幸福を捕らえる代償 1
店主の家に用事ができたのと、それから一昨日まる一日寝込んでしまったのとで、ここ二日の酒場の仕事は、こまごましたことまで全部私にのしかかってきた。とはいえ、もともと自分の落ち度でもあったから、断るわけにもいかない。この忙しさが落ち着いたら、クレインの置き土産で、絶対にたらふく食ってやろうと考えながら。
「クローズ、もう一杯くれ」ジェスが上機嫌で呼んでいる。
「いま行く」
私は酌を足してやった。
収穫の季節だから、農民たちはたいてい農産物を売りさばいたあと、酒場に集まって飲んだり話し込んだりする。
そんな話のなかで、ジェスの妻が身ごもったのだと知った。それも、今年の豊作のおかげで、子どもを迎える支度もしっかり整えられると、家族みんなが楽しみにしているという。実際、彼の顔には、父親になる喜びがありありと浮かんでいた。
その場にいた者たちも、その喜みに当てられたように、ジェスの周りに集まって口々に祝福の言葉をかけた。
宴が終わって人々が散りはじめると、入れ違いに現れた店主から、酔い潰れたジェスを家まで送り届けるように言われた。あとになってわかったのだが、店主があんなに親切だったのは、彼の家にも近ごろ娘が生まれたからかもしれない。
静まり返った通りには、あちこちを駆け回る風の音だけが聞こえていた。こんな時刻、道にはもう誰一人いない。ただ私と、肩を貸すジェスだけだ。酒場を出たとたん、夜風の冷たさが急に肌にしみるようになった。ジェスの身に染みついた濃い酒の匂いも相まって、私までなんだかぼんやりしてくる。
「この子が女の子なら、ジャックって名前にしよう」
そう言ったそばから、右肩にずしりと重みがかかった。もともと私よりずっと大柄なジェスが、意識を失ったようにぐらりと横倒れになったのだ。私は必死にこらえて、なんとか体勢を保った。
「男の子なら……男の子なら、ジェニーだ」ジェスが急にまた声を出した。
まったく、こいつは。
酒場で働いているが、実のところ、私はほとんど深酒をしない。とりわけ酒に強いというわけでもないが、いつも自分を醒めた状態に保っておくようにしている。それも一つの偽り方だと思っている。誰だって、酔っ払いには近づかないからだ。
それに、ずっと前から思っている。
酔っ払いというやつは、少なくとも普段の倍は重くなる。まるで、水をいっぱいに詰めた桶みたいに。
「クローズ、クローズ」彼が急に、いくらか酔いの醒めたような声音で、真剣に私を呼んだ。
私は答えずに、彼のふらつく体を支えながら歩き続けた。酔っ払いの戯言に返すだけの力も、もはや残っていなかったからだ。
「俺はもう、じゅうぶん準備はできてるんだ。父親になる準備はできてるんだ」
その言葉を聞いた瞬間、頭のなかが一瞬まっ白になった気がした。記憶のどこにも、それに応える言葉が見つけられなかったからだ。その口調は、どこか問いかけのようにも聞こえた。
でもわかっている。私がここで演じている役回りで、そして彼という人間についての私の知り方では、どんな返事をしても無責任な空言にしかならない。おそらくこんな問いを口にするときには、自分の心のなかにもう答えが出ているのだ。ただ誰かの口から、確かな証しがほしいだけなのだ。けれど、それを評価する資格すら自分にはないと思い、私は黙り込むしかなかった。
彼は急に立ち止まり、私の手を振りほどくと、道端にしゃがみ込んでしばらく吐いた。
嘔吐の音が、がらんとした通りにやけに鮮明に響く。私は傍らに立って、ただ静かに待っていた。
そうして少しばかり正気を取り戻したかのように、曲がっていた背をすっと伸ばし、彼は言った。
「いまの俺に、ほんとうに父親が務まるんだろうか」




