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敗戦国家の神様 ~巫女ひとりにしか神託を届けられない俺が、滅びかけの小国を大陸最大の帝国へ導くまで~  作者: 百香スフレ


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15/21

15話 ティアナ

「反対です!」


 神殿前の広場に、村人の声が響いた。


 ティアナを銀貨百五十枚で買い取る。

 直人の神託が伝わってから、村ではすぐに話し合いが始まっていた。


「銀貨百五十枚ですよ!?」

「蜂蜜を売って、ようやく貯めた金だ!」

「塩も鉄も買わなきゃならないんだぞ!」


 反対意見が次々と上がる。


 直人にも、その気持ちはよく分かった。


 今のイルヴァナト村にとって、銀貨百五十枚は大金だ。

 一年間かけて蜂蜜や保存食を売り、少しずつ蓄えてきた共同資金。その多くを、たった一人へ使おうとしている。


 前世で自治体職員をしていた直人なら、予算の使い道として説明責任を求められて当然だと思う。


「神様」


 リシェラが困った表情で祭壇を見る。


「皆さん、神様を疑っているわけではないんです。ただ、このお金は冬の備えや、鉄を買うためにも必要で⋯⋯」

「うん。分かってる」


 直人は怒っていなかった。

 むしろ、何でも神託だからと従われるより健全だと思う。


 だが今回は譲る気もなかった。


「それでも、彼女は必要だと思う」


 リシェラがその言葉を伝えると、村人たちの間にざわめきが広がった。


「理由を教えていただけませんか?」


 長老が尋ねる。


「この村は、この一年で物を作る力を手に入れた。でも、売る力が足りない」


 直人はゆっくり説明する。


「蜂蜜を作れても、相場を知らなければ安く買われる。お金を持っていても、何を買うべきか分からなければ無駄になる。これから人が増えれば、今までみたいに何となく管理するだけじゃ回らなくなると思う」


