風に乗せて歌おう 4
それから数日、私はこれまで通り酒場で働いていた。珍しいことに、店主は不在で、店には私とサシスだけだった。
彼は店主の遠縁の親戚だが、年はだいぶ若い。結婚してからもずっとぶらぶらしていたので、手伝いに引っ張り込まれたのだ。普段はたいてい私と入れ違いの働き方だったから、気まずくなるかと思いきや、こいつは案外おしゃべりで、話し出すと止まらない。おかげで、長い午前をどうにかやり過ごせた。
なぜだかわからないが、最近はどうも周りのことに気持ちが向かない。何かをしようとすると、いつも言いようのない疲れが全身を占める。だが不思議なことに、カレンと一緒にいるときは、また好奇心を取り戻したように感じる。あるいは私も、ただカレンの目に映る世界を見ようとしているだけなのかもしれない。
そんなある朝、もう関わることはないだろうと思っていた人物が、不意に私の暮らしに飛び込んできた。
その日、その女は無地の木綿のスカート姿で、きちんと畳まれた紙を手に、入り口に立ち尽くして所在なげに店内を覗き込んでいた。眉目にはまだ消えやらぬ遠慮が浮かんでいる。教会の修道服を着ていなくても、私は一目で気づいた。この女こそ、市の日にもう少しで私にぶつかりそうになった、あの修道女だ。
あの日から少し引っかかっていた。修道院の者が、なぜ町なかに用などあるのだろうと。
あのときあいつの口にした言葉に、いくぶんわだかまりがあったせいか、私はサシスの隣人に対する愚痴話を聞きながら、そちらを横目で気にしていた。女はしばらく迷ってから、紙をぎゅっと握りしめてゆっくりと中に入り、店内を逃げるように見渡した末、隅のロウネの卓に目を留めた。
ロウネはここの常連だ。以前の話では、彼は教会へ荷物を届ける仕事をしているらしい。その横の男はすっかり酔っ払っていて、いつも連れ立って飲みに来るから、たぶん同じく行商人だろう。
修道女は卓の前で足を止め、市の日と同じくらいに小さな声で、それでもいくぶん真剣みを帯びて口を開いた。
「あの、修道院から新しく派遣されて、照合を担当することになった修道女です。先週エルデムから届いた分の数が合わないので、もう一度ご確認いただけませんか」
早口だった。覚えてきた文句をそのままなぞるように。言い終えると、その女は伝票を差し出し、指先をほんの少しすくめた。
ロウネはちらりと伝票に目を走らせ、女をもう一瞥し、気のない冷たい口調で言った。
「ああ、わかった。あとで渡してやる。今は酒で手が離せないんだ、邪魔するな」
彼は伝票を卓の隅に放り投げ、横の酔っ払いに酒を注ぎ足すと、もうそちらを見ようともしなかった。
この態度はある程度予想がついた。以前、酒を飲みながら、教会への用向きでひどく苦労していると散々ぼやいていたし、そのときの言葉は今よりずっと耳障りだった。
女はせかしもせず、ただ卓のそばに立ち、両手でそっとスカートの端を握っていた。おそらくこうした冷たい扱いにはとうに慣れているのだろう。わずかにうつむいたまま、視線を卓の隅の伝票に落とし、静かに待っている。
そのいたたまれなさを見て、私に嘲笑う気持ちは湧かなかった。あの日、この女の言ったことが、こいつの知り得るすべてだったのなら、少しの嫌悪も湧かせようがないからだろうか。
サシスはまだ隣で隣人の愚痴をくどくどと続けている。ふと思い出したように、私が前に馬小屋の水桶にうっかり酒をぶちまけた間抜けな話を持ち出してきた。私はそのからかいに応じるのに手一杯で、それきりあちらには注意を向けなかった。
再び彼らに気づいたのは、ロウネの隣の酔っ払いが怒鳴ったときだ。騒がしかった酒場が、一瞬のうちに細かいささやきで満ち、サシスさえも口を閉ざし、そちらを見やった。
「マーガレット、自分をどこぞの貴族のお嬢様とでも思ってるのか」
修道女の身体がわずかにこわばり、思わず半歩あとずさりかけたが、すぐに踏みとどまった。この突然の怒声に驚かされたように。修道女はうつむき、周囲の視線に気を遣いながら、指先をいっそう強く握りしめる。
顔を背けて弁解する声は、さっきよりはっきりと小さくなっていた。
「わ、私はそんなこと言ってません——」
ロウネは周りが静まったのを見て、叱りつけた。
「いい加減にしろ、この人は用事で来てるんだ」
