10. バーブラの舞いと予言
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「──それは千年に一度という、滅多にない大災害でございます。多くの市井の者たちが、川の氾濫で水害に遭ってしまいました」
「何と……」
バーブラは王子の反応をまことしやかに無視した。
すると、バーブラはまるでソネットを詠むように抑揚をつけて語リ始める。
「──その時、突如女神の如く、マリリン嬢が白い衣装を纏って、市井の広場の登壇に現れました。そのまま彼女が呪文を唱えると、あら不思議、不思議。王都の水がまたたく間に河に戻されていくではないですか!──民たちはその光景を目の当たりにして大歓びです。民衆はマリリン様に向かって『王国の大聖女様、万歳!万歳!』と口々に崇えたのです!」
「⋯⋯⋯⋯」
王子は口をポカーンと開けていた。
だがそんなのはお構い無しにバーブラの口上は続く。
「──その後、市井の女神となったマリリン嬢と貴方様は、運命の如く出会い惹かれ合うのです。──そしてめでたくご結婚されます。殿下は王妃となったマリリン妃の介助で、より一層王国中から“偉大なる堅王”として未来永劫、讃えられるのです!」
バーブラは細い手を高々と振りかざして、体をくるりと一回転した。
「!?」王子はギョッとした。
無理もない。
突然、バーブラはそのままの状態で、王子が一度も見たことのない不思議な踊りをしたのだ。
まるで舞台女優さながら、なんともへんてこりんな舞いであった。
なおかつバーブラの踊る姿は、余りにも滑稽でおかしかった。
猫背で踊るバーブラ。
ヨタヨタとバランスを崩し、時にはふらつきながら、両手を左右に掲げてあらよ!っと掛け声をかけて踊っていた。
───うはぁ! うはぁ!
バーブラの踊りはよく見る社交ダンスには、ほど遠かった。
でもなぜだか、王子は以前どこかで見た記憶もあった。
──あれ、どこだったかな?
このおかしな踊りは以前、どこかで観たことがあるぞ!
一体どこで?
「!?」
そうだ、思い出した!
確か子供の頃、世界史の教師が見せてくれた、異国の東洋人の祭りで踊る振り付けとよく似ているんだ!
「ぶ~ぶぶぶ──!」
王子は溜まらずに吹きだした!
「ぶぶぶ?」
楽しそうに踊っていたバーブラも、王子の苦笑で動きを止めた。
「ぶっははははは!──あはははは──!」
途端に王子は発狂するかのような爆笑だった。
「ひーっ!やめてくれバーブラ!そのおかしな踊り、腹が、腹がよじれる!ひーっ、あはははは!」
王子はひーひーと腹を抱えて大笑いした。
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(──はぁ……嫌やわ、王子はん、日頃の金髪碧眼、端正なお顔はどこへいったんや?)
バーブラはジト目で笑い転げる王子を観察した。
(それにしてもこの人、ホンマによう笑うお御人やわ。とっても笑い上戸なんやねえ~)
何故かバーブラの体内から、老婆の低いしわがれ声が聞こえてくる。
バーブラは、ずっと笑い転げている王子を見ていい加減ゲンナリした。
暫しレッドフォード王子の爆笑は、一向に収まらない。
「ぶっははは!──あははは!」
バーブラは少々不貞腐れて笑い上戸の王子に訊ねた。
「あの〜殿下。とても楽しそうな時になんですが⋯⋯そのご様子ですと、私の話をまったく信じてませんわね?」
「クククッ……悪い、ぶぶすまん」
レッドフォード王子は涙を流して返答した。
「だがバーブラ、君は何だね~新手の預言者か?本当は君こそ真の“聖女”なんじゃないのか、イヒヒヒッツ! あ~駄目だ、おかしくてたまらん!」
王子は再びバーブラのキョトンとした顔を見てさらに大爆笑した。
「いいえ、いいえ殿下!これは笑いごとではございませんよ! 私は大真面目にマリリン嬢の話をしたんですう!」
「わかったわかった、すまん!君が余りにも悦に浸ってる姿がおかしくて、それにとても愛らしくてな!」
「は?愛らしい──私が?」
バーブラは意外な王子の言葉に頬がポッと火照った。
「あ、いやその⋯⋯大笑いしてすまなかった」
ようやく王子はいつもの表情に戻った。
「──そうだな、実際の話、王都の河川側が街沿いになっている。大嵐がくれば水害のリスクは高いだろう。以前から問題視していたのだ。うん、マリリン嬢が聖女としての力が本物ならば大いに役立つだろう。だがバーブラ、一つ質問してもいいかい?」
「はい、なんでしょう?」
「どうして僕がマリリンと結婚しなくてはならない?バーブラ、その根拠を教えて欲しい」
レッドフォード王子は真面目な顔になって質問した。
その顔つきは、バーブラの話を真摯に受け止めようとする姿勢が感じられた。
──ああ、この人は高貴な王子様とは思えないくらい、とても朗らかで優しい御方だ。
ホントに殿下は優しい……。
なぜか、バーブラは急に胸がズキズキと痛みだした。
──あ⋯⋯もう無理。
この方に最後まで、嘘をつき通すことはできない。
バーブラは良心の呵責に苛まれて観念した。
「殿下、分かりました! ならばよござんす!私の秘密をお教えしましょう!」
「え、ならばよござんす?」
「私は降参致します! もう金輪際、何から何まで世にも不思議な秘密をお話しやしょう!」
「しやしょう? バーブラ……その言葉?」
王子は、バーブラの素っ頓狂な言い回しに面くらったのか、逆に彼の瞳は爛々と光り輝いた。
まるでこの先、バーブラから、一体どんな面白い話が飛び出すのか、王子は子供のようにワクワクしていた。
バーブラも同様に決心したのか。
──んにゃ、この方なら、もしかしたら私の荒唐無稽な話を信じてくれるかもしれない。
バーブラは自分の過去を一つ一つ、丁寧にそれでいて、ざっとかいつまんでレッドフォード王子に説明していった。