 まさに蜂蜜を安く買い叩かれそうになった。

 ティアナがいなければ、村人たちは商人の言葉を信じていただろう。


「彼女には、俺にもできないことができる」


 広場が静かになる。


 神様にもできないことがある。

 その言葉に驚いた者も多いらしい。


「だから力を借りたい」


 直人はそう締めくくった。


 それでも全員が納得したわけではなかった。


 最終的には、ザイードが口を開いた。


「俺は神様を信じる」


 短い一言だった。


「黒狼隊の時も、俺たちには見えないものを神様は見ていた。今回も同じなら、俺には反対する理由がない」


 エレナも小さく手を挙げる。


「私も⋯⋯神様に選んでいただかなかったら、今みたいに人を助けられていません」


 少しずつ空気が変わり——結局、条件付きでティアナを買い取ることになった。


 条件は一つ。

 共同資金へ大きな損害が出るようなら、今後は同じような使い方をする前に必ず村人へ相談する。


 直人もそれを受け入れた。


 翌朝。

 ティアナの首から鉄輪が外された。


「これであなたはイルヴァナト村の奴隷です」


 商人が契約書を差し出す。


 その言葉に直人は引っ掛かった。


「リシェラ」

「はい」

「訂正してもらって」


 リシェラが商人へ向き直る。


「神様は、ティアナさんを奴隷として所有するつもりはないと仰っています」

「は?」

「買い取った時点で解放します」


 商人だけでなく、ティアナまで目を見開いた。


「⋯⋯私を買って、そのまま自由にするの?」

「はい」

「百五十枚払って?」

「そうです」


 ティアナはしばらく言葉を失っていた。


 やがて神殿を見る。


「神様って、商売が下手なの?」


 直人は思わず笑った。


「その判断は、もう少し後にしてほしいかな」


 リシェラがそのまま伝える。


 ティアナは僅かに口元を上げた。


「いいわ。借りを作るのは嫌いだから」


 左手の人差し指に嵌めた古い真鍮の指輪へ触れる。


「百五十枚。稼いで返せばいいんでしょう?」


 直人は訂正しようとしたが、ティアナはすでに商人へ歩いていた。


「ところで、あなた」

「な、何だ」

「昨日の蜂蜜の話、まだ終わってないわよね?」


 商人の顔が引きつる。


「相場が落ちていると言ったわね」

「そ、それは⋯⋯」

「帝都西市場の価格は一瓶銀貨二枚前後。ここから帝都までの輸送費と関税を入れても、銀貨一枚銅貨六枚以上なら十分利益が出る」


 ティアナは広場に並んでいる蜂蜜を見る。


「イルヴァナトの蜂蜜は品質が良い。香りが強く、混ぜ物もない。だから一瓶、銀貨一枚と銅貨八枚よ」

「高すぎる!」

「なら買わなくていいわ」


 即答だった。


「待て!」


 商人が慌てる。


「銅貨五枚!」

「銅貨八枚」

「六枚!」

「八枚」

「七枚!」

「では別の商人へ売ります」


 ティアナが背を向けた。


「⋯⋯!チッ、分かった!銀貨一枚銅貨八枚で買う!」


 村人たちが目を丸くする。

 昨日まで十瓶で銀貨十二枚だった蜂蜜が、銀貨十八枚になった。


「それから塩」


 ティアナは止まらない。


「あなたの提示額は高すぎる。帝国南部から仕入れているでしょう?」

「なぜ分かる」

「袋の印よ」


 ティアナは塩袋の端にある小さな焼印を指した。


「南部産なら今年は豊作で価格が下がってる。昨日の値段から二割下げなさい」

「無茶だ!」

「なら買わない」

「ここまで運んできたんだぞ!」

「だから何?」


 商人の顔が引きつる。


 交渉は一時間近く続いた。


 結果、蜂蜜の売却額は予定より大幅に上昇。

 逆に塩、布、鉄鍋の購入価格は下がった。


 取引を終えた後、村の長老が帳簿を見ながら震えていた。


「⋯⋯銀貨四十三枚」

「え?」

「昨日の条件で売買した場合と比べて、四十三枚も得をしている」


 広場が静まり返った。


 ティアナは平然としている。


「別に大したことじゃないわ。相場を知って、適正価格で売買しただけ」


 四十三枚。


 たった一度の取引で、買い取り金額の三分の一近くを取り戻した。


 しかも彼女はまだ加入して一日目だ。

 昨日まで猛反対していた男が、恐る恐る尋ねる。


「⋯⋯ティアナさん」

「何?」

「次の商隊が来た時も、お願いできますか?」

「給料次第ね」

「払います!」


 周囲から笑いが起きる。


 直人も少しだけ誇らしい気持ちになった。


(やっぱりすごい人だったな⋯⋯)


 自分が優秀なのではない。

 神の目で才能そのものが見えるわけでもない。


 ただ、目の前にいる人間をよく見る。


 何ができるのか、どんな力を持っているのか。

 それを考えるのは、前世の仕事でも大切にしていたことだった。


 そんな中、ティアナが突然言った。


「でも、まだ全然駄目ね」


 村人たちの笑顔が止まる。


「何がですか?」


 リシェラが尋ねる。


「この村の金の管理よ」


 ティアナは共有の帳簿を手に取った。


「誰が何を売って、何を買って、共同倉庫にどれだけ入っていて、村の共有財産がいくらあるのか、全部別々に記録されてる」

「一応、管理は⋯⋯」

「管理できてないわ」


 ばっさり切った。


「今は千八百人だから何とかなってる。でも二千、三千と増えたら絶対に破綻する」


 帳簿を机へ置く。


「この村、稼ぐ前に財布を作り直した方がいいわね」


 直人は、その言葉に興味を引かれた。


「リシェラ」

「はい」

「ティアナに伝えて」


 少しだけ笑う。


「好きにやってみてほしい」


 神託を聞いたティアナは、神殿を見上げた。


「本当に?」

「神様はそう仰っています」

「後悔しても知らないわよ」


 リシェラが直人の返事を待つ。


「大丈夫」


 直人は即答した。


「任せるよ」


 ティアナは一瞬だけ驚いた顔をした後、楽しそうに笑った。


「いいわ」


 腕を組む。


「じゃあまず、この村がいくら持ってるのか全部出して」


 翌日から、イルヴァナト村の金の流れが根本から変わり始める。


 そして同じ日、直人はもう一つの神託を村人たちへ伝えた。


「これからイルヴァナト村では、人を奴隷として売ったり買ったりすることを禁止する」


 広場が静かになる。


「俺は、人に値段が付くのが嫌なんだ」


 それだけだった。

 難しい理屈ではない。


 この世界では当たり前の制度でも、直人には受け入れられなかった。


 リシェラがその言葉を伝えると、ティアナは何も言わず神殿を見上げた。


 その左手は、父から譲られた古い指輪を強く握っている。


「⋯⋯本当に、変な神様ね」


 今度の言葉には、昨日とは違う温かさが混じっていた。

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