そうは言っても、彼は相変わらず腰を下ろしたままで、伝票を渡そうとはせず、口調には苛立ちがありありと浮かんでいた。
酔った男はそんなふうに遮られたことで、かえって怒りを募らせ、いきなり酒杯を卓に叩きつけた。耳を刺すような甲高い音が、皆の注意を根こそぎ奪う。
「用事だあ?」男は声を張り上げ、酒のげっぷを一つ漏らした。「ただの売女が産んだクソガキが、何の用事だ」
その言葉が落ちると、どこからともなく流れてきたひそひそ話が、瞬く間に小さな店じゅうに広がった。
「あの貴族の奥方が不倫して産んだ子だって話だ……」
噂する者たちの口からは酒の匂いがした。ロウネはまずいと感じ、男を突いて忠告した。
「貴族の話だ、いい加減にしろ」
男は彼の手を乱暴に振り払い、よろめきながらも踏みとどまると、ざわめきを圧するほどの声で叫んだ。
「なにが怖いもんか!あの貴族は寝取られて他人の種を育てたんだ。いまじゃ実の息子ができたから、こいつを修道院に放り込んだんだろうが」
言い終えると冷笑を漏らし、酒杯をつかんでもう一口あおった。
マーガレットの顔色は一瞬で青ざめ、唇をぎゅっと引き結んだ。震えもせず、涙もこぼさない。彼女はゆっくりと顔を上げ、静かに酔っ払いに視線を走らせた。その目には怒りも冷たさもなく、ただいたたまれなさと遣る瀬無さだけが浮かんでいる。
「おい、少し黙れ!」ロウネがもう一度叱りつけたが、酔っ払いを軽く引っ張っただけで、本気で止めようとはせず、代わりにマーガレットに向かって手を振った。「もういい、先に戻れ。伝票は俺が確かめて教会に届けておく。ここで騒ぐな」
「騒いでなんかいません」
マーガレットの声は相変わらず小さかったが、無理に取り繕った様子のなかに、かすかな意地が隠れていた。「照合だけすれば、すぐに失礼します。お酒の邪魔はしません」
口調は柔らかいのに、一歩も退こうとしない。
小声で噂する者、無言で見守る者。誰も近づかず、口を出す者もいなかった。まるで他人事の芝居を見るように。サシスも眉をひそめてちらりと見てから、私の腕を引いた。「やめとけ、どうでもいいことさ。酔っ払いの戯言だ。だが、あの女もずいぶん意地っ張りだな」
私は何も言わなかった。
しらふの者のごまかし、酔っ払いの放縦な言葉。私は周りの者が低く構えている傍観に逃げ込もうとしたが、ただ呆然と立ち尽くすマーガレットを見たとき、あの日、小さな身体でぎこちなく陽射しを遮った少女を、馬鹿みたいに長いことその場にしゃがみ込んでいたやつを、ふと思い出した。
一つの考えが、ただかすかに頭をよぎる。
試してみるか?一度だけ。
心はまだ迷っているのに、両足はすでに立ち上がっていた。
自分がもう選んでしまったことを、私は知っている。深く息を吸い込むと、サシスに布巾を投げ渡した。
「ふう、サシス、マスターに伝えてくれ。今日は早上がりする、と」
言い終えて、私は少し震える手を握りしめ、カウンターの柵戸を押して外に出た。あっけにとられた顔のサシスが、その場に立ち尽くしている。
まだ噂話の続く卓をいくつも抜け、まっすぐマーガレットの隣まで歩いて、初めて意外に思った。うつむいているこの女は、私よりほんの少し背が高いのだ。
ロウネや周囲の驚いた目など気にせず、私は卓の隅の伝票を手に取り、目を走らせた。
「何のつもりだ?」
ロウネが一瞬たじろぎ、不満げな声で言った。誰かに自分の見世物をかき回されたとでも言いたげだ。彼からすれば、私というこの手伝いは、普段は口数も少なく、たまに文句をこぼすだけの退屈なやつにすぎなかったのだろう。
私は彼の言葉を無視した。耳のそばでは「クローズのやつ、また何を始める気だ」という小さなささやきが聞こえる。
それでも私は伝票に目を落とし続けた。
彼の顔に浮かんでいたどうでもよさそうな表情が、無視される苛立ちで次第に歪んでいく。怒鳴りかけるその前に、私は先手を打って口を開いた。
「羊皮紙、十二ダース、ですね?」
彼は突然の問いに面食らい、一瞬詰まって、周りの野次馬たちの顔を見てから、たどたどしく言った。
「そ、そうだ。十二ダースだ。それがどうした?」
「じゃこうが一塊、ですね?」
誰もがサンデルのように手強いわけではない。相手が答え終わるのを待たず、私はすぐに追い打ちをかけた。今度の沈黙はもっと長かった。
