12話 冬越え
秋が過ぎ、冷たい風が村を吹き抜けるようになった。
神殿から見下ろす景色も、少しずつ色を変えていく。
青々としていた畑は収穫を終え、黄金色の切り株だけが並ぶようになった。
共同倉庫の中には、乾燥させた野菜や穀物、燻製肉、干し魚が整然と積み上げられている。
直人はその光景を見ながら、小さく息を吐いた。
(ここまで来られたな)
最初に目覚めた日、この村には絶望しかなかった。
焼けた家、飢えた子ども、明日を諦めた大人たち。
それが今では、自分たちの手で冬を迎える準備を終えようとしている。
もちろん、それだけで安心はできない。
冬は始まりに過ぎないのだから。
◆
「神様」
祭壇の前へリシェラが立つ。
「共同倉庫の確認が終わりました」
「どうだった?」
「食料は計画通りです。皆さんが決められた量をきちんと納めてくださいました」
「そっか」
直人は少し嬉しくなった。
前世でも、備蓄計画は簡単ではなかった。
目先の生活が苦しければ、人はどうしても今日の分を使ってしまう。
だからこそ、共同で管理する仕組みが重要になる。
それを、この村の人々は理解してくれた。
「あと⋯⋯」
リシェラが少し笑う。
「皆さん、最近は『神様がそう仰るなら』ではなく、『村のみんなで決めたことだから守ろう』と言ってくださるようになりました」
直人は目を細めた。
嬉しい傾向だ。
神が命令したからではない。自分たちで納得して動いている。それこそが、自分の望んでいた形だった。
◆
冬は、突然やって来た。
一晩で村は白く染まる。
屋根には雪が積もり、森の木々も白い衣をまとっていた。
「今年は早いな」
ザイードが空を見上げる。
「例年なら、もう少し後なんだが」
兵士たちは見回りを続け、狩人たちは雪山へ入る。
女性たちは保存食を配り、エレナは風邪を引いた子どもたちを診て回る。
誰も暇な者はいない。
それでも村に悲壮感はなかった。
「今日は魚の干物だ!」
「昨日は燻製だったから嬉しいね」
「野菜もあるぞ」
子どもたちの笑い声が響く。
直人は、その様子を静かに眺めていた。
今の自分には寒さも分からない。雪の冷たさも感じない。神になって失ったものの一つだ。
けれど、その代わりに見えるものがある。
人々の表情だ。それは、希望に満ちていた。
それが、今は何より嬉しかった。
◆
一方、その頃。
村から半日の距離にある集落では、飢えが始まっていた。
「もう食べ物がない⋯⋯」
「昨日、おじいちゃんが亡くなった」
「帝国軍が全部持っていったんだ」
さらに別の村では疫病が広がる。
弱った者から次々と命を落としていく。
その噂は旅人や行商人によって各地へ広がっていた。
「今年の冬は酷い」
「いくつ村が消えるんだろうな」
「この辺りも終わりだ」
誰もがそう思っていた。
ただ一つの村を除いて。
◆
冬も半ば。
共同倉庫では長老たちが帳簿を確認していた。
「まだ余裕がありますな」
「魚も十分残っています」
「野菜も傷んでいません」
保存方法を工夫した成果だった。
乾燥、燻製、地下貯蔵⋯⋯。どれも特別な技術ではない。しかし、それらを村全体で徹底したことが大きかった。
「神様のおかげです」
誰かが呟く。しかし直人は首を横へ振った。
「いや」
ゆっくりと言う。
「俺は道を示しただけだ。その道を歩いたのは、君たちだよ」
「神様⋯⋯!」
直人の神託をそのままリシェラが伝える。
村人たちは、その言葉に感動し、感謝した。
直人は、自分が全部やる国にはしたくない。人が考え、人が支え合い、人が未来を作る。そう考えていた。
◆
やがて長かった冬が終わる。
雪解け水が川を流れ、草花が少しずつ顔を出し始めた。
子どもたちは我慢できず、広場を走り回る。
「春だ!」
「もう寒くない!」
大人たちも自然と笑顔になる。
そして、この冬。
村では一人の餓死者も出なかった。
疫病も広がらなかった。
難民も含め、多くの人が春を迎えることができた。
村人たちは神殿へ集まり、静かに頭を下げる。
「ありがとうございました」
「冬を越えられました」
「家族みんな、生きています」
小さな祈りが積み重なる。
温かな光が次々と直人へ流れ込んできた。
以前とは比べものにならないほど大きな光だった。
神力が、また少し増していく。
◆
その日の昼過ぎだった。
見張りの兵士が慌てて村へ駆け込んでくる。
「人です!」
ザイードが立ち上がる。
「帝国軍か?」
「いえ⋯⋯違います!恐らく他所の村人が、三人来ます!」
しばらくして、痩せ細った三人の男女が村へ入ってきた。
服はぼろぼろ。
長旅だったことは一目で分かる。
先頭に立つ老人が、神殿を見上げた。
「ここが⋯⋯」
震える声で呟く。
「神託の村⋯⋯」
村人たちが顔を見合わせる。
もう、その名で呼ばれるようになっていた。
老人はゆっくりと膝をついた。
「お願いです」
深く頭を下げる。
「どうか⋯⋯我々の村にも、神託を授けてください」
神殿の中で、直人は静かに村を見渡した。
数か月前。ここは滅びを待つだけの場所だった。
今は違う。
笑う子どもがいる。働く大人がいる。未来を語る人々がいる。
そして、その希望を求めて、新たな人々がやって来た。
直人は穏やかに微笑む。
「⋯⋯ここからが、本当の始まりだ」
評価、ブックマーク、感想など励みになります。
モチベーションになりますので、よろしくお願いします。
また、作者Xにて更新通知を行っております。
新作の通知なども行いますので、ぜひフォローお願いします。
@MokaSufure




