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オキナグサの恋  作者: 嶋恭作ニ
第2話 ウィーンとプラハ
19/21

vol.5 ウィーンからプラハへ

ウィーンのコンサートホールの向かい側にあるオシャレなカフェに宮崎と恭子はいた。


「本当に久しぶりね。35年ぶりかしら?全く変わらないのね。すぐ分かったわ」


「いや、34年ジャストだね。あの時も9月末だっただろう。どっちも21歳だった。君のほうが一学年下だけど9月生まれで誕生日が先に来てたから。それにしても娘さん若いのにバイオリンすごいね。感動したよ。まだ大学生くらいかな」


「あの子は下の子で22歳、まだ音大生よ。それにしても相変わらず頭は冴えているわね。昔の事ちゃんと覚えているんだ」

 

「忘れるもんか。まあ、ああいう別れを経験したから人間的には成長したけどね。そういう意味では失恋も悪くないかな。でも今日会えて良かった。死ぬまで会えないと思っていたから」


「私もあなたには一生会わないと思っていたの。でもあなたの事は結構知ってるのよ。最近はTVにも出てたでしょ。お仕事で活躍されてるみたいね」


「ヘェー、あんな番組良く見たね。業界の人間ならわかるけど。仕事は上手く行って会社としても宣伝になるからって開発成功のインタビュー受けたんだ。でも5分も映って無かったよ。偶然でも見てくれて嬉しいよ」


「私の事は知らないでしょ。夫はウイーンフィルの団員だからこの世界では知られているけどね。今日は偶然に出会ったから私の事話すわね。墓場にまで持って行こうと思っていた話もするわ。もちろんあの時-34年前の話もよ。謝りたいし」


「謝る必要はないだろう。単なる失恋話だしさっきも言った様にあの失恋で自分自身は成長できた。そして君はピアニストになるという夢を実現したんだから」


そんな昔話やお互いの家族構成とか仕事とかの話をしていたらあっという間に30分以上経ってしまった。


「ごめん、もうこんな時間に!帰らなきゃ。家族が待ってる。誠さんはこれからどういうスケジュールなの?肝心の話が出来なかった」


「ウィーンは明朝までで、明日はチェコのブルノという所に泊り、明後日からは数日間プラハ泊りだ。工場用地探しの旅なんだ」


「じゃあ明々後日、3日後の夜プラハで会えない?私もその時はプラハにいるの。あなたた会わせたい人もプラハにいるし」


「その人が肝心の話と関係あるの?」


「まあ、そういう事なんだけどちょっと話が長くなるから続きは3日後プラハでね。あと携帯番号教えて」


と言ってそそくさと帰っていった。


'相変わらずの性格だけど憎めないんだよな、あいつは。しかし何だよ、謝りたいって。しかもプラハ在住の奴って。旦那さんかな?でもウィーンフィル団員で今日は家族で娘さんのお祝いって言ってたから違うよな?まあ良いか、俺も彼女ともっと話したいし' と思いながら見送った。


翌朝、欧州子会社のバート社長、チェコ人の女性社員ペトラ、日本人駐在員の家田君が合流し工場用地探しの旅が始まった。ウィーンから第1候補地のブルノまでは2時間弱の車移動だった。いかにもヨーロッパの古い街並みという感じだったが、工場を作るには無理があった。観光地としては良いのだが、工場を作るとなると日本人も駐在して指導しないといけないし、日常の買い物やレストラン行くのも考えなくてはならない。ブルノというブランドは日本でも調理器具で有名だが日本で見るブルノという会社はこの土地と関係無いらしい。せめてそこで日本人がいるなら良かったんだけどと思いながら候補地からは外した。

ブルノに一泊してプラハ方面に移動した。直接プラハに行くには3時間以上かかりそうだったが、2時間ほど行った所にコリンというトヨタの工場がある市があって、そこのトヨタを含めたいくつかの工場を視察させてもらった。さすがにトヨタが中心となっている工業団地なのでユーティリティを含めた設備、造成等が申し分ない。トヨタを含めて日本人駐在員はそこそこいて、その人達はプラハから約1時間のクルマ通勤をしており、日本人にとっての子供の学校を含めた生活環境は問題無いという情報も得た。ほぼこの工業団地に決定する事は間違いなく、これで今回の出張目的は99%達成した。

こうなると後はプラハを楽しむだけとなった。恭子と会うのはあの時から3日後だから明晩で、今晩はスタッフ達と飲み食い観光だなと弾けた。その日の夕方プラハに着くと恭子からメールが入っていた。明日は出来れば午後3時くらいから会いたいという内容だったのでOKの返信をしておいた。

プラハはウィーンより更に音楽の街という感じで且つ建物など市内の雰囲気も古典的だった。市内を流れるモルダウ川にかかるカレル橋の上では大道芸人の様に色々な楽器で生演奏をしている若者達が多く楽しめた。そのほぼ全てがクラシック音楽で楽器もバイオリン、チェロ、オーボエ、フルートなどで橋の上の音楽家を集めただけでちょっとしたオーケストラが出来るんじゃないかと思った。数年前に日本で流行ったドラマ/映画『のだめカンタービレ』に出てくる有名なコンサートホールであるルドルフィヌムもその橋のすぐ近くにあった。日本で言えばウィーンは東京でプラハは京都かなと感じた。

その夜はバート社長とスタッフを含め4人で食事をしたがその時にスケジュールについて確認した。


「バート、もう工場はコリン市で決定で良いよな。明日の視察はキャンセルしよう」


「OK。だけど午前中の日本人会への挨拶だけは同席してくれないか?」


「問題ない。午後は人と会う約束があるので夜まで自由にさせてくれ」


「何?プラハに知り合いがいるの?初めて来たんだよな?」


「ちょっとね」


一同ビックリしていたが気を使ったのか敢えて突っ込んで来なかった。


翌日午後3時、指定されたカフェに二人はいた。その場所は有名なオルロイという時計台の前で簡単に見つけ出す事が出来た。時計台は15世紀に設置された世界で3番目に古い稼働する仕掛け時計らしく夜中以外の毎日毎時上部の小窓から十二使徒が行進し死神が鐘を鳴らす約1分間のパフォーマンス(カラクリ人形)が行われるので、ちょうど3時はかなりの人だかりだった。


「すごいね、この時計台。観光に来たって感じがして良いな」


「私は見飽きたけどね。1番わかりやすいと思ってここにしたの。今日は来てくれてありがとう。何時まで大丈夫なの?」


「夜まで空けてある。スタッフは不思議がってたけどね。チェコに来るのさえ初めてだから何で知り合いがいるの?ってビックリされた」


「じゃあ夜までゆっくり話せるわ。その後チェロのミニコンサートも付き合って。そのチェリストが会わせたい人なの」


恭子は34年前の話を始めた。宮崎の記憶では東北旅行で留学の話を聞いて、そこから2週間余りでウィーンに旅立ってしまった。そこまではラブラブだったのに2ヶ月後に帰国した時は目も合わさない程他人行儀だったというものだ。その2ヶ月で何があったのかが唯一の疑問だった。


「あの2ヶ月間、毎週来るあなたからの手紙は嬉しかった。でもね、それがその時の私を余計に悩ませたの」


恭子は目を潤ませながら続けた。


「東北旅行の後、ずうっと生理が止まっていたの」


「えっ?・・・・・・・!!!!!」


-続く-





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