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敗戦国家の神様 ~巫女ひとりにしか神託を届けられない俺が、滅びかけの小国を大陸最大の帝国へ導くまで~  作者: 百香スフレ


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13/21

13話 イルヴァナト村

 春の風が、広い畑を渡っていく。


 直人がこの世界へ来て初めての春から、一年が経った。つまり直人にとって、この世界に来てから二度目の春である。


 あの頃、神殿から見えていたのは焼けた家と痩せた人々ばかりだった。それが今では、神殿を中心に多くの家が立ち並び、その外側には新しく開かれた畑が広がっている。


 人口は約千八百人。一年前の倍以上だった。


 冬を越した後、「神託の村」の噂を聞いた近隣の集落から人々がやって来た。最初は数十人、その次は百人単位となり、今では元からあった村の境界すら分からなくなっている。


「ずいぶん大きくなったな」


 直人が呟くと、祭壇の前を整理していたリシェラが顔を上げた。


「神様のおかげです」

「いや、俺は場所を教えたり、相談に乗ったりしただけだよ」

「その『だけ』で何度助けられたと思っているんですか?」


 少し呆れたように言われ、直人は返す言葉に困った。


 この一年、神託を求める人間は急激に増えた。


 畑をどこへ広げるべきか。

 新しい井戸をどこへ掘ればいいか。

 狩りへ行くなら、どの森が安全か。

 橋を架けるなら、どこが適しているか。


 夫婦喧嘩の仲裁まで頼まれた時には、さすがに断った。


 もっとも、直人が問題だと思うより先に、村人たちは神託を生活の一部として受け入れていた。


「今年の畑は、神様に聞いてから決めよう」

「新しい道も神託を待った方がいい」

「神様が見てくださっているなら間違いない」


 そんな声が当たり前のように聞こえてくる。


(⋯⋯頼られすぎな気もするけど)


 困っている者を放っておけない直人自身、頼られれば結局答えてしまう。その結果、ますます神託への信頼は強くなっていた。


 その日、神殿前の広場には大勢の村人が集まっていた。


 議題は、この場所の名前だった。


 人口が増え、周辺の集落まで一つの共同体として暮らすようになったため、いつまでも「神託の村」とだけ呼ぶのは不便になっていた。


「昔の名前を使いたい」


 一人の老人がそう口にした。


 人々が静かになる。


「イルヴァナト」


 滅ぼされた祖国の名前だった。


「王国はなくなった。それでも、わしらまで名前を捨てる必要はないと思うんだ」


 反対する者はいなかった。


 やがてリシェラが祭壇を振り返る。


「神様は、どう思われますか?」

「俺が決めていいことじゃないと思う」


 直人は少し考えて答えた。


「みんながその名前を残したいなら、俺は良い名前だと思うよ」


 リシェラがその言葉を伝えると、村人たちの表情が明るくなった。


 こうして、神託の村は正式に「イルヴァナト村」と呼ばれることになった。


 名前が決まった日の午後、広場では別の騒ぎが起きていた。


「売り切れだ!」

「またかよ!」

「次の荷車はいつ来るんだ!」


 旅商人たちが、積み上げられた小瓶を奪い合うように買っている。


 中身は黄金色の蜂蜜だった。

 一年前、直人が広げた神の視界で森を調べていた時、村の東側に大量の蜜蜂が生息している場所を見つけた。


 最初は単なる食料として集めていたが、遠方から来た商人が驚くほど高い値を付けた。


 そこで直人は考えた。


(野生の巣から取るだけじゃ、そのうちなくなるよな)


 前世で地域振興の事例を調べていた時、養蜂について読んだ記憶があった。


 もちろん巣箱の細かな構造までは覚えていない。


 そこで村の木工職人や、昔から蜂蜜を採っていた老人たちへ相談した。


 直人は蜂が多く集まる場所を神の目で探し、職人たちは試行錯誤を繰り返す。


 失敗した巣箱も多かった。蜂に逃げられたこともある。

 それでも一年をかけて、ようやく安定して蜂蜜を採れるようになった。


 その蜂蜜は今やイルヴァナト村最大の特産品になっていた。


「神様が蜂の巣を見つけてくださらなかったら、こんな商売はできなかったな」

「次は何を見つけてくださるんだろう」

「神託を聞けば、もっと儲かるものがあるかもしれないぞ」


 そんな会話を聞きながら、直人は少し苦笑する。


(そこまで万能じゃないんだけどな)


