vol.4 突然の・・・
健康な若い愛し合っている男女が付き合って一年経って結ばれたらもう歯止めは効かない。恭子の妹、亜紀の家庭教師は彼女が無事志望校に合格してそのバイトは終了したが、その後味を占めて苗場に再び行ったり、お互いの友達への紹介、宮崎のラグビーの試合応援、恭子のピアノ発表会参観などして益々熱愛化していった。
あるデートの夜、レストランで当時流行っていたピアノの弾き語りをする小坂明子の『あなた』がBGMでかかっていた。
「俺、この曲の詩が好きなんだよな。特に『真っ赤な薔薇と白いパンジー、仔犬の横にはあなたがいて欲しい。それが私の夢だったのよ』の所がね」
「え〜?それって夢が小さくなさ過ぎない?夢ってもっと大きいものじゃない?」
宮崎はいつもより強い口調で反論する恭子の答えに違和感を持った。でもその時は同じピアノを弾く身として小坂明子が好きじゃないんだな位にしか思わなかった.
宮崎の学部は前期が終わるのが期末試験が終わる7月初旬でそこから2ヶ月位の夏休みに入る。恭子も丁度同時期に夏休みに入るので2泊3日の東北旅行に行く事にした。恭子は運転免許を取得して親から小型車を買ってもらっていたのでそのクルマで十和田湖と八戸に行こうというプランだ。さすがお嬢様、クルマ買ってもらったんだと思いつつも宮崎も2年以上前に免許を取った後余り運転する機会も少なかったのでドライブ旅行は新鮮で楽しみだった。
一泊目の十和田湖はヒメマスの刺身が絶品だった。一般的にサケマスを含む淡水魚は寄生虫がいるので火を通すか一回冷凍しなくてはいけないらしいのだが、ヒメマスは寄生虫が少ないため生のまま刺身で楽しめ、特に6月〜9月頃の新鮮な個体は「淡水魚の女王」と称されるらしい。時期もピッタリでその味を堪能した。
2泊目の八戸は海に面しているので海鮮ー特にイカ、ホタテ、ウニ、ヒラメは鮮度抜群で美味しかった。
そんな夢の様な旅行の最後の夜、ピロートークで恭子は言った。
「誠さん、私来月からとりあえず2ヶ月間ウィーンに短期留学するの。ウィーンの超有名音楽院の先生がこの前の発表会の演奏を聞きに来てくれていて、それを気に入ってくれて夏休みの期間に特別に見てもらえる事になったの。そこで認められれば正式に向こうの大学に編入の可能性も出てくるの」
恭子は目をキラキラさせながら説明したが、宮崎はあまりの唐突な告白にショックを受けてしばらく無言だった。
「・・・・・とりあえず2ヶ月は会えないって事だよね。頑張って我慢して待ってる。その後もし認められたらすぐまた行っちゃうの?」
「・・・・・そんなの行ってみなきゃわかんないよ。歯が立たなくて2ヶ月で返されるかもしれないし、超難関大学だから実際はそっちの方が可能性高いんだけどね」
恭子にとってみれば幼少の頃から続けているピアニストになるという夢が叶うかもしれないんだから応援してあげなきゃいけないんだけど、宮崎の心の中では挫折して帰ってきて欲しい気持ちの方が大きかった。天国の様な旅行の最後はジェットコースターで急降下する気分だった。
そしてその2週間後、恭子はウィーンに旅立った。
9月末までの2ヶ月間、宮崎は恭子宛に毎週手紙を書いた。内容は単純に1週間のたわいの無い出来事を綴っただけのものだったが、初めての地で少しでも寂しさを紛らわしてくれたら良いと思った。恭子からは何の返信も連絡が無いまま地獄の夏休みとなった2ヶ月は過ぎた。そして9月末に恭子は帰国し、良くデートした喫茶店で再会した時彼女は別人の様だった。
「誠さん、忙しいから用件だけ言うね。私、準備ができ次第またウィーンに戻るの。当分、いや一生帰ってこないかもしれない。だから私達お別れしましょう。」
「ちょっと待てよ。それだけで終わり?俺たち一年半も付き合って2ヶ月前までラブラブだったじゃないか。もっとちゃんと話し合おうよ。留学を続けたって恋愛を続ける方法はいくらでもあるだろう?」
恭子は一度も目を合わさず続けた。
「私は自分の夢を実現させる為にピアノ以外の事は一切忘れて集中したいの。誠さんも自分の夢をちゃんと追いかけて」
そう言い放ち喫茶店から逃げる様に足速に立ち去っていった。
「なんだよ、俺の夢は君と幸せに暮らす事なのに。『あなた』の歌詞の様に」
それっきりで恭子から連絡が無く1週間経った。
'完全にウィーンに移住するなら準備で未だ旅立っていないだろう。冷却期間も要るしな。あっそうだ!借りていたバッハの無伴奏チェロ組曲の全曲集LPを返しに行くか'
と思い、彼女の自宅のベルを鳴らすと母親が出て来た。
「あら、宮崎さん。久しぶり!今回はびっくりしたでしょう。私も驚いたんだから」
「あの、借りていたLPレコード返しに来たんですけど・・・」
「あれ?知らなかったの!?恭子は2日前にウィーンに行っちゃったわよ」
「え〜!!!!」
その後手紙も書いたが返事はもちろん無かった。
これをキッカケに宮崎はしばらく恋愛が出来なくなり、代わりに酒が強くなった。
-続く-




