vol.2 初恋
35年前宮崎は都内の私立大学の一年生だった。
大学生と言えばバイトで小遣いを稼ぐのが普通なんだろうが、専攻していたのが理工系で授業が忙しくその上高校でもやっていたラグビーにもハマっていて夕方から夜にかけてはその部活練習で忙しく定期的にバイトする暇も無かった。令和の現代ならスキマ時間のバイトなどいくらでも有るが昭和50年頃は週2〜3回で数時間ずつなどという虫のいいバイトなど中々見つからなく、普通のサラリーマン家庭から長距離通学している身にとっては金欠病だった。その頃は酒も強く無いしそれ程好きでも無いので部活終わりの飲み会とか麻雀などはほぼ断っていた。
そんな時、高校のラグビー部のキャプテンだった藤田から電話があった。
「おーい、誠。お前家庭教師のバイトしないか?俺は浪人で忙しくてそれどころじゃ無いし、お前なら理工系に一発合格したんだから依頼先の要求にピッタリなんだ」
「俺私立理工系狙いだったから社会とか国語系は勉強してないからダメだぞ。それに高校生は自信が無いぞ」
「いや、高校受験を一年半後に控えた中学2年の女子だ。数学と理科が苦手らしい。英語も出来たらお願いしたいとの事だ。連絡先は03-9xxx-3xxx で浜田という家だ。とにかく電話してみてくれ」
早速相手に電話すると条件は週二回夜に1時間半くらい教えて月1万5千円だった。しかも大学から自宅に帰る中間地点で時間的にも無駄が無い。'よし、これで親からもらう5千円の小遣いと合わせて月2万円使えるぞ。金欠病から脱却だ!'と喜んで部活の無い月曜日と水曜日にしてもらい快諾した。
早速翌週の月曜日に初回訪問した。浜田家は母親と娘二人と柴犬(雄)の3人+1匹暮らしで父親は単身赴任らしい。教え子となる中学2年の娘は妹で亜紀と言い、姉は高校3年で恭子という名前だ。姉の方こそ受験で忙しいんじゃないかと思ったら音大附属の高校で音大進学は決まっているらしい。藤田は恭子と中学の同窓生で今回の紹介となったようだ。'藤田のガールフレンドがお姉ちゃんか'と思いながらとりあえず挨拶を済ませて早速勉強に入った。勉強を教える事自体は結構好きかもしれないと以前から感じていたが、実際に教えると理解してくれているのかどうか良くわからない。'まあ、初日だから亜紀ちゃんも緊張しているんだからしょうがないな'などと思い余り気負わないようにした。
約束の1.5時間はあっという間に過ぎて15分近くオーバーした所で母親が
「今日はこれくらいにしてご飯食べて行って」
と言って食卓に招いてくれた。
宮崎の実家は二つ上の兄と両親との四人暮らしだったので、若い姉妹との食事は初体験でドキドキだった。
高校3年の恭子は大人しい中2の亜紀とは正反対で食事中もずっと質問を投げかけてきた。
「宮崎さん、彼女いるの?」とか「勉強とラグビー以外は何してるの?趣味は?」とか「血液型と誕生日は?」とか矢継ぎ早に質問してきた。芝犬の十兵衛も懐いてくれて、その夜はとても楽しい夕食となった。
帰り際にお母さんが
「次回からも夕飯食べていってね。夜、男の人がいると心強いわ」
とお誘いを受け「夕食付き家庭教師」というバイトを正式ゲットした。
その後数ヶ月は平穏に時が過ぎた。自分の肉親以外と定期的に食事を取るという人生で初めての経験を楽しんでいた。しかも子供の頃から憧れていた飼い犬(柴犬)の十兵衛もすぐ懐いて仲良くなった。だが何故かそれ以上に仲良くなったのがお姉ちゃんの恭子だった。宮崎が趣味で自己流でやっていたクラシックギター繋がりで音楽の話も盛り上がったが、歳も近い事もありその他の話題もすごく合った。でもその時はまさか恋人になるとは思ってもいなかった。実は高校3年の受験終了後に初デートした同級生、恵の事を思っていたし、恭子は藤田の彼女だと思っていたからだ。恵は大学受験に失敗し正に受験勉強の真っ最中で、受験が終わってから再会しようと約束していた。そんな宮崎の恋愛に対する力が抜けた態度が恭子を余計に惹きつけていたようだ。
ある日いつもは母親と姉妹と4人で食べる夕食が3人だった。母親が単身赴任の父親の元に行っていたからだ。夕食が終わるといつもの様に亜紀は自分の部屋にそそくさと行ってしまった。二人になってしまった食後、恭子が言った。
「ねえ、宮崎さん、今度の日曜日に三人で秩父にスケートに行かない?凄く解放的で良いみたいよ。」
「亜紀ちゃんは都合大丈夫なの?」
「ああ・・・大丈夫って言ってた」
「なら行こうか」
とあっさり快諾してしまった。しかし当日待ち合わせした所沢駅には恭子しか来なかった。
「ごめん、亜紀が急に友達と出かける事になってドタキャン!」
宮崎はここで初めて恭子の戦略を悟った。'コイツ最初から妹を買収して二人っきりにする作戦だったな'と思いながらもそれほどイヤな気持ちにはならなかった。恵の事は多少後ろめたさを感じたが。
でもその日は楽しかった。二人きりのデートなんて恵と高校卒業直前にした以来で人生2度目だったせいもあるが、何かすごく話が弾んで1日があっという間に過ぎた。流石にその日は何も無かったが明らかにその日を境に恭子を見る目が変わった。
その日の話をきっかけに好きだった歌手のコンサートのチケットを恭子が入手して一緒にに行ったりして自然に二人で会う回数が増えていった。'コレって付き合ってるのかな?お互い告白もしてないけど'などと思っていたあるデートの夜、たまたま通っている大学のそばを通りがかった。
「このキャンパスって宮崎さんの通っている大学よね。何かすごい高いビルがあるけど、あれもそう?」
「そうだよ。18階建てで主に研究室が多くて僕は余り関係ないんだけど屋上の景色が素晴らしくてたまに行くんだ」
「え〜!?今でも行けるの?」
「この時間ならまだ残っている人も多いから問題なく入れるよ。行ってみる?」
「もちろん!!」
昭和50年頃は高層ビルは珍しく、東京全部でも霞が関ビル、世界貿易センタービル、京王プラザホテル、東京海上ビル、新宿住友ビル、新宿三井ビル など数えられる位で、特に宮崎が通っていた大学のある新宿区は新宿駅西口にちょうど三つ目の高層ビルが完成したところだった。18階とはいえ都内を臨む夜景は最高に綺麗だった。ロマンチックな夜景に合わせる様に宮崎は自然に恭子の肩に手を掛けてやさしく抱き寄せ唇を重ねた。
お互い初体験だったせいもあり前歯が激しく当たってしまったが、落ち着いて仕切り直して無事ファーストキスを終えた。恭子は泣きじゃくっていたが、鈍感で奥手の宮崎はなす術もなく肩を抱いて一言発するしか出来なかった。
「夜景が綺麗だよ」
数分してようやく恭子に笑顔が戻った。
-続く-




