11. 異世界転生者・蔦屋梅子(つたや うめこ)
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これまでレッドフォード王子の意識にあったバーブラと言えば、常に冷酷で無慈悲な人間だった。
他の学園の令嬢たちからも畏敬より恐怖心で一目おかれていた。
元々彼女は感情が乏しく、ほとんど笑わない。
せいぜい扇で口を隠す微笑をするだけだ。
まさに氷の公女である。
而して頭部を強打してからバーブラは別人になった。
そう、バーブラはバーブラではなかった!
転倒した時、まったく別の女がバーブラに憑依していたからだ。
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その女の正体は蔦屋梅子
異世界からきた日本人である
出身は関西、京都生まれ。
御年七十歳。
ついでに繰り下げ年金生活一年目。
梅子の生涯をざっとおさらいすると──。
父と母、兄一人の四人家族。
平凡な家族構成に生まれて、すくすく育ち短大卒業後、二十歳でOLとなり、地元の職場の上司と二十六歳で結婚、一男一女を設ける。
その後、賃貸住宅から、都心から少し離れた建売住宅をローンで購入。
平凡でも温かな家族と暮らし専業主婦を満喫していたが、突然梅子が四十歳の時に夫が急死する。
その後はシングルマザーとして、六十五歳まで地元のデパート地下街で販売員を続け、子供たちを女手ひとつで大学までいかせた。
現在は子供たちもそれぞれ結婚し、所帯を持ち独立している。
梅子は住んでいた家を売却し、長男家族が住む近くのマンションを借りて一人暮らしを始めた。
長男の娘が梅子になついていたので、長男夫妻が多忙の時は梅子が孫娘の世話をした。
だが梅子も年には勝てず、半年前に背骨が折れて入院する。
診断は圧迫骨折。
老化による骨粗鬆症だった。
三ヶ月後、梅子は無事に退院したが背骨は曲がったままだった。
ある朝、梅子は杖をつきながら街を歩いてつまずき、その拍子に転倒して頭を強打した。
そのまま意識不明となり救急車で運ばれる。
※
梅子が目覚めると、そこは日本の病院ではなく見た事もない絢爛豪華な部屋だった。
天井には西洋の神々の絵画が、昔、海外旅行をした際、イタリアのフィレンツェの教会で見た、荘厳なる宗教画とよく似ていた。
──はあ、なんじゃ〜こりゃあああ?
梅子は呆気に取られながらも、上体を起こして恐る恐る豪奢な部屋の中を歩きまわった。
フカフカのビロードの厚い絨毯。
何だか足元がフワフワするわ!
ピカピカと輝く鏡台に映る自分を見た梅子。
『あ、バーブラちゃん!』と叫ぶ。
あれまああ、梅子は自分が良く知っている令嬢に転生したのだと瞬時に悟った。
──ここはもしかして、私の良く知っている異世界かい?
なぜか不思議だが、梅子はすぐに分かった。
なぜ梅子がここが異世界だと分かったのか?
プラチナブロンドのシルバーグレーの世にも稀なツンとした美少女。
そう、バーブラは梅子にとって、よく馴染のある女の子だったからだ。
※ ※
『マリリンは聖女の微笑み』
この異世界恋愛漫画は、若い女性を中心に瞬く間にヒットしていき、最近はアニメ化や劇場版が映画化もされた作品だった。
愛読者の間では『マリ笑み』の愛称で親しまれており、年配の梅子も孫娘とアニメや映画を見ている内に、ドハマリしてしまった。
『おばあちゃん、わたしより“マリ笑み”の推しだね!』
と孫娘がニコニコ笑う。
なにせ梅子のハマり具合はオタクばりに凄く、原作本やグッズまで購入して、何度となく読み返して主要キャラクターの名前も、アニメのセリフまで殆ど覚えてしまったから驚きだ。
※
「マリ笑み」のあらすじはこうだ。
聖女の魔力を持つヒロイン、男爵家の娘マリリン・モンモンが、王国の貴族学園に入学してレッドフォード王子に見初められる。
それ以降、王子の婚約者バーブラ令嬢たちから執拗にマリリンは苛めにあいながらも、自らの聖女の魔力で危機を脱し、いつしか悪女バーブラを失墜させていく。
最後はレッドフォード王子とマリリンが、めでたく結ばれ挙式で終るという、ハッピーエンドのお伽話だった。
元々、梅子は異世界転生した当初は悪役令嬢のバーブラが、氷の公女と言われるほど美女だったので、美女が好きな梅子は、バーブラがお気にいりだった。
だが、自身がバーブラと転生したからには、何とか彼女の悲惨な未来をどうにかして変えれないか?と梅子は考えた。
その為のあらゆる行動と努力をした。
だが転生したとはいえ、梅子の脳は七十代の高齢者である。
デパ地下で六十五歳までひたすら遮二無二、働いてきた梅子。
何より彼女は貴族ではなく、使用人の立ち位置で数十年も生きてきた庶民だ。
おいそれとは貴族令嬢にはなれない。
一応、接待という職業柄、敬語はできるものの公爵令嬢の所作やダンスはとても無理だった。
よる年波には勝てない、とは良くいったもので、梅子は社交ダンスに匙を投げた。
また精神的側面で梅子を疲弊させたのは、貴族の社交界だった。
上流階級の人々が互いの権威を誇示し合う、支配階級の魑魅魍魎の世界が梅子には、とんと馴染めなかった。
実際、梅子が異世界を実体験して分かった事は、アニメや実写で外側から見ていた異世界と、現実に生きてる異世界とでは全く勝手が違ったのだ。
まず質感が違う。吸い込む空気が違う。
まさに二次元の平面的な感覚ではない。
どっしりと構えた重厚な王宮殿。
だだっ広い公爵邸。
立っているだけで拷問のような重たいドレス等々。
異世界は二十〜二十一世紀を生きてきた梅子にとって、異国の地であり、オペラのような舞台でもあり、ダイナミックで大袈裟で、ドラマチックな空間でもあった。




