21話 鉱山奪還
グラドから鉱山の話を聞いた翌朝、神殿には主要な面々——リシェラ、ザイード、ティアナ、グラド——が集まっていた。
机の上には、グラドが記憶を頼りに描いた鉱山周辺の地図が広げられている。
「ここが鉱山だ」
グラドが地図の一点を太い指で叩いた。
「元々は王国でも有数の鉄鉱山だった。俺も若い頃は何度も仕事で入ってる」
「今いる帝国兵は?」
ザイードが尋ねる。
「俺が逃げた頃は百五十人くらいだった。ただ、もう二年以上前の話だ」
「増えている可能性はあるな」
「ああ」
ザイードが腕を組む。
イルヴァナト村の自警団は、この一年で百人近くまで増えた。
黒狼隊との戦いを経験した者も多く、以前とは比べものにならないほど強くなっている。
さらにザイード自身には神の加護がある。
それでも、山中の鉱山へ攻め込むとなれば話は別だった。
「鉱山周辺は道が狭い」
グラドが説明を続ける。
「正面から行けば、上から矢を射られる。あそこを百人で攻めるなんざ馬鹿のやることだ」
「珍しく意見が合うな」
「お前も馬鹿ではなかったらしい」
「褒め言葉として受け取っておく」
ティアナが呆れた顔で二人を見る。
「喧嘩なら後にして。それより重要なことがあるわ」
彼女は別の紙を机へ置いた。
「鉱山には今も二百人近い鉱夫がいる可能性が高いわ」
「なぜ分かる?」
ザイードが尋ねる。
「鉄が帝国側へ流れ続けてるからよ」
ティアナは、この数日でイルヴァナトへ出入りする商人から情報を集めていた。
「帝国北部で売られている鉄の一部に、この地方の鉱石特有の赤みが残っている。つまり鉱山は今も動いてる。それなりの人数を働かせているはずよ」
グラドの顔が険しくなる。
「鉱夫の中には、俺の知り合いもいる」
「なら余計に正面攻撃はできないね」
直人が言うと、リシェラが皆へ伝えた。
鉱山を取り戻したい。
だが、そのために鉱夫を巻き込んでは意味がない。
「神様」
ザイードがリシェラを見る。
「鉱山は、ここから見えますか?」
「試してみるよ」
直人は意識を北西へ伸ばした。
イルヴァナト村を越え、森を越え、先日グラドと出会った山岳集落よりもさらに奥へ進む。
以前はぼんやりとしか捉えられなかった場所だった。
しかし信仰が増えた今なら違う。
山肌が見えた。更に奥へ意識を向けると、一本の街道が見える。
その先に、岩山を削って作られた大きな採掘場があった。
(見えた!)
直人はさらに集中する。
鉱山の入口には帝国兵らしき者たちがいる。その先には、宿舎らしき建物。他には、荷車や鉱石を運ぶ人々。
人間一人ひとりの顔までは分からないが、動きなら十分に追える。
「いる」
リシェラが息を呑む。
「何人ですか?」
「ちょっと待って」
直人は時間を掛けて数えた。
兵士らしい人間だけを拾っていく。
「百八十三人⋯⋯だと思う」
部屋が静かになった。
「百八十三?」
ティアナが聞き返す。
「そこまで分かるの?」
「今ならね」
さらに見ていく。
どうやら帝国兵全員が常に鉱山にいるわけではなく、一定の時刻になると一部が街道を下っていく。
そして、逆に麓から別の兵士たちが登ってくる。
(交代してるのか。交代要員も含めると何人いるのやら)
当然だ。
百八十人が四六時中働いているわけではない。
警備も休息が必要になるに決まっている。
直人はその日から3日かけて、帝国兵の一日の動きを覚えた。
同じ時間に、ほぼ同じ人数が同じように行動している。
「なるほど」
「何か分かりましたか?」
リシェラが尋ねる。
「帝国兵の交代時間は決まってる」
神託を聞いたザイードの目が変わった。
「何人が動く?」
「昼過ぎに五十人くらい。鉱山から麓の宿舎へ降りて、その少し後に別の五十人が上がってくる」
「その間は?」
「鉱山側の兵が百三十人くらいになる」
ザイードが地図へ目を落とす。
「それでもこちらより多い」
「待って」
直人はもう一度鉱山を見る。
兵士だけを見ていても駄目だ。
荷車、食料、武器、人の流れ⋯⋯。
前世の仕事でも、施設単体ではなく周辺との繋がりを見ることは重要だった。
鉱山で働く二百人以上の人間と百八十人の兵士。
それだけの人数が生活するには、大量の食料が必要になる。
(どこから持ってきてる?)
