も食べられる」


 リシェラは目を見開く。


「そんな場所、誰も⋯⋯」

「ザイードを呼ぼう」



 神託を聞いたザイードは、すぐに敗残兵たちを集めた。


「神殿の神様が鹿の群れを見つけられたそうです」


 リシェラが伝えると、兵士たちは顔を見合わせる。


「本当にいるのか?」

「昨日の神託も当たった」

「なら信じるしかねぇ」


 ザイードは短く頷いた。


「行くぞ」


 六十人あまりの敗残兵が森へ入る。


 直人は神殿からその様子を見守っていた。

 神力のおかげで、彼らの位置も鹿の群れの動きも分かる。


「もう少し右だ」


 リシェラが息を切らしながら伝える。


「神様が、右へと言っています!」


 ザイードは迷わず進路を変えた。

 しばらくすると、兵士の一人が声を上げる。


「いた!」


 木々の向こうで鹿の群れが草を食んでいる。


「本当にいたぞ!」


 歓声が上がる。


 ザイードはすぐに冷静な声で指示を飛ばした。


「囲め。逃がすな」


 敗残兵たちが散開する。


 逃げ道を塞ぎ、一斉に飛び出した。

 鹿の群れが走る。


「左だ!」

「そっちへ追い込め!」


 直人も必死だった。


「リシェラ、谷側へ逃げる!」

「神様が谷側へ逃げると告げています!」


 神託のおかげで群れは狭い谷へ追い込まれた。


 やがて狩りは終わる。

 仕留められた鹿は十数頭。


 荷車へ積み切れないほどの獲物だった。



 夕暮れ。

 荷車いっぱいの鹿肉を見た瞬間、村中がどよめいた。


「こんなに⋯⋯!」

「冬まで食えるぞ!」

「難民にも分けられる!」


 長老はゆっくりと難民たちを見た。

 痩せた子どもが、肉を見つめながら唾を飲み込んでいる。


 長い沈黙の後。

 長老は深く息を吐いた。


「⋯⋯わしの負けじゃ」


 リシェラが顔を上げる。


「迎え入れよう」

「長老様⋯⋯!」

「神様がここまで道を示してくださったんじゃ。なら、わしら人間は歩かねばならん」


 その言葉に、村人たちも一人、また一人とうなずいていく。


「そうだな」

「助けよう」

「俺たちも昨日、助けられたばかりだ」


 リシェラの目から涙がこぼれた。

 彼女は街道へ向かって駆け出す。


「皆さん!」


 難民たちがゆっくりと顔を上げる。


「どうか、この村へ来てください」

「一緒に、生きましょう」


 その瞬間だった。

 直人の中へ、これまでとは比べものにならない数の光が流れ込んできた。


 村人たちだけではない。

 絶望の中にいた難民たちまでもが、神の存在を信じたのだ。

 温かな光に包まれながら、直人は静かに空を見上げた。


(ありがとう⋯⋯)


 自分一人では、誰も救えない。


 神託を伝えたリシェラがいて、行動したザイードがいて、受け入れる決断をした村人たちがいた。


 だから救えた。


 だが、その一方で⋯⋯広がった視界のさらに遠く。

 街道の向こうでは、なお多くの人々が故郷を追われ続けていた。


 この小さな村だけでは、救いきれないほどに。

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