幸福を捕らえる代償 9
このあたりにはあまり足を運ばないが、それでもこの教会を見るたび、私はいつも思わず顔を上げてしまう。
教会は二つの左右対称の方形の塔と、そのあいだに半円形のアーチを描く後陣とで構成されていた。粗い石材は黄褐色を帯び、はっきりと残る石の継ぎ目が、この建物にいっそうの重厚さを加えている。
この町で、これほど長く影を伸ばす建物は、そう多くはない。
私は遠くに立ち止まり、その輪郭に沿って建物全体を見渡した。両側の塔は対称に、中央には後陣。構造は簡素で、遮るものも少ない。
意識を塔に集中させる。層を重ねる造りで、それぞれの層に細長いアーチ窓が設けられていた。
どこかから中に入れる。
私は礼拝に向かう人波に紛れ込み、身廊に沿ってひと巡りした。階段の位置はすぐに見つかった。螺旋を描いて上へと続き、塔のなかに隠されている。それを確かめたあとは、あまり目立たぬよう、さらにしばらくその場にとどまってから、人波と一緒に外へ出た。
人影がまばらになるのを待ち、塔の片側の隅へと回り込む。
ここは石と粘土を混ぜて固めた低い塀に沿っていて、すぐ裏には民家が張りつき、しかも一本の樹が視線を遮っている。誰もわざわざ近づこうとはしない場所だ。
足の裏で壁面を軽く突き、硬さを確かめる。
勢いをつけて飛び上がったとき、足元が一度ずるりと滑り、それでもすぐに体勢を立て直した。
手を伸ばして、塔の窓の縁をつかもうとする。
届かない。
もう一度試みたが、やはり少し足りなかった。
いったん動きを止め、あらためてあたりを見まわす。
樹の幹までは、それほど離れていない。
今度はまず低い塀によじ登り、距離をざっと見積もってから、そのまま跳んだ。
枝葉が顔をかすめる。
目に鋭い痛みが走り、私は一瞬、硬直したが、声は出さなかった。
下には、何の物音もない。
私は幹に沿って体勢を整え、足場をしっかりと踏みしめてから、窓の内側へ手を差し入れ、身を滑り込ませた。
階段を伝って教会の二階へ上がると、そこからは身廊を取り巻く回廊を通して、一階の隅々まではっきりと見渡せた。
私は壁にぴたりと背を這わせ、下から差し込んでくるかもしれない視線を避けながら、慎重に部屋のほうへと近づいた。耳のすぐそばでは、階下の聖歌隊の詠唱が、途切れ途切れに響いている。
回廊のつきあたりの部屋の扉は、かすかに開いていた。
私は扉の脇でしばらく息を潜め、聖歌の声が最も高まる瞬間まで待ってから、手を伸ばして押し開いた。
蝶番が、ごくかすかな摩擦音を立てる。
すぐには中へ入らず、扉の背後に立ったまま、数呼吸だけ様子を窺った。
階下に、変わった気配はない。
そこではじめて部屋に入り、扉を閉めた。ただし、完全には閉め切らなかった。
部屋のなかの戸棚は、そのほとんどが空で、わずかに雑多な書類が残されているだけだった。
大方は、司祭や助祭とのあいだで交わされた書簡のようだ。
私はまず窓辺に歩み寄り、細く押し開いて、逃げ道を確かめた。屋根、足場、そして陰になる位置。すべて、あらかじめ思い描いていたとおりだ。
戸棚の前に戻り、いちばん上の束になっている書簡を引き抜く。
紙は何度もめくられたあとで、端のほうはいくぶんくたびれていた。
もともとは、ざっと目を通すだけのつもりだった。
けれど、「修正」「対抗」「統制」といった文字の断片が視野をかすめ、私はその一帯に目を留めた。
その書簡を引き出し、さらに後ろの数頁も繰ってみる。
文面に激した調子はなく、むしろ抑制が効いているとさえ言えた。ずっと以前から黙認されてきた日々の手続きについて、話し合っているような、そんな筆致だった。