街道を追うと、山を下った先に小さな中継所があった。
そこには穀物袋を積んだ荷車が何台も停まっている。
「ティアナ」
リシェラを通して直人が尋ねる。
「もし四百人近くが山の中にいたら、食料ってどのくらい必要かな?」
ティアナが少し考える。
「一日でもかなりの量よ。鉱夫は重労働だから、普通の人より食べるでしょうね」
「やっぱりか」
「何を見つけたの?」
「補給場所だ」
ティアナが立ち上がった。
「どこ?」
直人が場所を説明すると、グラドが地図上へ印を付ける。
「ここだな。昔から荷を置く場所だった」
ザイードが地図を見つめる。
「ここを押さえれば、鉱山へ食料が届かない」
「でも兵糧攻めにしたら鉱夫まで飢えるわよ」
ティアナが指摘する。
「分かっている」
ザイードは即答した。
直人も同じことを考えていた。
補給を完全に止めるのではない。
帝国兵だけを追い出す方法が必要だ。
「グラドさん」
「何だ?」
「鉱夫たちは帝国に協力したくて働いてるのかな」
グラドは鼻を鳴らした。
「そんなわけあるか。家族を人質にされてる奴もいるし、食うために仕方なく残ってる奴もいる」
「だったら、先に話を通せないかな」
グラドが直人の意図を察した。
「中から動かす気か」
「うん」
鉱夫が敵ではないなら、彼らを戦場から外してしまえばいい。
「俺なら何人か顔が利く」
グラドが言う。
「秘密裏に入れる道も知ってる。昔使ってた排水坑だ」
ザイードが顔を上げた。
「まだ使えるのか?」
「知らん。だが確かめる価値はある」
ティアナも続ける。
「補給の方は私が調べる。誰が運んでいるのか分かれば、鉱山へ着く前に止められるかもしれない」
話が一気に動き始めた。
直人は神殿からそれを見ながら、少し嬉しくなる。
自分が見つけた情報を、それぞれの得意分野で作戦へ変えていく。
「神様」
ザイードがリシェラを通して尋ねる。
「一つお願いがあります」
「何?」
「攻撃する日まで、帝国兵の動きを見ていていただけますか」
「もちろん」
「交代時間が変わった時だけ教えてください」
直人は少し驚いた。
「それだけでいいの?」
「あとは俺たちがやります」
ザイードは地図を見ながら答える。
「神様が敵を見てくださる。それだけで十分です」
その言葉に、ティアナも頷く。
「私はもう、神様が見ていない状態で大きな取引をするのが怖くなってきたわ」
「それは依存しすぎじゃない?」
「便利なんだから仕方ないでしょう?」
即答されてしまった。
グラドも笑う。
「神さんが見張ってくれる戦なんざ、相手からすりゃ反則みてえなもんだ」
(⋯⋯否定できない)
直人自身も、以前より自分の力を積極的に使うようになっていた。
誰かが困る前に見つける。
危険が来る前に知らせる。
必要なものがあれば探す。
それができるのなら、使わない理由はない。
数日後、作戦の準備が整った。
グラドは排水坑から鉱山へ入り、旧知の鉱夫たちへ接触する。
ティアナは補給を担っている商人を突き止めた。
ザイードは八十人の兵士を山中へ移動させ、帝国側から見えない位置で待機させる。
そして直人は、鉱山を見続けていた。
帝国兵の交代は、いつもと同じように五十人が鉱山を出た。
直人はリシェラを呼ぶ。
「今だよ」
リシェラの瞳が黄金色へ染まった。
「神託です」
緊張した兵士たちが一斉に彼女を見る。
「帝国兵五十名が鉱山を離れました。予定通りです」
ザイードが立ち上がる。
「全員、配置につけ」
兵士たちが静かに動き始める。
「交代部隊は?」
直人は麓を見る。
そこにいるはずの五十人は、まだ動いていない。
補給商人との間で騒ぎが起きていた。
ティアナが仕掛けたものだ。
「止まってる」
神託が伝わり、ザイードが剣を抜いた。
「ならば行くぞ!」
その頃、鉱山内部でも変化が起きていた。
鉱夫たちが一斉に道具を置く。
「何をしている!」
帝国兵が怒鳴るが、誰も動かない。
二百人近い鉱夫が、仕事を止めて帝国兵たちを見返している。
その先頭にはグラドがいた。
「今日で終わりだ」
帝国兵が剣へ手を伸ばす。
「何?」
「この鉱山は返してもらう」
次の瞬間、鉱山の外から大きな声が響いた。
「イルヴァナトだ!」
「鉱夫には手を出すな!」
「武器を捨てれば命は取らない!」
ザイードたちが現れる。
帝国兵の数は百三十。一方、イルヴァナト側は八十。
それでも帝国兵たちの顔には動揺が走っていた。
背後には反旗を翻した二百人の鉱夫。
麓から来るはずの援軍は来ない。
そして何より。
「イルヴァナト⋯⋯!神託の村か⋯⋯!」
帝国兵の一人が呟いた。
「黒狼隊を潰した村だぞ」
「俺たちの交代時間まで知られてる⋯⋯」
「何で分かるんだよ⋯⋯!」
恐怖が広がっていく。
直人は神殿から、その全てを見ていた。
兵士の配置も、逃げ道も、援軍の位置も把握している。
もし帝国兵が動けば、すぐにリシェラへ神託を送れる。
(大丈夫)
今回は勝てる。
そして、できるだけ誰も死なせずに勝つ。
ザイードが剣を構えたまま告げる。
「もう一度だけ言う」
帝国兵たちを睨む。
「武器を捨てろ」
鉱山を巡る戦いが始まろうとしていた。
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