「そう…… そうだ。いったい何が言いたい?」
彼はいらだちながら立ち上がった。
背後でマーガレットが何かを察し、手を伸ばして私を引っ張ったが、構わなかった。
「では、合計が二百四十銅貨になるはずがない」
「じゃこうは高い、誰だって知ってるだろう」
「でも、この伝票には、じゃこうなんて書いてありませんよ」
「違う、お前が言ったのはじゃこうだろう。じゃこうは伝票の中に —— いや、違う」
彼は一瞬で硬直し、言葉を失い、置き場のない手を不自然に、横で酔い潰れた男の背に置いた。サンデルに比べれば、彼らははるかに早く綻びを見せる。そろそろこの茶番を終わらせてもいい頃だと、私はわかっていた。
私は用心しながら唾を飲み込み、少しの緊張を和らげた。
「ええ…… どうやら皆さん、だいぶ酔いが回っていて、あまりよく覚えておられないご様子だ。こちらの方の伝票は、いったん私が預かっておきましょう。また今度いらしたときに、ちゃんと照合して、直接教会に届けておきます。お酒の邪魔にもなりませんし、こちらの方の用事も滞りません。それでいかがでしょう?」
咄嗟に思いついたこの言い回しに、明らかな綻びがないか、私は頭のなかで何度も確かめていた。だが、考えを深める間もなく、ロウネが先に堪えきれなくなった。
彼は私をこっそりちらりと見て、あきらかにほっとした表情を浮かべると、マーガレットに目をやって、私の差し出した梯子にうまく乗っかり、手を振った。
「ああ、それでいい。頼んだぞ。もうあいつを俺たちに近づけるな」
酔っ払いがまだ何やらぶつぶつ言おうとしたが、ロウネに睨まれ、もう一杯ひっかけて、ようやく静かになった。
周囲の見物人たちは、面白いところを邪魔されたとばかりに散っていき、それぞれの話題へと戻っていく。
私は振り返ってマーガレットの手を引き、足早に酒場を出た。外に出てしばらく歩いたあと、こいつの頬が赤くなっているのに気づき、手を離した。
マーガレットはいくぶん照れくさそうにしながらも、どうしてもと問いかけてきた。
「あの伝票には羊皮紙とインクしか書いてなかったのに、どうして彼が言い間違えるってわかったんですか?」
私は足を止め、少し落ち着いてから振り返り、説明した。
「あなたが十二ダースの羊皮紙に印をつけていた。つまり問題は数量にある、そうでしょう?」
マーガレットは頷いた。
「彼が自分の着服した羊皮紙を覚えているのは、当たり前の話です。じゃこうについては、彼にとっては普通の品の一つにすぎない。だから覚えていないのが当然です」
マーガレットは少し考えて言った。「でも、もし……」
「もしあの荷にじゃこうが本当に入っていて、彼がまたちょろまかしていて、あなたがそれを見落としていたのなら、さっき私が笑い者になっただけの話です。それに、じゃこうは高すぎる。彼も手を出す度胸はなかったでしょう」
騙しはしなかった。あのとき私も、しくじって終わる覚悟はできていたのだ。
マーガレットはそれを聞くと、思わず「ぷっ」と吹き出した。
「それって、ずるっこいだけじゃないですか」
私は否定もせず、それ以上言うこともなく、ただ伝票をマーガレットの手に戻した。
「ちゃんとわかったみたいですね。じゃあ、私はこれで」
そう言って背を向け、歩き出した。
「ねえ、名前は?」マーガレットが後ろから声をかけた。
「クローズ」
「うん、覚えてます。このあいだ市の日、私にぶつかりそうになった人、あなたですよね?すぐにわかって、さっきはちょっとびっくりしました」
私は少し驚いたが、振り返らず、そのまま歩き続けた。
「ジェスのこと、あの日あなたの顔に、ずいぶん面白い表情を見ました」。私の遠ざかっていく背中に向かって、マーガレットは最後の言葉を、ほとんど叫ぶように言った。
「今度 —— 今度、私に聞かせてくれますか?」
マーガレットがその言葉を口にしたとき、歩いていた私の胸の内は、どきりと鳴った。
初めは痛いところを突かれたのだと思った。が、あとになって考え直してみると、それを嫌だとは感じていなかった。いやむしろ、なにかを話したいという望みさえ抱いていたと、そう言うべきかもしれない。
あのときの私は、ただの何気ない一言として受け流した。あとになって気づいたことだが、それはおそらく、マーガレットなりの、似た者への嗅覚だったのだろう。




