幸福を捕らえる代償 12
彼女の足音はどれもとても軽やかで、騒がしい市のざわめきにやすやすと呑み込まれてしまうのに、私の耳にはやけに鮮明に響いていた。
私は彼女の後ろを、まるで影のように、ついて歩いていた。
たぶん彼女の腕の傷のせいだろうし、何かしてやりたいと思っただけかもしれない。けれど、それ以上にたしかだったのは、私が逃げていたということだ――酒場へ行くことからも、私をあれこれと悩ませる声からも。
彼女が足を止めて、ようやく着いたのだとわかった。
屠殺人が出てきた。ひょろりと高い体躯は、私のなかにある屠殺人という印象とはまるで違っている。
彼は後ろにいる私を、少し驚いたように見やって、しばらく考えてから口を開いた。
「こいつは誰だい?」
カレンが、それまでうつむけていた顔を上げた。
「騎士さま」
彼女の声はさほど大きくなかった。けれど屠殺人の耳には、はっきりと届いたらしい。じろじろと品定めするような視線を受けて、私はなんだか気まずくなり、取り繕うように言った。
「クローズ、クローズです。ロードの酒場の手伝いで」
カレンは私がそう応じるのを聞くと、くるりと振り返って私を見た。まるで、何かを確かめるみたいに。
「クローズ……うん、クローズ」
屠殺人の顔の筋肉が、かすかに緩むのがありありとわかった。笑っているのかいないのか、そんな表情で、彼はまとめた牛の脚の骨を持ってきた。
私はぎこちなく、それより先に、縛ってある牛の脚の骨をぐいと引き取った。
「俺が、俺が持ちます」
それ以上はカレンも屠殺人も見なかった。彼女のその一言で、まるで急に化けの皮が剥がれたような心地になって、他人の顔色などかまっていられなかったのだ。
私はただ黙って彼女についていった。長い影と短い影が、ゆっくりとぼやけて一つに溶け合っていく。
あたりの呼び声や雑踏は次第に遠のき、でたらめなはずの二つの足音が、私の頭のなかでだけは、一つの旋律を編み始めていた。カレンが私の服の裾をくい、と引いたとき、ようやく私はその過ぎた集中から引き戻された。
あたりを見まわす。古ぼけた藁葺きの小屋が一つ。それから、ひとつ花畑。
「着いたのか?」私は小声で尋ねた。彼女の話し方に、いつのまにかうつされてしまったかのように。
彼女は答えず、ただ静かに、こくりと頷いた。それから唇がかすかに開き、何かを言おうとした。けれど、声にはならなかった。
彼女が何を確かめようとしているのかは、わかった。私は黙って頷いた。
「ク……クローズ?」彼女はそう口にしようとした。
「いるよ」
「ありがとう」
言い終えると、カレンは花畑のはしにある物干し台のほうへ駆けていった。老人がちょうどそこでしゃがみ込んで骨を洗っている。彼女はその耳元で何ごとかをささやいた。老人はそばに立てかけた支え棒に手をかけて、少しよろめきながら立ち上がった。
骨を下ろした私が顔を上げると、ちょうどその視線とかち合った。
彼は何も言わず、ただ穏やかに、一つ頷いた。
孫娘に付き添ってくれたことへの礼のつもりかもしれない。けれど、カレンの純真さを避難所にして、彼女の愚かさを自分の逃げ道の保険にしている私は、あまりにも身勝手だった。
花畑の向こう側にいるカレンに、手を振って別れを告げる。
見ていたカレンも、手を振り返してくれた。
ふと感じた。この、ほんの小さな花畑の距離が、やけに遠くもあり、近くもあり、彼女の顔に浮かぶあの純粋な笑みを、ちゃんと見えなくさせている。
家に着くまで、身のまわりに溢れていた喧騒は、一瞬で冷めてしまったかのようだった。最後に残ったぬくもりがすっかり失せて、普段は手狭に感じていた部屋が、急にがらんどうになった。
私はその場に立ち尽くし、少し躊躇った。何気なく、視線が窓辺をかすめる。カレンがこのあいだ私に贈ってくれた花は、もうとっくに枯れ果て、散り落ちた花びらが窓台のうえに横たわっていた。
その凋んだ姿は、頭のなかでは初めて見るもののように思えた。たぶん、心のどこかで、そうなることをずっと決めつけていたからだろう。
明日になれば、いつものように新しい花が、
もう一度ここに活けられるのだろうか。




