333話:最終話|変革王の逸話
〈霧の厄禍〉が過ぎ去ったのち、聖剣使いヴィクトル・オルリアは、オルリア聖王太子の地位を退いた。聖堂教会から、聖遺物である聖剣を失った咎を糾弾されたゆえだった。下の兄弟、双子の兄にその位を譲ったのち、以降は歴史の表舞台に現れることはない。
聖女ヒバリは、厄災によって命を落としたと言われている。
彼女の聖なる光が、最強種である蟲〈朧竜〉を浄化し霧を払った、とオルリア聖教は語り継いだが、教会はまもなくして資金繰りに悩み、のちに内紛で組織を解体することになった。
一時、オルリア国内では、ある噂が立った。
石積の家で暮らす片腕の男と、異国の顔立ちをした女が、肖像画の聖剣使いと聖女に似ているという。噂はまことしやかに囁かれたが、すぐに消失していった。
楽しそうに笑って過ごしている男が、残されている肖像画とは似ても似つかなかったためだった。彼らの家は、女を中心に、男と子どもたちの笑い声がたえることがなかった、と近隣の人々は語ったと記されている。
サージェシア史上、最後の聖剣使いと、最後の聖女に関連する記述は、以降、途絶えている。
ガルバディアの王位を継いだイディオンは、霧の晴れた大陸の魔導の礎を築いた。
智と書架の国ヴェッセンダリアと協働し、これまでの対蟲施策に重きを置いた魔法の教育制度に大規模な変革をもたらした。その変革は、並大抵の苦労で越えられるものではなかった。
王侯貴族の血筋による既得権益のみならず、大衆意識の変容、無意識下に抱く偏見による反発など、さまざまなものを招いたが、イディオン王はよくたえ、対話を忘れることなく、時間をかけながら、粘り強く変革を成し遂げていった。
のちに、イディオン王が〈変革王〉と称されるようになったゆえんである。
ある時、イディオン王に問うたものがいた。
かつて、大魔導師サージェストがそうしたように、すべての国を併合し、大陸全体を統一してしまえば、よかったのではないか。王の考えを根づかせるには、統一したほうが容易だったのではないか。反発するものがいれば、魔導師ガルバーンがそうしたように、山脈を築き、黙らせてしまえば問題ないであろう、と。
王の答えは、こうだった。
「わかり合う、というのは力や圧で植え付けるものではない。ちがいというものは、分断するものでも隔てるものでもない。ちがうと知りながらも、わかり合えない現実に苦しみながらも、ともに過ごしていくなかで互いを知り、そうして、ぶつかりながらも、ゆっくりとわかり合っていくものなのだ」
偉大なイディオン王の言葉は、教導目録が改訂されたのちに、歴史のなかの言葉として残ることになる。
この言葉をガルバディア国内で体現し、王の手足となったのは、柔体術の魔導を始祖したユート・エディウム、闇の魔術を魔導へと押し上げることに成功したリヨン・ペリメルらであった。
〝女王国の者にも開かれた教育を〟
標語のもと、セレリウス・ヴァックスの行った活動は、百年後、〈極光の壁〉を取り去ることに成功するが、これはまた、べつの物語である。
王の言葉や考えは、そうした影響を与えていきながら、百年、二百年と新暦に刻まれたあと、次第に当たり前となっていった。
さて、子どもたちは、歴史のなかで、サージェシアの近代は、イディオン王にはじまると学ぶ。
そうして学ぶ教導書の隅には、時にさまざまな名君や為政者たちの小話が記され、子どもたちは授業のなか、それら小話を楽しんだ。
イディオン王の小話には、こう記されている。
──歴史上サージェストに継ぐ名君とされる変革王イディオンも、時に迷い、決断に苦しむことがあった。
そんな時、王のかたわらには、彼を教え導き、発破し、対等に言葉を交わしながら、王の困難な道を標す、魔法が使えない魔導師がいたという。
彼女はのちに、イディオン王からの熱心な求婚を経て、その短い生涯を、王の隣で過ごした。王とのあいだに、二男二女をもうけ、最後は王と子どもたちに見守られながら、安らかに息を引き取った。
イディオン王の生は、彼女が死してからのほうが長かったが、王は迷い苦しむ時、生前の彼女とそうして語り合ったように、思い出の円盤自鳴琴の前で、揚げた麦粉焼を口にしたという。
福音ノ日、学園や学院の食堂で、揚げ麦粉焼が出されるようになったのは、王と妃の、そんな逸話からであった。
(魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち──完──)
完結まで読んでくださった皆さまへ
ここまで読んでいただき、ほんとうにありがとうございました。
このお話は、創作大賞2025に向けて書き始めましたが、執筆に丸1年かかったものの、こうして完結を迎えることができました。
読んでくださった皆さまに、深く感謝申し上げます。
現在は、創作大賞2026に向けて、べつの作品を物語投稿サイトTALESのほうで連載中です。
8月には、TALESのほうで、この物語の外伝(シェイラとイディオンが結婚するまでの話)を連載予定となります。
レギュレーションに問題がなければ、なろうのほうにも転載したいと思います。
あらためまして、ほんとうにありがとうございました。




