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敗戦国家の神様 ~巫女ひとりにしか神託を届けられない俺が、滅びかけの小国を大陸最大の帝国へ導くまで~  作者: 百香スフレ


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22話 鉱山奪還②

 鉱山前の広場に、張り詰めた空気が流れていた。


 帝国兵はおよそ百三十人。

 対するザイードたちは八十人ほど。


 数だけを見れば、帝国側が有利だった。


 だが、帝国兵の背後には仕事を放棄した二百人近い鉱夫たちがいる。


 麓から来るはずの交代部隊は来ない。

 食料を積んだ補給隊も止まっている。


 そして何より、イルヴァナト村には神託がある。


「武器を捨てろ」


 ザイードが剣を構えたまま告げた。


「抵抗しなければ命は取らない」


 帝国兵たちは互いの顔を見る。

 誰も最初の一人になろうとはしなかった。


「ふざけるな!」


 帝国軍の指揮官らしき男が怒鳴った。


「こちらの方が数は多い!たかが亡国の敗残兵ごときに、なぜ我々が降伏する必要がある!」


 その言葉で、帝国兵たちが僅かに落ち着きを取り戻す。


 直人は神殿からその様子を見ていた。


(そう簡単にはいかないよな⋯⋯)


 相手にも立場がある。

 武器を捨てれば、帝国へ戻った後に処罰されるかもしれない。


 だからこそ、降伏する理由が必要だった。


「リシェラ」

「はい」

「ザイードさんに伝えて。西側の斜面に帝国兵が十二人いる。弓兵が八人、槍が四人」


 リシェラの瞳が黄金色に輝く。

 リシェラにしか神託を下せない為、毎度リシェラが最前線に居るのはとても危険で申し訳ない。


「神託です!西側斜面、帝国兵十二名!弓兵八、槍兵四!」


 帝国兵たちが一斉に西を見る。


「なっ⋯⋯」


 岩陰に潜んでいた兵士たちが動揺した。


 指揮官の顔色が変わる。


 ザイードは即座に命令を出した。


「弓隊、西へ向けろ。ただし射るな」


 イルヴァナト側の弓兵たちが、一斉に西側の斜面へ狙いを定める。


 隠れていた帝国兵たちは動けなくなった。

 すかさず、直人は視界を動かす。


「次は鉱山入口の荷車の裏に五人。たぶんザイードさんを狙ってる」

「荷車の裏、五名です!」

「槍隊、囲め」


 兵士たちが左右へ分かれた。


「待て!」


 荷車の裏から帝国兵たちが慌てて飛び出してくる。


 戦う前から包囲されていた。


 帝国兵の間に動揺が広がる。


「どうなってる⋯⋯?」

「全部知られてるぞ」

「誰か内通しているのか?」

「違う⋯⋯」


 一人の兵士が青ざめた顔で呟いた。


「神託だ」


 その言葉が広がる。


「黒狼隊を潰したっていう⋯⋯」

「本当に神が見てるのか?」


 直人は複雑な気分だった。


 自分としては、ただ見えるものを伝えているだけだ。

 だが敵からすれば、隠れようが迂回しようが全て見つかる。


 確かに恐ろしいだろう。


「リシェラ」

「はい」

「最後にもう一つ」


 直人は鉱山のさらに奥を見る。


 指揮官が最後の保険として残していたのだろう。


「坑道の奥に二十人いる。全員武装してる」


 リシェラがそれを伝えた瞬間、帝国軍の指揮官が絶句した。


「馬鹿な⋯⋯」


 ザイードが男を見る。


「まだ続けるか?」

「⋯⋯」

「どこへ兵を隠しても神様には見えている。援軍も来ない。鉱夫たちもお前たちには従わない」


 ザイードは剣先を僅かに下げた。


「俺たちは、お前たちを殺しに来たんじゃない」

「なら⋯⋯何が目的だ」

「この鉱山を返してもらう」


 指揮官が唇を噛む。


「ここは帝国領だ!」

「違う」


 今度はグラドが前へ出た。


「ここは俺たちの山だ」


 鉱夫たちの視線が集まる。


「俺の親父もここで働いた。爺さんもだ。お前らが来るずっと前から、俺たちはここで鉄を掘ってきた」


 一人の鉱夫が声を上げる。


「俺もだ!」


 続いて別の男。


「俺の家族は帝国兵に追い出された!」

「俺たちは帝国の武器を作るためだけに働いてるんじゃねえ!」


 声が次々と重なる。


「鉱山を返せ!」

「俺たちの仕事場だ!」

「帰れ!」


 二百人近い声が山へ響く。帝国兵たちは完全に孤立していた。


 指揮官が周囲を見る。

 正面にはザイード、背後には鉱夫。

 西側の伏兵は既に封じられ、坑道の兵まで存在を知られている。


 戦えば勝てる可能性はある。

 だが、その先はない。


「⋯⋯本当に」


 指揮官がザイードを見る。


「降伏すれば殺さないのか?」

「ああ」

「捕虜にするつもりか?」

「武器は預かる。だが、帝国へ帰りたい者は帰す」


 帝国兵たちがざわめいた。


「帰す⋯⋯?」

「正気か?」


 指揮官自身も信じられないようだった。


「我々は帝国兵だぞ」

「知っている」

「またここへ攻めてくるかもしれない」

「その時はまた追い返す」


 ザイードは淡々と答えた。


「だが、今ここで無駄に殺す理由にはならない」


 直人はその言葉を聞いて、少しだけ安心した。


 黒狼隊との戦いでは多くの人間が死んだ。

 必要だったと理解している。


 あの時は、殺さなければ村人が殺されていた。


 それでも、今回は違う。


(殺さなくて済むなら、その方がいい)


 自分は神になった。

 人間だった頃とは、感覚が少し変わってしまっている。

 死を見ても以前ほど強い嫌悪感を覚えない。


 だからこそ、自分から命を軽く扱わないようにしたかった。


 しばらくの沈黙の後、金属音が響く。————帝国兵の一人が、剣を地面へ落としたのだ。


「⋯⋯俺は降りる」

「貴様!」


 指揮官が振り返る。


「妻と娘がいるんだ」


 兵士は俯いた。


「こんな山で死にたくない」


 別の場所でも槍が落ちる。


「俺もだ」

「⋯⋯俺も」


 やがて武器を捨てる音が、広場のあちこちから聞こえ始めた。


 指揮官は最後まで剣を握っていた。

 だが、自分の部下たちが次々と武器を置いていく姿を見て、ゆっくりと目を閉じる。


「⋯⋯完敗だ」


 剣が地面へ落ちた。

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