vol.1 再会
宮崎は羽田からウィーンへのANA直行便に乗っていた。
役員になって10年経ち専務まで出世したここともあり、飛行機はフルフラットになるビジネスクラスが使えたので14時間近くかかるフライトだったが快適に過ごせた。
宮崎が開発した商品はアメリカで成功して、その後日本、韓国、中国、タイ等にそれぞれ工場を建てる程拡大し今度は欧州に工場を新設する為の用地を視察に来たのだった。候補地は人件費が安い旧東欧諸国に絞り欧州子会社の社長であるバート氏がチェコ周辺にいくつか候補地をピックアップしてくれていて、そこから1番近い直行便のあるオーストリアのウィーンで現地スタッフと待ち合わせる段取りだった。現地スタッフがレンタルした車でチェコに入り、西へ横断しながら候補地を数カ所巡って最後はプラハに行くというクラシック音楽好きにはたまらない行程だ。
空港にほぼ予定通りに着き入国審査を済ませスマホを繋げると早速メールが入ってきた。現地の日本人駐在員からで、欧州支社のあるイギリスからの飛行機がトラブルで飛ばずウイーン到着は明日の朝になるので今晩は一人で過ごしてくれますかという内容だった。
'まあ今日はどうせ仕事は無いし、時差ボケ取りに現地スタッフと一緒に夕食を取るというだけの予定だったのでまあ良いか。たまには一人で観光するのも悪く無いな'と思い快諾した。
その日の午後から夕方までは旧市街のガイドブックオススメコース(音楽編)に従い、ベートーヴェンのハイリゲンシュタットの遺書の家とかモーツァルトの住んでいたアパートとかを周り、こ腹が空いたのでカフェで軽食を取ったりした。とにかく欧州でも有数な観光地で古い建物を見ながら散歩しているだけでも楽しい。
そんな旧市街を歩いているとやたらとコスプレした若いお姉さんが当日券のコンサートのチケットを売りに来る。
流暢な英語で「せっかくウィーン来たならクラシック音楽聴いて行って!聴かないともったいないよ!」などと勧誘している。その中で弦楽四重奏数曲を1時間位やってたった50ユーロというチケットに興味を持った。曲目もモーツァルトのディヴェルメントやアイネナハトムジークなど良く知っている曲だ。余り長いと時差ボケで眠ってしまうのでちょうど良い長さだし開演時間も1時間後、場所も旧市街の中で数分で行けるホールなので思わずそのチケットを買ってしまった。
コンサート会場はチャンバーと呼ばれる室内楽用の小さなホールで数十人の観客の規模だ。椅子も普通の折り畳みタイプのものを床にならべているだけの質素なものだった。しかし演奏の内容は小規模のホールで音が良く響くせいもあるが素晴らしく非常に満足した。'さすが音楽の都と言われるだけあって無名のユニットでも音もテクニックもレベチだわ'と感動した。
さて充分にクラシック音楽を堪能したしホテルに帰って寝るかと思い席を立つと背後から日本語でご婦人にいきなり声をかけられた。
「宮崎誠さんですよね」
'エッ?!誰??俺のフルネーム知ってるの?'と思いながら振り返るとそこには宮崎よりは若いが中年の上品な女性が微笑んでいた。宮崎はハッとしたと同時に頭の中が35年前にタイムスリップした。
「き、恭子?! は、浜田恭子!・・さん?」
恭子は笑顔でうなずいた。
「久しぶり、誠さん。一目見てわかったわ。30年以上会ってないのに全然変わらないのね」
あまりの驚きに返事も出来ずに呆然としていると恭子は続けた。
「今日は娘が第一バイオリンで演奏するので見にきたの。中々良かったでしょ。後で家に帰ってお祝いしなきゃならないけど30分くらいなら時間があるの。色々話したいからちょっとだけ向かいのカフェでも付き合ってくれる?」
宮崎は無言のまま首を縦に振った。
-続く-




