11話 新たな村の様相
黒狼隊との戦いから、五日が経った。
村には、以前とは明らかに違う空気が流れていた。
朝になれば畑へ向かう者や、壊れた家を直す者がいる。
泉では子どもたちが水を汲み、神殿の近くでは負傷兵たちがエレナの治療を受けていた。
「もう痛くありませんか?」
「ああ。昨日よりずっと楽だ」
「良かった⋯⋯でも、まだ動かしちゃ駄目ですよ」
「分かったよ、エレナ先生」
「せ、先生じゃありません!」
兵士が笑う。
エレナは頬を赤くしながら、次の患者へ向かった。
神の加護を受けてから、彼女の治療能力は明らかに上がっている。
怪我の治りは早くなり、傷口が化膿する者もほとんどいなくなった。
(加護って、かなりすごいんだな⋯⋯)
直人は感心しながら、その様子を眺める。
そして、それはエレナだけではなかった。
黒狼隊を撃退したことで集まった信仰によって、直人自身の力も大きく増している。
以前なら村と、その周辺くらいしか見えなかった。
今は違う。
意識を広げれば、遥か遠くの森や、山裾まで見渡せる。
さらに地面へ意識を向けると、以前水脈を見つけた時のように、土地の違いまで何となく感じ取れるようになっていた。
「⋯⋯これ、使えるな」
「神様?」
祭壇の掃除をしていたリシェラが問い掛ける。
「ちょっと村の周りを調べてみようと思って」
「何か探されるのですか?」
「使えるもの全部、かな」
「全部⋯⋯?」
リシェラが首を傾げる。
直人は前世を思い出していた。
地方創生の仕事では、地域資源の洗い出しを何度もやった。
観光資源や農産物、遊休地や人材など。
地元では当たり前だと思われているものが、外から見ると大きな価値を持つこともある。
(まず知らないと始まらない)
この村に何があるのか。何が足りないのか。
直人は意識を一気に広げた。
最初に目に入ったのは東側の森だった。
見覚えのある植物が密集している。
「リシェラ、エレナを呼んでもらえる?」
しばらくして、エレナが神殿へ駆け込んできた。
「神様がお呼びだと聞きました!」
「東の森に、葉の裏が白い草が群生してるんだけど」
当然、直人の声はエレナには聞こえない。
リシェラが神託を伝える。
「葉の裏が白い草⋯⋯?」
エレナは少し考え、目を見開いた。
「まさか、ルーゼ草?」
すぐに籠を持って森へ向かう。
そして一時間後。
「ありました!」
満面の笑みで帰ってきた。
「こんなにたくさん⋯⋯!熱冷ましにも傷薬にも使える薬草です!今まで薬草を探しに行けるほど森の奥へ入れなかったので⋯⋯」
腰の籠には大量の薬草が詰まっている。
「これだけあれば、冬の薬が作れます!」
(よし、一個目)
直人はさらに探す。
今度は南の方に意識を向ける。
そこには川の支流があり、水面の下を銀色の群れが移動している。
「魚の群れがいるぞ」
リシェラから伝えられた村人たちが網を持って向かった。
結果⋯⋯。
「おお!」
「すげえ!」
網いっぱいの魚が引き上げられた。
今まで使っていた川より流れが緩く、魚が集まりやすい場所だった。
しかも村からそれほど遠くない。
「ここなら子どもでも釣れるぞ!」
「干物にすれば冬まで残せる!」
次は西側だ。
妙に土の色が濃い一帯がある。農民たちに調べてもらうと。
「⋯⋯こりゃ良い土だ」
年老いた農夫が土を握りながら呟いた。
「なんで今まで使われてなかったんだ?」
「昔は森だった場所だ。戦争で焼けて、そのままだったんだろう」
広さも十分ある。畑を増やせる。村人は歓喜した。
さらに山裾では粘土質の地層。
少し離れた場所では加工しやすそうな石材。
森の北側には、鹿や猪の痕跡が多い狩場まで見つかった。
夕方には村人たちが神殿前へ集まっていた。
「薬草に魚、畑に最適な新しい土地⋯⋯」
「粘土や石に、新しい狩場か⋯⋯」
長老が呆然と呟く。
「わしらは何十年もここで暮らしていたのに⋯⋯」
直人は少し申し訳ない気持ちになる。
何十年も暮らしていて知らなかったのではない。
