19話 農業改革
グラドがイルヴァナト村へやって来た翌朝、彼は日の出と同時に村を歩き始めた。
案内役としてザイードが付いているが、二人の会話はほとんどない。
グラドは畑へ入ると農具を手に取り、刃を確認し、柄を握り、壊れている物を見つければ勝手に直し始めた。
「ひでえな」
最初に出た感想がそれだった。
農民たちが気まずそうに顔を見合わせる。
「す、すみません」
「お前らが謝ることじゃねえ。鉄が足りねえんだろ」
グラドは刃先の欠けた鍬を持ち上げた。
「こんなもんで畑耕してたら、仕事が倍になるぞ」
直人も神殿からその様子を見ていた。
グラドの言う通りだった。
人口が増え、畑も急速に広がった。
だが農具の数は追いついていない。
一つの鍬を何人も順番に使い、刃が欠けても研ぎ直しながら使っている。
「神さん」
グラドが突然呼びかけた。
もちろん直人へ直接声が届くわけではない。
近くにいたリシェラが慌てて駆け寄る。
「はい。神様へのお話でしたら、私がお伝えします」
「面倒だな」
「すみません⋯⋯」
「巫女さんが謝ることでもねえよ」
グラドは鍬を肩へ担いだ。
「神さんに聞け。何を一番どうにかしたい?」
直人は少し考えた。
問題はいくらでもある。だが今、一番多くの人間が苦労しているものは何か。
神の視界を村全体へ広げる。
畑では何十人もの農民が土を起こしている。
一人が鍬を振り下ろし、固い土を砕く。何度も、何度も。
それを千八百人分の食料を作るために繰り返している。
「畑仕事を楽にしたい」
リシェラが伝えると、グラドが僅かに笑った。
「分かった」
そのまま鍛冶場へ向かおうとする。
「待って」
直人はもう一度、畑を見た。
(農具を増やすだけでいいのか?)
グラドなら良い鍬を作れるだろう。それだけでも十分助かる。
しかし鉄には限りがある。
一人に一本ずつ配れるほどの量はない。
なら、一つの道具で今より多くの仕事ができないか。
前世で何度か農業振興の現場へ行ったことがある。
そこで見た農機具をそのまま再現することはできない。
構造も知らないし、当然エンジンもない。
だが、もっと昔から使われていた方法なら覚えている。
「グラドさん」
「何だ?」
「鍬じゃなくて、牛に引かせる農具って作れるかな」
グラドの足が止まった。
「牛に?」
「土を掘り返す刃を付けて、それを牛に引いてもらう」
グラドは顎髭を撫でた。
「犂みたいなもんか」
「あるんだ?」
「当然だ。ただ、この辺のは木製が多い。固い土地じゃすぐ壊れる」
「先端だけ鉄にできない?」
グラドが直人の言葉を聞き終えると、畑の土を掴んだ。
指で崩し、少し考える。
「⋯⋯できるな」
そして急に歩き出した。
「牛を一頭連れてこい!」
農民たちが慌てて動き出す。
その日、グラドは昼食すらまともに取らなかった。木工職人を呼び、村にあった古い犂を分解する。どうやら、この辺りの土では役に立たず、壊したまま放置していたらしい。
グラド達は刃の角度を変え、壊れやすい部分を補強し、土へ入る先端だけに少量の鉄を使った。
夕方には、完成した犂が畑へ運び込まれた。
「やってみろ」
牛へ繋ぎ、農民が歩かせる。
鉄の刃が土へ食い込んだ。
固かった地面が、一本の線を描くように次々と返されていく。
「おお⋯⋯!」
農民たちが声を上げた。
今まで何人も並んで鍬を振っていた場所を、牛一頭と人間一人で進んでいく。
「速い!」
「これなら一日でどれだけ耕せるんだ?」
「鍬を振り続けなくていいぞ!」
村人たちが犂を追いかける。
グラドは腕を組みながら、その様子を見ていた。
「まだ駄目だ」
「まだ駄目なのか?」
ザイードが尋ねる。
「こんな道具じゃ重い。曲がる時も扱いづらい。刃ももう少し薄くできる」
最大級に機嫌が良さそうな顔で文句を言っている。
(あ、この人、絶対楽しいんだ)
直人には何となく分かった。
翌日には二号機ができた。
三日目にはさらに改良された。
五日後には村の職人たちでも作れる形まで簡略化されていた。
グラド自身が全部作るのではない。
木工職人や若い鍛冶職人を集め、作り方まで教えていく。
「同じ物を俺だけが作れたって意味がねえ」
弟子たちへ設計図を見せながら言う。
「壊れた時に直せなきゃ道具じゃねえんだ」
その言葉を聞いて、直人はますます彼を気に入った。
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