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あたかも  作者: sankarea
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風に乗せて歌おう 11

翌日、私は教会の中庭で雑用をしている老人に会いに行った。彼は薪の山のそばにしゃがみ込んで薪を割っていたが、私が尋ねるとこう言った。「あの修道院の決まりってやつだからね」。口をもごもごさせた。「軽くは済まんよ、軽くは済まんよ」


具体的にどういうことかは、彼もそれ以上は言わなかった。


会ったときにマーガレット自身の口から聞いて初めて知ったのだが、この一件は表向き「見習い修道女の手違い」として片づけられ、「まだ俗塵に染まっている」という言葉で締めくくられたらしい。そして、ことを本当に静めたのは、マーガレットの貴族の父親の介入だった。


ただその後、ちらほらと耳にしたのは、その平穏はただで手に入ったものではないということだ。そのつけは、別の人間に回された——マガンレートの母親に。


具体的に何が、誰もはっきりとは言わなかった。私も、もう知りたくはなかった。


それから数日のあいだ、空はこれまでよりずっと遅く明けるようになり、酒場へ向かう道すがら、いつも聞こえてくるのは、鎌が麦の茎を食むザクザクという音だった。その音は畑から道の上まで溢れ出している。


誰もが一斉に忙しさに追い立てられたようだった。最後に残った林檎は絞られて酒になり、家畜は血抜きをされ、桶のなかで塩漬けにされ、冬越しの干し肉へと姿を変えていく。私もそのせいで、仕事のあとにはよくカレンと一緒に、屠殺場へまだ生暖かい牛の骨を受け取りに行った。


小さな骨は処理をして職人に売り、大きな骨はほとんどが煮出されて骨粉の肥料になる。カレンは花を摘んでお金に換えていると言っていたが、どうしてもそれだけで二人の暮らしが成り立つとは思えなかった。疑問はありながらも、どう尋ねていいのか、わからなかったのだ。カレンからは無邪気な答えしか返ってこないだろうとわかっていたせいもあるし、私の好奇心で、あの子をまた不安な現実に引き戻したくなかったせいもある。


マーガレットは通りかかると、ときどき立ち止まって手を貸してくれるようになった。以前の会釈を返すだけの関係に比べれば、ほんの少しだけ近くなったように思う。


あるとき、骨を運び終えたあと、マーガレットはしゃがみ込んで、カレンの手にある野の花を覗き込んだ。


「この色、きれいね」とマーガレットは言った。


カレンはうつむいて花を見て、それから顔を上げ、その花を差し出した。


それが何を意味するのかはわからなかった。けれど少なくとも、カレンの目には、相手はただの一人の人間として映っているのだろう。


その後も、マーガレットはカレンに何か話しかけようと試みるようになった。返ってくるのは、ほとんどが仕草だけの応答だったけれど。


カレンにとっては、あの不器用な頷きも、微笑むような仕種も、言葉の苦手なあの子なりの許しなのだと、私はわかっていた。それでマーガレットにも説明をしたのだが、どうやら私の考えすぎだったらしい。


「前は私もあまりよくわからなかった。でも、知るっていうのは過程なんだって、クローズが教えてくれたの。もし何もしないままだったら……あなたの目にはきっと、教会の修道女にしか映らなかったでしょうね」


なにげない一言が、相手の心にわだかまりを残すこともあれば、自分にとっては大切なことも、他人にとってはただの噂話の種でしかないこともある。たぶんその言葉があったからこそ、マーガレットが私の過去について尋ねたとき、私は少しだけ選んで、心を開いたのだと思う。


時として自分でもよくわからなくなる。マーガレットの言うことに筋が通っているから耳を傾けるのか、それとも、ただあの人が言ったからなのか……


その日、私はカレンと花を摘みに出かけていた。仕事を終えたばかりのマーガレットも、私たちに加わった。


春のあふれんばかりの鮮やかさに比べれば、秋の町外れの花畑の主調は褐色を帯びた黄色だった。遅咲きの金盞花がまだ踏ん張ってはいたが、花びらの縁はもう茶色く縮れ、火の粉を浴びた紙きれのようだ。畦の果てに群れて咲く野菊や紫苑だけが、秋に残されたわずかな寒色だった。数えるほどしかない木々から、草むらのなかに落ちた果実が、酒のような酸っぱさと、蜜蠟を思わせる腐敗の匂いをむっとこもらせ、まるで傷んだ秘蔵の酒のようだった。


摘み終わりが近づく頃、私たちは木陰で休んだ。


マーガレットは本で読んだ物語を語って聞かせた。聞き入るカレンとは対照的に、私は何度も、ついマーガレットのほうへ視線を落としてしまった。


声がやみ、物語が終わったのだろう。それまで膝を抱えて座っていたマーガレットが、突然こちらに身を寄せてきた。


じわりと近づくその顔を見つめながら、私は思わず息を詰めた。吐息のぬくもりで、自分の不自然さが伝わってしまわないように。


どういう流れで私に尋ねてきたのかも、もうはっきりとは覚えていない。ただ、簡単なやりとりのなかで、時間という名の蜘蛛の巣の下に付着した過去を、無意識に弄りはじめていた。


私は深く息を吸い込んだ。すると、思い出のまとわりつく花の香りが、鼻腔を通って脳の奥へと流れ込んできた。


その名も知らぬ花の香りは、ずっと昔にどこかで嗅いだことがある気がした。前にカレンが言っていたとおり、記憶には匂いがある。それは、脳裏に辿りはじめた昔の出来事と、しっかりと結びついている。