 しかし結果だけ見れば、そう思われても仕方がなかった。


 水脈を当て、狩場を見つけ、魚の集まる場所も、薬草の群生地も見つけた。

 食料だけじゃなく黒狼隊の作戦まで見抜き、そして今度は、村に金をもたらす特産品まで生まれた。


 村人にとって、神託は実際に生活を豊かにする力となっていた。


 夕方、ザイードが神殿へやって来た。

 一年前と比べても身体はさらに鍛えられ、今では百人近い自警団をまとめている。


「リシェラ、神様へ報告を頼む」

「はい」

「北側の見回りは問題ない。商隊が増えているから、街道沿いの警備は少し増やす」


 リシェラを通して報告を聞きながら、直人はザイードを見つめた。


 この一年で、直人の神力も大きく増えた。


 信仰する者が増え、加護を与えられる人数も一人ではなくなっている。


 エレナにはすでに治癒の加護がある。


 そして今日、もう一人へ新たな加護を与えられるだけの力が整っていた。


「リシェラ」

「はい」

「ザイードさんに伝えてくれる?」


 直人は静かに告げる。


「加護を受けてほしい」


 ザイードが目を見開いた。


「俺が?」

「そうです」


 リシェラが頷く。


「神様は、ザイードさんへ加護を授けたいと仰っています」


 ザイードはすぐには答えなかった。


「エレナのように、他に必要な者がいるのでは?」


 いかにも彼らしい返事だった。


「今回は君だよ」


 直人は迷わなかった。


「この村は大きくなった。守る人も増えた。だから、ザイードさんにはもっと強くなってもらいたい」


 その言葉が伝えられると、ザイードはしばらく黙り込んだ。


 やがて剣を床へ置き、祭壇へ片膝をつく。


「承知しました」


 神力を集中する。

 直人が望んだのは、単純な怪力ではなかった。


 ザイードが誰かを守るために剣を振るう時、その身体が僅かでも速く動き、少しでも長く戦えること。


 その願いに呼応するように、淡い光がザイードを包んだ。


「⋯⋯これは」


 ザイードがゆっくり立ち上がる。


 試すように拳を握り、腰の剣を抜いた。


 一閃。

 空気を裂く音が、今までとは明らかに違った。


「すごい⋯⋯」


 リシェラが思わず声を漏らす。


 ザイード自身も驚いていたが、やがて祭壇へ向き直った。


「神様」


 もちろん直人には直接聞こえているが、返事を届けるにはリシェラが必要だ。


「この力、必ず村を守るために使います」


 直人は穏やかに答えた。


「うん。頼りにしてる」


 リシェラがその言葉を伝えると、普段ほとんど笑わないザイードが僅かに口元を緩めた。


 その日の夜には、ザイードが神の加護を授かったという話が村中へ広がっていた。


「神様がザイードさんを選んだ!」

「これなら帝国兵が来ても怖くない!」

「やっぱり神様に任せていれば大丈夫だ!」


 歓声が各所から聞こえる。


 直人は神殿から明かりの増えたイルヴァナト村を見渡した。


 一年前、滅びを待っていた小さな村はもうない。

 人は増え、食料があり、商品を売り、守る力まで手に入れた。


 その中心には、確かに神託があった。


(⋯⋯俺がいないと困る村になってきたな)


 少しだけ気になった。

 けれど今は、それ以上に嬉しかった。


 自分がいることで、人々が安心して笑えている。

 前世では、どれだけ地域を良くしたいと思っても、自分一人の力ではどうにもならないことばかりだった。


 ここでは違う。

 神として得た力を使えば、目の前の人々を本当に助けられる。


(もっと良くできる)


 イルヴァナト村は、まだ大きくなれる。


 そう思った直後だった。


 村の南側。

 街道の向こうから、見慣れない一団が近づいてくるのが直人の視界へ入った。


 何台もの荷馬車と、武装した護衛。


 そして荷台には、人間が乗せられていた。


 首に鉄の輪を嵌められたまま。


「⋯⋯何だ、あれ」


 翌日。


 イルヴァナト村へ、帝国の奴隷商隊がやって来る。

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