7. 狡猾なバーブラ
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バーブラは本人がいうように類まれな悪女であった。
彼女のターゲットになる令嬢は常にいた。
主な学園でのターゲットは、自分と敵対する高位貴族令嬢と下級貴族の令嬢だった。
彼女に逆らう者。
彼女に平伏しない者。
身分が低いのに身の程をわきまえぬ者。
単にみすぼらしい身なりをしている者。
それらの令嬢たちはバーブラの取り巻き令嬢たちに、悉く嫌がらせを受けた。
而してバーブラの黒い噂を、レッドフォード王子の耳にも届いてはいた。
だが王子は一切気付かぬふりをした。
これには王族特有の諸事情もあった。
未来の王たるもの、いや王族たるものは上に立つ者の宿命というべきか、ある程度の狡猾さは、必要不可欠と帝王学で学んでいたからだ。
バーブラ自身もいずれは我が妻、未来の王妃になる身。
それに学園内の令嬢たちのいざこざに、あえて自分が仲介する必要はなかろう、と王子は判断していた。
それでも、バーブラの下位令嬢たちに対する仕打ちは目に余るものが多かった。
さすがの温和な王子も品位もない、ただの嫌がらせを耳にすると遠回しにバーブラに注意を促した。
だが──。
『殿下。それは私の知る所ではございませんわ。多分下々の者がしたことでしょう。ただ殿下のお耳に煩わせしたようですね。誠にお恥ずかしい限りです。こたびのことは、私から彼女たちに注意しておきましょう』
と、ツンと澄まして何食わぬ顔で答えた。
──そうだった、バーブラに手抜かりなどはない。
決して自らは手をださず、こうして指摘されても何も知らぬ存ぜぬを貫き通した。
確かにいわれてみれば証拠はない。
いじめや嫌がらせをするのは、常にバーブラの取り巻き令嬢たち。
多分、彼女等への労いに花や宝石やドレスを宛がってるのだろう。
『──そうか、君が知らないならばいい。ただ君の知り合いだ。一応注意はしておいてくれ』
と王子もふぅと大きな諦めにも似た溜息をついた。
あくまでしらを切るバーブラを、王子はそれ以上責めることはしなかった。
正直、レッドフォード王子は親同士が決めた結婚でなければ、冷淡なバーブラを妃にしたいとは微量も望まなかっただろう。
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「──殿下?」
「え?」
「どうされました殿下?」
ふと、王子は生徒会室内で、目前に座っているバーブラを見つめた。
その王子を見つめる表情は、とても優し気で心配そうな瞳だった。
「顔色が悪いようですけど、お疲れではないですか?」
とバーブラのシルバー色の瞳がうるうるしだした。
──ああ、本気で僕を心配しているように感じる。
レッドフォード王子は嬉しげに微笑んだ。
「うん、何でもないよ。ちょっと昔の事を思い出していたんだ。書類できたのかい?」
「はい、できました」
バーブラは王子に出来上がった書類を渡した。
王子は受け取って書面を丁寧に確認していく。
見るとバーブラの書いた字の雰囲気も、以前なら流麗で達筆すぎて少々読みづらかった。
だが、今のバーブラの文字は柔らかな字体で一字一字ていねいに書かれていた。
王子からすると、今の字の方がとても読みやすかった。
「うん、よくできている。指摘するところはない。このままでいいよ」と王子はにっこりと頷いた。
「ありがとうございます」
とバーブラは満面笑顔になった。
彼女の笑顔なんて、めったに見たことがないので眩しい。
王子の胸はドキッと高鳴った。
──そうだ、僕たちの会話はいつも儀礼的で、バーブラといると僕は窮屈で退屈で仕方なかったはずなのに。
こうして二人きりで生徒会室にいる時も会話らしい会話などなく、お互い黙々と必要最低限の確認だけ、資料作りだけ、を励んでいた。
『レッド、表だっていえんが妹は本当につまらん女だぜ!』
そうだ、一度だけバーブラの兄のアンリに、酒の席で僕はうっかり彼女への愚痴を漏らしたことがあったよ。
バーブラの悪口をいったから、てっきりアンリに怒られると思ったが、逆にアンリは同意した。
『レッド(アンリは2人きりになると愛称で僕を呼ぶ)、兄の俺がいうのもなんだが、バーブラは聡明だし、国一番と言われるあの美貌だ。──だがな、毎日みてたら美しさなど三日で飽きる。う~ん、レッドは気の毒だな。妹を妻にしたら、あれほどつまらない女は国のどこにもいないだろううさ』
『おいおい、アンリ!』
アンリの言葉にギョッとした王子は、思わず注いだワイングラスをこぼしそうになった。
『……さすがに僕はそこまでバーブラを酷い女とは言ってないぞ!』
『いや、酒の席での戯れと聞いてくれ!親同士が決めたとはいえ、お前には同情を禁じ得ない。兄の俺がいうのもなんだがバーブラは俗物だよ!』
『アンリ……』
『うん、あいつは誰にも関心を示さない女だ。それより最高の権力が欲しい!つまり王妃という地位だけが目当てなんだ。まあ無理もない──。あの美貌と聡明さが仇となって人格が歪んてでいる。人を見下してきたのも両親が甘やかしたせいもある。──バーブラ、お前は生まれた時から王妃だ、国一番美しい娘だ!とちやほやしすぎたのも不味かったんだろうな」
と実兄のアンリが酒に酔ったせいか、その日は滅多にないほど饒舌だった。
──まあそうだろうな。
王子もだまって頷いた。
確かに非の打ちどころのない筆頭公爵家の令嬢だ。
幼い頃から氷の公女と呼ばれ、王妃になれば氷の女王に名称が変わるだけだ。
バーブラはバーブラだ。
未来永劫変わらないだろう。
アンリの言う通り、レッドフォード王子も同意見であった。
貴族同士の政略結婚に愛という贅沢な感情など滅多になかった。
当人同士の愛情は王と王妃にとっては二の次である。
そんなのは愛人をつくればいい。
王妃の役目はお世継ぎ、公務等の責務を果たして傍目には、表向きは夫婦円満にみせればそれでよかったのだ。
昔から筆頭公爵家と王家の良縁を繋いでいくのは、王族の強固、並びに王国安泰のためだと、幼き頃から国王夫妻や官僚たち、更に王子の教師たちから、厳格な帝王教育を受けてきた。
決して愛情のない氷の女だろうが、王妃の役目さえ果たしてくれればいいと、レッドフォード王子はなかば諦めにも似た思いだった。




