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敗戦国家の神様 ~巫女ひとりにしか神託を届けられない俺が、滅びかけの小国を大陸最大の帝国へ導くまで~  作者: 百香スフレ


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1話 亡国の神様

暫く複数話投稿します。

 夜。仕事を終えた久世(くぜ)直人(なおと)は、人気のない横断歩道を渡っていた。


 地方自治体の企画政策課。

 地方創生、防災、観光振興——住民が少しでも幸せに暮らせる町を作りたくて選んだ仕事だった。


 だが現実は甘くない。


 予算不足、人口減少、前例主義、政治的事情。人は心と思惑があり、思うように動かない。

 理想を語るたびに、「現実を見ろ」と言われ続けた。


 それでも諦めたことは一度もない。

 来年度の地方創生計画も、ようやく形になってきたところだった。


「⋯⋯明日、もう一回資料を見直そうかな」


 そう呟いた瞬間だった。


 視界いっぱいに、眩しいライトが飛び込んでくる。


 耳をつんざくようなブレーキ音が聞こえたと思った後には、身体が宙へ浮いていた。


(あ⋯⋯)


 最後に思い浮かんだのは、自分の命ではなかった。


(まだ⋯⋯終わってないのに)


 もっと、あの町を良くしたかった。


 その想いだけを残して、久世直人の意識は途切れた。



「⋯⋯ここは?」


 暫くして、久世直人は目を覚ました。だが、自分の身体はどこにもなかった。


 手も足もない。いや——もはや、呼吸もしていない。

 それなのに、意識だけははっきりとしている。


 まさか幽霊にでもなったのだろうか。町興しの未練が残り、地縛霊になったとか⋯⋯。


 そんな事を考えていると、視界だけが自由に動くことに気づいた。


 試しに見下ろした先には、崩れかけた神殿があった。


 天井には大穴が開き、石柱は何本も倒れている。

 祭壇には長い亀裂が走り、今にも崩れ落ちそうだった。


 まるで何百年も放置された廃墟だ。

 しかし、不思議なことに祭壇だけは綺麗だった。


 小さな花が供えられ、床も掃き清められている。

 誰かが毎日手入れをしているのだろう。


 その時、不意に意識が神殿の外へ広がった。


「⋯⋯!」


 思わず息を呑む。


 村だ。——いや、村だった(・ ・ ・)場所だ。


 焼け落ちた家々。

 崩れた石垣。

 黒く焦げた畑。

 包帯を巻いた人々。

 痩せ細った子ども。


 絶望という言葉が、そのまま形になったような光景だった。


「戦争⋯⋯なのか?」


 誰に聞くでもなく呟くが、もちろん返事はない。


 その時だった。

 神殿の扉が静かに開く。


 一人の少女が入ってきた。


 十六歳ほどだろうか。


 淡い銀髪を肩まで伸ばし、何度も繕われた白い巫女服を身にまとっている。


 疲れ切った表情を浮かべながらも、祭壇の前へ進み、静かに膝をついた。


「今日も、お祈りに参りました」


 少女は目を閉じる。


「怪我をした方々が回復しますように。

 子どもたちがお腹いっぱい食べられますように。

 明日も、皆さんが笑顔で過ごせますように」


 一つ一つの願いは、とてもささやかだった。


 そして最後に、小さく笑う。


「⋯⋯もう、この国には神様すらいないのですね」


 ぽたり、と涙が祭壇へ落ちた。


「皆さんは、神様は私たちを見捨てたと言います。

 でも私は、そう思いたくありません。

 神様がいらっしゃらなくても⋯⋯この神殿だけは、守り続けたいんです」


 その姿を見て、直人は胸が締め付けられた。


 この少女は、一人で祈り続けていた。


 誰もいないと思いながら。

 誰にも届かないと思いながら。


 気付けば、言葉が零れていた。


「君は、一人じゃない」


 少女が勢いよく顔を上げる。


「え⋯⋯?」


 神殿を見回す。


 誰もいない。


「い、今の声⋯⋯」


 直人も驚いていた。


 聞こえたのか。


 もう一度話しかける。


「聞こえるの?」


 少女は祭壇を見つめたまま震え始める。


「神様⋯⋯?」


 その瞬間だった。


 直人の中へ、小さな光が流れ込む。

 温かな何かが、自分という存在を少しだけ満たした。


 理由は分からない。

 だが、本能的に理解した。


 この少女は、自分の存在を信じたのだ。

 その時、神殿の外から慌ただしい足音が響く。


「大変だ!」


 鎧姿の男が駆け込んできた。

 鎧は泥と煤で汚れ、顔にも疲労が滲んでいる。


「どうしたんですか?」


 男は息を切らせながら叫んだ。


「帝国軍の徴収隊が、明日の昼には村へ到着するらしい!」


 リシェラの表情から血の気が引く。


「そんな⋯⋯!」

「残っている食料も、すべて持っていかれてしまうかもしれん⋯⋯!」


 沈黙が流れる。


 直人は焼け跡となった村を見下ろした。

 あの痩せた子どもたちから食料まで奪われれば、この村は冬を越えられない。


 神様になった理由は分からない。

 この世界のことも何一つ知らない。

 だが、地方創生の仕事をしていた頃から、一つだけ変わらない考えがある。


 ————人は、生きてるだけで尊いんだ。


 直人は静かに告げた。


「食料を隠そう」


 リシェラが目を見開く。


「まずは、この冬を生き延びるんだ」


 リシェラは戸惑いながらも、小さく首を振った。


「⋯⋯無理です。私が神託を伝えても、誰も信じてくれません」


 神殿に重い沈黙が落ちる。


 神は神託を授けられる。

 だが、その神託を聞けるのは、この少女ただ一人。


 そして、その少女の言葉を信じる者は——もう、この国には誰もいなかった。

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