20話 水車
グラドの仕事は農具だけでは終わらなかった。
「神様」
数日後、リシェラから相談が入った。
「粉挽き場が混んでいるそうです」
「粉挽き?」
「はい。小麦を挽く石臼が足りなくて、収穫が増えた分を処理しきれないそうです」
直人は村を見る。
確かに共同の粉挽き小屋には人が並んでいる。
手で石臼を回しているため、一日に処理できる量にも限界があった。
(これも人力だったか⋯⋯)
その近くを川が流れている。
以前、水を探した時から何度も見ている川だ。
水量は安定しており、程良く流れもある。
(⋯⋯水車)
前世なら珍しくもない。
だが、この村には一つもなかった。
「リシェラ。グラドさんを川へ呼んでもらえる?」
しばらくしてグラドがやって来た。
「今度は何だ、神さん」
「この流れを使って、石臼を回せないかな」
グラドが川を見る。
「水車か?」
「やっぱりあるんだ」
「見たことはある。山じゃ川の流れが安定しねえから使わなかったがな」
グラドは川辺へしゃがみ込んだ。
石を投げ、流れと深さを見る。その後、川幅を歩いて測ると、グラドは頷いた。
「ここならいけるかもしれねえ」
「本当?」
「ああ」
その日から、今度は水車作りが始まった。
直人は神の目で川の上流まで確認し、水量が大きく変化しにくい場所を探した。
「もう少し上流の分かれ道。右側の流れの方が安定してると思う」
リシェラから神託が伝わると、グラドが現地を確認した。
「⋯⋯確かにこっちだな」
別の日には、
「その場所、雨の後に水位がかなり上がるよ」
と伝えた。
「なら支柱を高くする」
直人が見つけ、グラドが形にし、それを村人たちが作る。
二週間後。
村の川辺に、大きな木製の水車が完成した。
水を受けた羽根がゆっくりと回転を始める。
軸が動き、小屋の中へ力が伝わった。
誰も手で押していないが、ゴリゴリと石臼が回り始めた。
「動いた!」
歓声が上がった。
「本当に勝手に回ってるぞ!」
「小麦を入れろ!」
上から穀物を流し込む。
しばらくすると、挽かれた粉が下から落ち始めた。
これまで何人もの人間が一日中石臼を回していた仕事が、水の流れだけで続いている。
ティアナがすぐに計算を始めた。
「これ、一日動かしたら今までの何倍?」
「少なく見ても三倍以上だろうな」
グラドが答える。
「三倍⋯⋯」
ティアナの目が輝く。
「人手も空く。粉の生産量も増える。パンも売れるじゃない」
「金の話しかねえのか、お前は」
「村が豊かになる話よ」
「同じだろ」
二人が早速言い合いを始める。
その横では農民たちが、新しい犂で耕された畑を見ながら話していた。
「今年はもっと広げられるぞ」
「麦を増やせる」
「家族だけじゃ無理だと思ってた畑も使えるな」
子どもたちは回る水車を珍しそうに眺めている。
直人はその光景を神殿から見ていた。
一年前は、明日の食事があるかどうかを心配していた。
今は、来年どれだけ作れるかを話している。
(すごいな⋯⋯)
自分が水車を作ったわけではない。
犂を打ったわけでもない。
それでも直人の神託がきっかけになり、グラドの技術によって現実になった。
村の生産力が、目に見えて上がっていく。
「神さん」
水車を見上げていたグラドが、リシェラを呼んだ。
「はい」
「伝えろ」
グラドは腕を組む。
「一か月だけって話だったが、もう少しいてやる」
リシェラが嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!」
「礼を言うな。作りかけが気持ち悪いだけだ」
そう言ってから、グラドは新しい犂を見る。
「それに、この村は面白え」
少し間を置いた。
「剣より先に農具を作らせる神なんざ、他じゃ見たことねえからな」
直人は笑った。
「じゃあ、これからも頼りにしてるよ」
リシェラがその言葉を伝える。
グラドは鼻を鳴らした。
「使えるだけ使え。神さん」
その日から、イルヴァナト村では新しい水車の建設が始まり、改良された農具も次々と各畑へ配られていった。
村人たちは、その変化を神託のおかげだと信じていた。
「神様に聞けば、まだ便利になるんじゃないか?」
「次は何を教えてくださるんだろう」
「神様がいるなら、この村はもっと豊かになる」
そんな声が日に日に増えていく。
直人も期待に応えたかった。
困っていることがあれば探す。必要な物があれば考える。
自分の力で見つけられるなら、何度でも神託を届ける。
ただ、農具を作れば作るほど、一つの問題が大きくなっていた。
鉄が足りない。
グラドが新しい鉱脈を見つけたとはいえ、本格的に掘り始めるには時間が掛かる。
そして何より、質の良い鉄を大量に得られる場所を、グラドは知っていた。
「神さん」
ある夜、彼がリシェラを通して直人へ告げた。
「北西に、もっとでかい鉱山がある」
「鉱山?」
「ああ」
グラドの表情から笑みが消える。
「元々はイルヴァナト王国の鉱山だった」
直人は静かに聞く。
「今は?」
「帝国兵が占領してる」
グラドは低い声で答えた。
「あそこを取り戻せりゃ、鉄には困らねえ」
直人は神の視界を北西へ伸ばした。
山の奥。
まだ自分の目が完全には届かない場所に、次の問題が待っている。
イルヴァナト村がさらに豊かになるために必要な鉄。
それを手に入れるには、帝国が占領する鉱山を取り戻さなければならなかった。
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