幸福を捕らえる代償 6
酒場にはいつも、こんな匂いが漂っている。酸っぱくなった麦芽、汗、それにアルコールが蒸発した後の熱気が混ざり合い、ねっとりとした霧のように肌に張りつく。
傷だらけの銅貨が、卓の上でくるりと回り、やがてバランスを失って倒れ、甲高い音を立てた。
私は卓に突っ伏したまま、目の前に残った数枚の銅貨を見つめていた。
金というものは、一度手を離れれば、もう二度と戻ってこない。たとえクレインのような奴でも、人波のなかで一枚一枚見分けようとしたところで、無駄な足掻きに終わるだけだ。
なにせ、あいつのあの長衣だけで、少なくとも銅貨五枚は下らない。そんな男が、失くした銅貨の行方など気にするはずがない。
なぜ一枚、無駄にしたのか。
私は目を閉じて壁にもたれかかり、頭のなかで言い訳を探した。
ただ、危険を減らすためだ。どうせ、あの金も気軽に使えるわけじゃないんだからな。
呼吸が、昨日ジェスの家の外で聞いた言葉と、今朝の挨拶とで乱れていく。過ぎ去った日々の記憶が、かけらのようにかすめては消えた。
生きてさえいれば、それでいい。
いつからか私のなかで谺していたその言葉が、感情の揺れをそっと宥めてくれる。
「クローズ、こっちにもう一杯」
「すぐに」
私は傷のある銅貨を、今までと同じように、勘定箱のなかへ放り込み、代わりに真新しい銅貨を取り出した。安物の麦芽酒が、たやすく喉の奥に消えていくのと同じくらい、呆気なく気持ちは澄み渡る。この銅貨もじきに、町のあちこちへ散っていくのだろう。
賭博台のうえかもしれない。パン屋の店先かもしれない。それとも、どこかの酔っ払いに、排水溝へ放り込まれるかもしれない。
そんなことは、誰にもわからない。
どうせ、この町じゃ、まともな人間は初めからそう多くはないのだ。
それは、私も同じだった。




