12. バーブラ=梅子
※ ※ ※ ※
梅子は悟った。
いやはや、とてもではないが、日本人で年配の私が高貴なバーブラ公爵令嬢など、とうてい生きていけない。
今はまだバーブラが記憶喪失症とみなされているからいいが、いずれこのままでは梅子の本性が如実に表れて、周りの人々から薄気味悪がられるに違いない。
それに『マリ笑み』でのバーブラの未来を考えたら……
梅子の身体はゾッと悪寒がしてならなかった。
──はて、どうしたものか?
梅子は寝ずに思案した。
そして結論として閃いたのは最初から観念すればいいんだ!と気付いた。
このままでいいんだよ!と梅子は思った。
つまりバーブラは頭を打って、別人のように気が触れたのだと、公爵家や周りの人たちが判断して頂くのが一番よいだろうと。
由緒なる公爵家にとって、頭がおかしくなったバカ娘を社交界に置いとくわけにはいかない。
さすれば、このまま放置しておくと名家の恥となる。
弱り果てた公爵閣下は、いやがうえにでも可笑しくなったバーブラを修道院に入れざるを得えないだろう。
そう修道院へ逃げ込めば、マリリン嬢や殿下もバーブラの命だけは取らないかもしれない。
──そうよ、私がバカのふりをすればいいんだわ!
梅子は急に意欲が漲ってきた。
王都から追放されれば、過去のバーブラを知る者は誰もいない。
もっともっと庶民らしく、気楽に生きられる。
※
そもそも長年庶民で生きてきた梅子には、異世界の豪奢な貴族生活はとうてい性にあわなかった。
更に梅子は考えた。
──そうだ、それならばいっその事、二人のキューピッドに自分が、なればいいではないか?
マリリンとレッドフォード王子の仲を取り持てば、彼らから同情されて、物語の先のバーブラの悲惨な最期はさらに免れるだろうと。
こうしてバーブラは、何とかして王子とマリリン嬢が結ばれる未来を、早く誘導しようと思い立ったのだ。
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こうして梅子は正直に、洗いざらいの前世の自分と、バーブラになってからの経緯を王子にすべて説明し終えた。
「殿下、以上が私の世にも奇妙な話でございます。どうかお分かりになりましたでしょうか?」
「⋯⋯⋯⋯」
レッドフォード王子は長椅子に腰かけて、腕組みをしながら、バーブラ(梅子)の話を無言で聴いていた。
その表情は先ほどの茶化していた時とは違って、口をへの字に曲げながら怒っているようにも思えた。
「…………」
レッドフォード王子が無言のままなので、バーブラは不安になったが再び哀願した。
「殿下、お願いします!たとえ外見が若くても、中身が七十の老婆では、殿下との結婚は到底無理でございます。私の精神が追いつきません!いえ、それより私はこの世界とはまったくかけ離れた世界の人間なので、王族や貴族社会の生活にはまったくなじめないのです!どだい私は……」
「もういい、ストップだ、バーブラ!」
とレッドフォード王子は片手をあげてバーブラの話を遮った。
王子が不機嫌そうな顔つきをしたのでバーブラ(梅子)は一瞬怯んだ。
だが王子はへの字に曲がった口元を急にゆるめて、いつものように屈託なくアハハハと笑いだした。
「あはは!バーブラ、長々と摩訶不思議な創作話をするとはな。あろうことか君が70代の高齢者だって!うん、なかなかどうして面白い、実に愉快な作り話だった、あははは!」
とレッドフォード王子は腹を抱えて笑い出した。
そしてすぐさま真顔になると
「だが、悪いがとうてい僕は信じられんな!」と首を大きく横に振った。
バーブラ(梅子)の顔は情けなさそうに歪んでいく。
(ああ、やっぱり王子はんは、私らの話を絵空事だと思っているようだね)
バーブラ(梅子)は王子の反応に落胆したと同時に、心の声の梅子がぼやいた。
(そうよねぇ……けれど殿下はんよ。こんなケラケラと笑い上戸で、あんたはんはこの先大丈夫なんかね?──将来国王となる御方が、こんな呆けた人では、国の政治を果たせるのじゃろか?)とも。
レッドフォード王子は言った。
「バーブラ、正直に言おう。君の話を信じろといってもとても無理だ、余りにも荒唐無稽すぎる。君が別の異世界からきた老婆だなんて、ブッ!無理だ!⋯⋯なぜってその外見からは⋯⋯やはりどうしても信じられん……悪いがバーブラ、僕にはとても無理だよ」
(あらら殿下はんは三度も無理と言ったね)
まあ無理もない。
信じろというのが土台無理な話なのだ。
バーブラ(梅子)ハァ~ッと、大きな溜息をついた後で、
「ええ、信じてくれるとは半分も期待してませんでした。ですが貴方様が信じようが信じまいが、私が話した内容は真実でございます」
バーブラ(梅子)は諦めなかった。
「──殿下、実を申しますと、このマリリン嬢が主役の物語は、私、つまりバーバラ嬢の結末はとっても悲惨なのです。──この後、バーブラ嬢は殿下から婚約破棄を言い渡されて、プライドをズタズタにされて嘆き悲しみます。そして、あろうことか最期には、彼女自ら自害を選ぶのです!」
「なに、自害だと?」
さすがにレッドフォード王子の顔色が変わった。
「はい、左様でございます。私はせめてそれだけは、何としても避けたいのです。──どうか殿下、バーブラ嬢に御慈悲を与えてやってくださいまし。せめて修道院だけでも行かせてあげて下さいまし」
「バーブラ……」
バーブラ(梅子)は自分を凝視する王子から、敢えて俯いて目線を逸らした。
「それでは私はこれにて失礼致します」
深々と王子に一礼をして、バーブラは生徒会室を出ようとした。
「待て!」
王子はバーブラの手首をぐいっと強く掴んだ。
「殿下!」
「だめだ、バーブラ、君は僕から逃れられないよ!」
手を掴まれたバーブラは一瞬ビクッと驚いたが、我が身の危険を察知したのか、氷のような冷たい眼でレッドフォード王子の顔を睨みつけた。
※ 次回が最終回です。(*^。^*)




