幸福を捕らえる代償 13
翌日も私は酒場へ行った。胸のわだかまりは、まだ消えてはいなかったけれど。
休んだ言い訳を、つたない冗談でごまかして店主に話すと、いつもなら間違いなく一発どなられていたはずだった。けれど今回、彼は何も言わなかった。ただ静かに腰を下ろし、真剣な顔で私の話を聞いていた。
話し終えると、私たちは二人とも黙り込んでしまった。
「ここにいて、どれくらいになる? 俺がお前を連れ帰ってから」
先に気まずさを破ったのは彼だった。まさかこれほど鋭いとは思わなかった。少なくとも私の印象にある彼は、いつもどこか大雑把な人だったから。
「ずいぶん経ちます」私は声を落とした。正確な年数は思い出せない。けれど、たしかにずいぶん長く経っていた。
彼は重々しく息を吐き、くるりと背を向けて木の柵戸を押して奥へ入っていった。
「何日か休め。サシスに声をかけて、手伝いに来てもらう」
私は元の席に座ったまま、どうしたものかと戸惑っていた。立ち上がりかけたそのとき、彼がぽんと小袋を一つ、こちらへ放ってよこした。
不審に思いながらも、慌てて手を伸ばして受け取る。
「お前の給金だ」
「何の金ですか」
給金なら、もう前に受け取っている。
「この小僧が。何年もここにいて、まったく。娘だってまだ生まれたばかりだってのによ」
相変わらずの口調だったが、どこか笑みが混ざっていた。
私は一瞬きょとんとしてから、ようやく合点がいった。
彼が言うとおりだ。そう、もうずいぶん長く、ここにいた。
彼のことを、自分がどれほど知っているのか、いまとなってはうまく言葉にできない。けれど、彼が私を見ている目は、その場かぎりの表情くらいでごまかせるものではなかったのだろう。
意図してか、そうでないかは別にして、サンデルの言ったことはやはり正しかった。私はいささか自惚れすぎていたのだ。他人の言葉の裏など読み取れるつもりでいながら、自分の偽りだけは完璧だと思い込んでいた。
けれど、ロードの場合は違う。たぶん彼が私を連れ帰ったあのときからずっと、彼にとって私は、ただの子どもだったのだ。
私は急に、サンデルの言葉がいくらか軽くなったような気がした。
自分なりに精一杯、自然な笑みを作って店主に礼を言う。扉を押し開けると、外から風が一気に吹き込んできた。酒場のむっとするような酒気が失せて、かえっていくぶん頭が冷えた。
けれど、いざ頭が冷めてみると、頭のなかのざわめきは消えるどころか、いっそうきつく絡みついてきた。
もしあの贖罪券に手を出さなければ、ジェスはきっとそれを買えていたのか。
もし何もしなければ、すべては今のようにはならなかったのか。
……いや。
たとえ私が手を出さなくても、教会は教義を変え、村役人はどこかで金を巻き上げ、ジェスの一家はどうせ追い詰められていた。結末は、最初から決まっていたのだ。
あの教会で私がめちゃくちゃに書き換えたあの数行でさえ、結局何を変えたのか、もうとっくに思い出せやしない。
それなのに――
よりにもよって、私は手を出してしまった。
ただの傍観者でいる、その場所から、私自身の手で自分を引きずり下ろしてしまった。いまの私には、同情さえもが偽善で、吐き気のするものにしか感じられない。
人を救っているつもりで、結局は、自分の泥のような理屈のなかから、どうにか一本の拠り所を見つけようとしていただけなのだ。
なんて皮肉なんだろう。規則の弄ばれるなかで、あの偽物の贖罪券に、本物の救済の可能性が与えられようとは。
呼吸は、ようやく落ち着いてきた。農夫の汗の匂い、土埃と馬糞の匂いが、むせ返るほどに私を醒まさせる。
顔を上げて、曇り始めた空を見た。
また、雨になる。
そう思って立ち上がりかけた足が、不意に止まった。しばらくしてから、人波のなかに身を溶け込ませ、教会へと歩き出す。