幼い頃の時間は幾年もあったはずなのに、言葉にしようとすれば、ほんの数言で終わってしまうようだった。


どこから話せばいいだろう。


「生まれてから、父親というものを見たことがない。物心ついたときからずっと、母親と二人で暮らしていた。今となっては、よく思い出せない。母が何をしていたのかも。たぶん、金持ちの家の召使いか何かだったんだろう。ただ覚えているのは、それほど大きくも小さくもない小屋に住んでいたことだけだ」


私はまるで、過去に埋めた手がかりを掘り返しているようだった。


「あの、黒ずんだ石で組まれた暖炉が、たぶん私の記憶をつなぎとめる錨なんだと思う。夏になると、近所の子と掃除をしたあと、煙突の先を見つけようと、そのなかに潜り込もうとしたのを覚えている。冬は、燃え上がる火が小屋の外の寒さを遮ってくれて、私は火の前にしゃがんで手を温めながら、母がまた、父が高利貸しから金を借りて逃げた話をくどくどと繰り返すのを聞いていた。母がいつも口にしていた、『生きてさえいれば、それでいい』っていう言葉を聞いていた。そうやって母は私を連れて生きてきて、そうやって、変わり映えのしない幾年かを、私と一緒に過ごした」


私は少しだけ間を置いた。続けようとしたが、物語はここで終わるべきなのだと気づいた。


「それだけだ。それだけのことだ」


なぜなら、悲惨な出来事があったわけでもなければ、胸を躍らせる冒険があったわけでもない。まるで波紋の立たない直線のように、過去から未来へと向かっていただけだ。続けなかったのは、ただもう、ここまででいいと思ったからだった。


マーガレットはすぐには口を開かず、視線を別の方へ向けて、何かを考えているようだった。


何かに気づいたのはわかったが、それを口にはしなかった。我に返って私と目が合うと、むしろ表情をくるりと変え、笑いながら言った。


「じゃあ、字が読めるのは、お母さんに教わったからなのね?」


私は少し考えて、頷いて答えた。


「ああ。あの頃母は、どういうわけかやけに固執して、私に読み書きだのなんだのを覚えさせたんだ」


カレンは抱えた膝に顔を埋めて、何かを考え込んでいるようだった。マーガレットはそれに気づくと、あの子の憂いをかき乱そうとするかのように、近づいて言った。


「カレンも、きっと字を覚えたいわよね。時間があるときに、私が教えてあげる」


カレンは答えず、やはり小さく頷いた。


マーガレットは私をちらりと見て、探るように言った。


「カレンは……いっそ修道女になってみるっていうのは、どうかしら」


「教会のなかは」と私の声は自然と低くなった。「見た目ほど、穏やかじゃない」


マーガレットは何も言わず、ただ小さく「うん」とだけ言って、一瞬浮かべた失望の色をすぐに引っ込めた。そして、ほとんど独り言のようにつぶやいた。「修道女がみんな悪い人だとは限らないのに」


たぶん私の胸の内では、マーガレットをあくまで例外的な存在として捉えていて、修道女というものにどうしても良い感情を持てずにいたのだ。でも、それで彼女に、私が不満ばかり抱いていると思わせたくなかった


「ああ、わかってる」


ところがその言葉は返事をもらえず、かえってしばらくの沈黙が場を気まずくさせた。私がもう何か言いかけようとすると、それを遮るように、マーガレットが先に静けさを破った。


「でも、先のことは、そのときにまた考えればいいじゃない」


カレンもそれに合わせて頷いた。


二人が懸命に場の空気を取り繕おうとするその様子に、私はむしろほっとしていた。


「そういえば、マーガレット。お前はこれから、どうしたいんだ?ずっと修道女でいるのか?」


マーガレットは一瞬きょとんとして、少し考えてから、逆に私に問い返した。


「うーん……クローズは、私にどうしてほしい?」


「難しい質問だな。先のことは、そのときにまた考えればいいじゃないか」


私がさっきの口調を真似るのを見て、マーガレットとカレンはぷっと吹き出した。


あんな口調を出したことを少し後悔したが、カレンのこんな笑い声は、これまで一度も聞いたことがなかったような気がした……


「なによそれ、またずるっこいんだから」


マーガレットの視線が私に向けられたが、すぐにまた別の場所へと落ちていった。


カレンが私を見つめて、小さく、でも期待を込めて尋ねた。不意に吹き抜けたそよ風が、金色の髪の先をふわりと持ち上げる。


「クローズはいつか、騎士さまになるの?」


それを聞いたマーガレットは笑い声をやめ、少し驚いたように私を見た。


「クローズは、騎士になりたいの?」


その問いはどこか気まずかった。私はそんなことを考えたこともなかったし、でもカレンにたいして拒む言葉はどうしても出てこなかった。


「さあな。どうだろうな。先のことは、そのときにまた考えればいいさ」


マーガレットは私のためらいを見て取ったのか、慌てて言葉を継いだ。


「さっそく実践してるじゃない」


私は笑みを浮かべてカレンを見た。あの子は私の視線に気づくと、今度は目を逸らさなかった……


「ふう——」


話し声は、しだいに強まりはじめた風の音に、かき消されていった。


車座になっていた私たちは、思い思いに、風に散った花びらが点々と落ちる緑の上を舞い上がる落ち葉に吸い寄せられるように、揃って顔を上げた。まるで、その行き先を捕まえようとするかのように。


花の香りを乗せた秋風は、いつの間にか過ぎ去ったどこかのぬくもりをはらんで、私たちを包み込み、やがてその落ち葉と一緒に、風のなかへ溶けていった。


うつむいていたマーガレットが、ふいに口を開き、これまでに見せたことのない優しい声で言った。


「騎士かあ……たしかに、そんな気がする。強い心と……誰かを守る勇気を持ってるものね」


彼女は私を見た。


「あとはもう——」マーガレットはまた、いつもの冗談めかした顔に戻って、手で何かを振り下ろす仕種をした。


「剣を振るうだけ」

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