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敗戦国家の神様 ~巫女ひとりにしか神託を届けられない俺が、滅びかけの小国を大陸最大の帝国へ導くまで~  作者: 百香スフレ


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2/21

2話 神託

「⋯⋯無理です。私が神託を伝えても、誰も信じてくれません」


 リシェラの言葉に、神殿は静まり返った。


 直人は返す言葉を探した。


 ついさっきまで、自分が神様になったことすら理解できていなかった。

 そんな自分の言葉を、村人たちに信じろと言う方が無茶なのかもしれない。


「皆さん、もう神様を信じていないんです」


 リシェラは俯いた。


「戦争が始まった時も、毎日祈りました。どうか国をお守りくださいって。でも王都は落ちて、たくさんの人が亡くなって⋯⋯神殿も、この有様です」

「⋯⋯そっか」

「だから、皆さんが怒るのも当然なんです。今さら神託が下ったなんて言っても、きっと——」


「じゃあ、無理に信じてもらわなくていいよ」


 リシェラが顔を上げた。


「え?」


「俺だって、自分が本当に神様なのかよく分かってないからね」

「そ、それを神様ご本人が言うんですか?」


 思わず漏れたような言葉だった。


 その反応に、直人は少しだけ笑う。


「でも、食料を隠した方がいいとは思ってる。帝国軍が全部持っていくなら、何もしなければ冬を越せないんだろ?」

「それは⋯⋯はい」

「だったら、まず俺たちができることをやろう」

「俺たち⋯⋯?」

「君と俺。今のところ、二人しかいないけど」


 リシェラは目を瞬いた。


 神様と自分を同じ側に並べられるとは思っていなかったのだろう。


 やがて胸元の銀色の首飾りを握りしめ、小さく頷いた。


「⋯⋯分かりました。私、皆さんに話してみます」


 その日の夕方。

 村の広場には、数十人の住民が集められていた。


 子どもを抱く母親。

 杖をついた老人。

 包帯を巻いた男。

 戦争で家を失った者たち。


 皆、疲れ切った顔をしている。


 リシェラは彼らの前に立った。

 緊張しているのが、直人にも分かった。


 胸元の首飾りを強く握っている。


「皆さん。突然集まっていただいて、ありがとうございます」


 ざわついていた村人たちが、少しだけ静かになる。


「先ほど、神殿で⋯⋯神様の声を聞きました」


 その言葉で、空気が変わった。


「神様?」

「今さら?」

「巫女様、何を言ってるんだ」


 すぐに不信の声が上がり、リシェラの肩が僅かに震えた。それでも逃げなかった。


「帝国軍の徴収隊が明日の昼に来ます。神様は、食料を隠すようにと仰いました」

「どこに隠すんだ?」

「神殿の裏に、昔使われていた地下貯蔵庫があります。そこへ——」

「待ってくれ」


 一人の老人が遮った。


「本当に神様がそう言ったのか?」

「はい」

「その声を聞いたのは?」

「⋯⋯私だけです」


 沈黙。

 直人には、それだけで結果が分かった。


「なら、確かめようがないじゃないか」


 若い男が吐き捨てるように言う。


「俺たちは何度祈ったと思ってるんだ」

「そうだ。王都が落ちた時だって、誰も助けてくれなかった」

「今さら神様が戻ってきたって言われても⋯⋯」


 次々と声が上がる。

 リシェラは必死に説明しようとする。


「ですが、このままでは食料を——」

「食料を動かして、帝国兵に見つかったらどうする?」

「地下貯蔵庫なんて何年使ってないんだ。腐ったら?」

「残った食料まで失ったら、本当に終わりだぞ」


 全部、もっともだった。


 直人は言葉を失う。

 役所で働いていた時もそうだった。

 どれだけ正しいと思う案でも、住民の不安を無視すれば動いてもらえない。


 自分には根拠を示す資料もない。

 直接説明する声すらない。

 神様という肩書きだけで人を動かせるほど、現実は簡単ではないらしい。


「⋯⋯分かりました」


 不意に、リシェラが言った。


 村人たちが静かになる。


「皆さんが信じられないのは当然です。ですから、無理にお願いはしません」


 そう告げると、リシェラは広場を離れた。


 直人は慌てる。


「リシェラ?」

「神様。地下貯蔵庫へ運ぶのは、食料で間違いありませんよね?」

「う、うん」

「では、私は運びます」

「一人で?」

「はい」


 村の共同倉庫へ入ったリシェラは、小さな穀物袋を抱えて出てきた。


 細い腕には重いらしく、身体が大きく傾く。


 それでも、一歩ずつ神殿へ向かう。


「ちょっと待って」


 直人は声をかけた。


「君まで俺を信じる必要はないんだよ」

「え?」

「俺が間違ってる可能性だってある」


 自分で言っていて妙な気分だった。


 神様が、自分の神託を疑えと言っている。

 だが、直人にはそれが自然だった。


「だから、自分で考えて決めてほしい」


 リシェラはしばらく黙っていた。


 そして、穀物袋を抱え直す。


「考えました」

「うん」

「私も、隠した方がいいと思います」


 その返事に、直人は少しだけ安心した。


「なら、お願いするよ」

「はい」


 リシェラが歩き始める。

 一往復、二往復。小柄な身体で何度も穀物袋を運ぶ。


 誰も手伝おうとはしなかった。

 いや——。


「貸せ」


 低い声がした。


 リシェラが振り返る。

 そこには、昼に帝国軍の到来を知らせた男が立っていた。


「ザイードさん?」

「俺が持つ」


 ザイードは返事を待たず、リシェラの腕から穀物袋を受け取った。


「でも、ザイードさんも神託を信じていないんじゃ⋯⋯」

「ああ」


 即答だった。


「神様が戻ったなんて話は、今のところ信じてない」


 リシェラが困ったような顔をする。


「じゃあ、どうして?」

「帝国軍が来るのは事実だ」


 ザイードは袋を肩へ担ぐ。


「食料を全部奪われれば死ぬ。それも事実だ」


 それだけ言うと、神殿へ向かって歩き始めた。


 直人は、その背中を見つめる。


(⋯⋯なるほど)


 神を信じたからではない。

 自分で考えた結果、同じ結論へ辿り着いた。


 それでいい。

 むしろ、直人にはその方が嬉しかった。


 リシェラもすぐに後を追う。

 二人が何度か往復していると、一人の老婆が小さな袋を持ち上げた。


「全部は怖いけどね⋯⋯これくらいなら」


 次に、一人の男。

 また一人。

 大半の村人は最後まで動かなかった。


 それでも夜が更ける頃には、備蓄の半分近くが地下貯蔵庫へ移されていた。


 直人は、ただ見守ることしかできなかった。

 袋一つ持てない。誰かの肩を叩くこともできない。

 人々へ直接声を届けることすらできない。


(神様って、思ってたよりずっと不便だな)


 それでも————一人の少女が動いた。

 それを見て一人の男が動いた。

 そして、少しだけ人が続いた。


 町興しの仕事をしていた頃と、どこか似ている。


 制度だけでは人は動かない。最初に動く誰かが必要なのだ。

 夜が明け——朝靄の向こう。村へ続く街道から、黒い軍旗が姿を現した。


 馬蹄の音。

 武装した兵士たち。

 帝国軍の徴収隊。


 リシェラが神殿の前で息を呑む。


「⋯⋯来ました」


 直人もその軍勢を見つめる。


 最初の神託が、この国を救う一手だったのか。


 それとも——ただの間違いだったのか。


 答えは、もうすぐ分かる。

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