風に乗せて歌おう 17
修道院の鐘の音は、町で聞くよりもずっと近くに響いていた。
高い塀の向こうから、ゆるやかで重々しい音が、一つ、また一つと、午後の風のなかに落ちてくる。
マーガレットが中に入ったあと、私は門からそう遠くない石の腰掛けに座って待っていた。修道女たちが行き交い、ほとんどは物珍しそうにちらりと私を見るだけで、誰も声をかけてはこなかった。
どれほど経ったのか、修道院の大きな扉が、ようやくもう一度開いた。
マーガレットが中から出てくる。一緒に、もう二人、修道女がいた。一人は若く、三十歳くらいだろうか。もう一人は、すでに頭が銀色に染まっている。
私は三人の後ろを歩いた。若いほうの修道女が、いちばん先に私に気づく。
上から下までじろりと眺め、それから手で私とマーガレットをくらべるような仕種をして、突然笑い出した。
「あなたの弟さん?」
マーガレットはきょとんとした。
「ちがいます」
若い修道女はぱちぱちと目をしばたたいた。
「じゃあ、ご親戚?」
マーガレットはしばらく黙ってから、真剣な顔で首を振った。
「親族じゃない、でも、大切な人です」
若い修道女は一瞬はっとしたようだった。それから急に何かを悟ったように、口を閉ざした。
私はかえってどこを見ていいのかわからなくなり、わざとらしくうつむいて袖口を直すふりをした。すぐそばから、誰のものともわからない、ごくかすかな笑い声が聞こえる。
修道院の敷地を離れる間際になって、若い修道女は分かれ道で私たちと別れた。残ったのは、私とマーガレット、そして老修道女の三人だ。
道すがら、二人はずっと修道院のなかの話をしていた。誰が病気になったとか、誰が罰で鐘楼の掃除を言い渡されたとか、誰がこっそり菜園で猫を飼っていたとか。どれもこれも、ごくありふれた小さなことばかりだ。けれどなぜだか、そんな話を聞いているうちに、ふと気づいてしまった。
こうしたありふれた小さなことが、たぶん、彼女たちの人生の大半をかたちづくってきたのだろう。
教会への配達用の荷馬車のそばまで来たところで、老人が急に立ち止まった。何か忘れ物をしたという。マーガレットはそれがどこにあるのかを確かめると、振り返って私に小さく頷いた。「少しだけ待っていて。修道院までひとっ走り戻ってくる」
手伝おうかとも思ったが、私が中に入れるはずもないと思い直し、口には出さなかった。
老人がまだ何か言うよりも先に、マーガレットはもうスカートの裾をからげて走り去っていた。
そのわずかな待ち時間のなかで、老人は不意に、その目を私に向けた。
「あんたたちが知り合って、どれくらいになるんだい?」
私は少し考えた。
「そう長くはありません。あの子が教会の手伝いに派遣されてきて、それで知り合ったんです」
老人は少しのあいだきょとんとして、それからそっと笑った。
「なら、不思議じゃないねえ。不思議じゃない」
私はいくぶん不思議に思って老人を見たが、すぐには説明しなかった。ただ、マーガレットが立ち去った方角を眺めている。
しばらくして、老人はふいに話し始めた。
「あたしがここへ来たのは、十のときだったよ。父さんはここなら腹いっぱい食べられると言い、母さんは神様が面倒を見てくださると言って、あたしはそれきり、ここに置いていかれた。あとになって唱詩の先生から聞いたんだがね、家には子どもが四人いて、あたしの番になったときには、もう人並みの嫁入り支度など出せるわけがなかったんだと」老人は首を振り、ゆっくりと車輪に手をついて腰を下ろした。
「毎日祈って、働いて、また祈って、また働く」皺だらけの顔が、ふっと笑った。「瞬きするあいだにね、もうここで何十年も過ごしてしまった」
風が、頭巾からこぼれた銀の糸のような髪を揺らした。
「修道女としてはね」
ゆっくりと言った。
「たぶん、あたしは合格点だったと思うよ」
一瞬だけ言葉を切り、遠くのほうへと視線を落とした。
「でもね、一人の人間としては、ときどき、自分には何かが足りないんじゃないかって気持ちになることもある。夜中にふと目を覚まして、もしあの年、修道院に入っていなかったら、いま頃どうなっていたんだろうって考えることもあるよ」老人は急に声を出して笑った。「もっとも、この歳になるとね、そんなことを考えても仕方ないんだけどね。どうせ一つの修道院からもう一つの修道院へ移るだけの話でね。もっと若かった頃に持っていたはずの気持ちなんて、どこへ放り投げたのか、もうさっぱりわからなくなっちまった」
老人は話し疲れたように、しばらく沈黙した。けれど、その静けさのあとで、またぽつりと言った。
「ちょっと前、もう何か月も前になるかねえ。マーガレットって子が初めてここへ来たとき、あたしはなんだか、もう一人の、別の道を歩んだかもしれない自分のように思えてね。それで、どうしてもあの子のことを気にかけてやりたくなったんだ」
老人は私を見た。その口元に、いっそう慈しみ深い笑みが浮かび、それからまた遠くへと視線を戻した。
「でも今日、あの子が帰ってきたのを見て初めてわかったんだよ。あの子は変わった。大きくなった。前はね、あの子もいずれあたしと同じようになるんだろうと思っていた。どうやら、思い違いだったみたいだね」
私は老人の視線の先を追った。
遠くの小道を、
見慣れた姿が、スカートの裾をたくし上げ、こちらへ向かって走ってくる。風がその髪を、いくぶん乱していた。
老人はその駆けてくる姿を見つめたまま、わが子を見るような、あたたかな目で、しばし心を奪われている。
長い沈黙のあとで、
老人はかすかに笑った。声はさっきよりも少し、しゃがれていた。
「あの子はねえ」
「ここへ来たばかりの頃は、口もろくにきけなかったんだよ」