戦争で人が減り、森へ入れず、調べる余裕すらなくなっていただけなのだ。
(⋯⋯見つけるだけじゃ駄目だ)
資源があっても、それを使う仕組みがなければ意味がない。
「リシェラ、みんなに一つ相談がある」
「はい」
直人が考えたのは、役割分担だった。
全員がその日必要な仕事だけをするのではなく、それぞれ得意な仕事へ人を分ける。
さらに、一か所へ食料を集める共同倉庫を作る。
誰が何を作り、どれくらい備蓄があるのかを把握するためだ。
「食料を全部取り上げるということですか?」
一人の男が不安そうに尋ねる。
リシェラを通じて、直人は否定する。
「違うよ。各家庭の分は残す。その上で、余った分をみんなで備蓄したいんだ」
去年なら豊作だった家。今年は不作だった家。
病気で働けなくなる者もいる。
一軒ごとに冬を越そうとすれば、必ず取り残される人が出る。
それなら村全体で備える。
防災の備蓄計画と同じ考え方だった。
「なるほど⋯⋯」
長老が頷く。
「誰かの家が足りなくなっても、倉庫から出せるということですな」
「そういうことです、と神様は仰っています」
ザイードも腕を組みながら口を開いた。
「兵の食料管理でも同じことをする。悪くない」
「じゃあ保存食は私たちに任せて!」
女性たちから声が上がる。
「魚なら干せるぞ」
「肉は燻製にしよう」
「新しい畑は俺たちが耕す!」
次々と声が上がる。
直人はその光景を眺めながら、少し懐かしい気持ちになっていた。
(会議のまとめ役か⋯⋯)
前世とあまり変わらない。
ただ一つ違うのは、ここでは自分たちで決めたことがすぐに動き出すことだった。
翌日から村は一変した。
ザイードは木材を担いでいる。
「ザイードさん、それ重くないんですか?」
リシェラが驚く。
「これくらいなら問題ない」
「怪我は治ったんですか?」
「治った」
少し離れたところでエレナが即座に振り返った。
「治ってません!」
ザイードの動きが止まる。
「⋯⋯そうか」
「そうです!」
周囲から笑い声が上がった。
以前の村にはなかった笑い声だった。
夕暮れ。
広場では、大きな鍋から湯気が立っている。
獲れた魚、畑から集めた野菜、僅かに残っていた穀物。
それらを一緒に煮込んだスープだった。
「美味しい!」
子どもが笑う。
「おかわり!」
「ちゃんと後ろの子の分も残しなさいよ」
「はーい!」
直人はその光景を神殿から眺めていた。
食べ物の匂いは分からない。温かさも感じられない。
自分自身があの輪の中へ入って、スープを食べることもできない。
少しだけ寂しい。
でも⋯⋯痩せていた子どもが笑っている。
母親たちが安心した顔で食事をしている。
兵士たちも武器ではなく木の椀を持っている。
(⋯⋯まあ、いいか)
自分が食べられなくても、この人たちが食べられるなら。
「神様」
いつの間にか、リシェラが祭壇の前に立っていた。
「皆さん、最近よく笑うようになりました」
「うん」
「全部、神様が来てくださってからです」
「俺だけじゃないよ」
直人は即座に答える。
「見つけても、俺には魚を獲れない。畑も耕せない。薬も作れない」
少し考えて続ける。
「みんなが動いてくれるから、形になるんだと思う」
リシェラは小さく笑った。
「では、神様が見つけて、私たちが作るんですね」
「そうだね」
悪くない。
むしろ、それがいい。
直人は、少しずつ姿を変えていく村を見渡した。
ほんの十日ほど前まで、ここは滅びを待つだけの場所だった。しかし今は違う。明日を良くしようと働く人たちがいる。
そして直人には、さらに遠くまで見えるようになった神の目がある。
その視界の遥か北。
山の向こうには、まだ誰も気付いていない広大な土地が広がっていた。
(ここは、もっと豊かにできる)
そう確信した瞬間、直人は初めてこの村の未来を楽しみだと思った。
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