ところどころ、完全には飲み込めない箇所もあったが、主旨はもう、はっきりと伝わってきた。これまでずっと、貴族たちは所有する土地の権利と領内の自治権をもとに、民や教会から金を巻き上げてきた。そしてそれと引き換えに、貴族たちは教会の教義や金集めのやり方を、支持し、認めてきたのである。
都は遠く、司教からの指示など、ここでは無視しようと思えばどこまでも無視できる。そればかりか、教えの解釈そのものを、彼らはほぼ完全に手中に収めていると言ってよかった。
私は書簡を閉じた。指先はまだ、紙のうえに置いたままだった。
呼吸が、知らずゆっくりと深くなっていく。
しばらくして、書簡を元の場所に戻し、さらに探り続けた。
部屋のなかの調度はきわめて簡素だった。もし金がここにないのなら、大方、町外れの修道院へ運ばれたのだろう。あのあたりにはあまり詳しくないし、そこまで足を伸ばすつもりもなかった。
机の下に、一つだけ木箱が残っている。
しゃがみ込んで、蓋を持ち上げた。
なかには羊皮紙が一箱、きっちりと積み重ねられていて、赤い紋章が暗がりのなかでもひときわ目に立った。
贖罪券だ。
いちばん上の数枚をめくると、その下に一冊の書物が押し込まれている。
教義だった。
どこかで見たことがあるように思う。頁を開いたとき、先ほどの書簡の内容と、否応なしに結びついた。
頁の余白には細かな注釈がびっしりと書き込まれ、ある段落は一行丸ごと線を引かれて消され、その脇には新たに書き起こされた条文が並んでいる。
しかも、筆跡は一つではない。
さらに数頁をめくり、そこに何の偽りもなく加えられた修正の跡を見て、私は思わず冷笑した。こいつらは、原典の教義と齟齬を来すことすら、まるで気にしていない。彼らをつなぎとめているのは神ではなく、ただの利益なのだ。
この利益で結ばれた世界のなかで、この独占され支配された「小さな世界」と、城壁の外の大きな世界とに、どれだけの違いがあるのか、私にはうまく言えなかった。ここの農民も、労働者も、おそらくは一生をこの場所で終えるのだろう。
私は机の上のペンを手に取り、改変されたいくつかの項目を、思いのままに塗り潰した。
それは不満のためだったかもしれないし、欺瞞のためだったかもしれない。ただ、とにかく何かをせずにはいられなかった。
「いますぐ準備を始めろ」
扉の外から話し声が聞こえ、それは刻々とはっきりと近づいてくる。
誰かが来る。
私は慌てて書物を閉じ、それを木箱の底へ押し込み、贖罪券も元どおりに並べ直した。
立ち上がりざま、手が木箱の縁で、ふと止まる。
いちばん上からひと掴みだけ抜き取り、ふところへ押し込んだ。もう修道院まで足を運ぶつもりはなかったから、この贖罪券を、あの金の先払い分だと思っておけばいい。
声はもう、足音のひとつひとつが判別できるほど近い。
私は部屋のなかを見まわし、もとどおりの佇まいを確かめてから、身を翻して窓から外へ抜けた。
帰り道、手に入れた贖罪券は、ちょうど買い集めに奔走していた村役人に、まとめて売り払った。そこには、いくらかの私心もあったかもしれない。
なにしろ、ジェスをあれだけ苦しめた張本人だ。こういう紙切れで贖罪を済ませる必要が、あの男にはたしかにある。
私は贖罪券の束を村役人の手に押しつけた。彼はひとつ含みのある目で私をちらりと見て、その笑っているのかいないのかわからない表情からは、心のうちがまるで読めなかった。けれど彼は、品物の出どころを詮索しようとはしなかった。
あの男もまた、そんなことは、どうでもいいのだ。
私は銀貨をしまい込み、街角の陰へと身を潜めた。
ただ、それがどんな結果を招くのか、このときの私はまだ知らなかった。ほんのひと束の、他人の手に渡るはずだった紙切れが、あるいは赤子の産声をこの世に届け、墓前の静寂に変わることを。




