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敗戦国家の神様 ~巫女ひとりにしか神託を届けられない俺が、滅びかけの小国を大陸最大の帝国へ導くまで~  作者: 百香スフレ


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4/25

4話 泉

 帝国軍が去ってから三日。

 村には、少しだけ穏やかな時間が戻っていた。


 とはいえ、それはあくまで「少しだけ」だ。


 食料の半分は守れた。

 しかし、畑は焼かれ、家畜もほとんど失われている。

 何より深刻だったのは、水だった。


「また井戸が枯れたぞ!」


 村人の叫び声が響く。


 直人は意識を向ける。

 数人の男たちが井戸を覗き込み、肩を落としていた。


「これで三つ目だ⋯⋯」

「今年は雨も少ねえ」

「川まで行けば水はあるが、片道一時間だぞ」


 水を運ぶだけで半日が終わってしまう。

 それでは畑も満足に耕せない。


(水か⋯⋯)


 直人は先日感じた、地下を流れる青白い筋を思い出した。

 あれが本当に水脈なら、村を救えるかもしれない。


 直人は神殿へ来たリシェラへ声を掛けた。


「リシェラ」

「はい、神様」

「神殿の裏にある岩場を掘ってみてほしい」


 リシェラは首を傾げた。


「岩場⋯⋯ですか?」

「ああ。地下に水が流れている気がするんだ」


 もちろん確証はない。

 神様になってから得た感覚だ。

 勘違いの可能性だってある。


「私には見えませんが⋯⋯神様がそう仰るなら」


 リシェラは迷わず頷いた。


 だが問題は、それを誰が信じるかだった。

 村人たちは神託を一度信じ始めたとはいえ、岩を掘れば水が出るなど簡単には信じられない。


 案の定、長老は難しい顔をした。


「リシェラ様。あそこは岩盤ですぞ。昔から何度も掘った場所です。水など出ません」


 周囲の村人たちも顔を見合わせる。


 無理もない。

 食料を隠すのとは違う。


 今回は何日もかけて人手を割かなければならないのだ。


 リシェラは一度目を閉じ、小さく息を吸った。


「⋯⋯私は、神様を信じます」


 静かな声だった。


 だが、その言葉には迷いがなかった。


「ですから、私が掘ります」


 そう言うと、近くに置いてあったつるはしを持ち上げた。


「リシェラ様!」

「そんなことを!」

「大丈夫です」


 彼女は微笑んだ。


「もし神様が間違っていたなら、それは私一人の無駄で済みます」


 そう言って岩場へ向かう。


 ガンッ。


 乾いた音が響いた。


 ガンッ。

 ガンッ。


 華奢な少女には重すぎる道具だった。


 何度も振り下ろすたびに肩が震える。

 それでも止まらない。


 直人はその姿を見つめるしかなかった。


(やめてくれ⋯⋯一人でやることじゃない)


 そう思っても、声を掛けることしかできない。


「少し休んだ方がいい」

「大丈夫です!」


 汗を拭いながら、リシェラは笑った。


「神様を信じているのは、私ですから」


 その言葉に、直人は何も返せなかった。


 どれくらい時間が経っただろう。

 やがて、一人の老人が近づいてきた。


「貸してみな」

「え?」

「若い娘に任せっきりじゃ、男が笑われる」


 老人はつるはしを受け取る。


 ガンッ。

 ガンッ。


 その音を聞いて、今度は若い男が歩み寄った。


「俺もやる」

「だったら俺も」

「井戸が増えるなら悪くねえ」


 一人、また一人。

 気付けば十人近い村人が岩場を掘り始めていた。


 直人は胸が熱くなるのを感じた。

 自分が命じたからではない。


 リシェラが動いたから、人が動いたのだ。


(これが⋯⋯人を信じるってことか)


 夕方。突然、一人の男が叫んだ。


「柔らかいぞ!」


 周囲が一斉に手を止める。


「本当か!?」


 さらに掘り進める。

 次の瞬間、ゴボッと鈍い音がした。

 そして一拍遅れて、勢いよく水が噴き上がる。


「うわっ!」

「水だ!」

「本当に出た!」


 透き通った水が岩場から溢れ出し、小さな流れを作っていく。


 子どもたちが歓声を上げる。


「冷たい!」

「すごい!」


 村中に笑顔が広がっていく。


 リシェラは泉の前で膝をつき、小さく微笑んだ。


「⋯⋯神様。ありがとうございます」


 その瞬間。

 直人の中へ、今までとは比べものにならないほど多くの光が流れ込んできた。


 視界がさらに遠くまで広がる。

 森、丘、川。そして、そのさらに先まで。


「これは⋯⋯」


 不意に、視界の端で何かが動いた。

 百人近い人影だった。


 女、子ども、老人。社会的に弱者として扱われる人々だ。

 荷車を引きながら、ゆっくりとこちらへ向かっている。


 その姿は、あまりにも疲れ切っていた。


「⋯⋯難民⋯⋯か?」


 直人は息を呑む。


 彼らは間違いなく、この村を目指して歩いてきている。

 だが、今の村に百人もの人々を養う余裕はない。


 新たな希望が生まれたその日に——直人は次の選択を迫られることになった。

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