表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第17章:魔法が使えない魔導師─後編─

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

331/334

331話:黎明の空

 リマスは、空から散り落ちるものを目にしながら、自分が竜と重なるように、朧に散っていくような気がしていた。


 なんと、虚しいのだろう。

 どれだけの時間をかけ、犠牲をはらい、準備してきたと思っているのだろう。汚濁を啜ってきたのと思っているのか。


 それほどの代償を払って、結果、リマスは多くの仲間を失った。彼らに黎明をもたらすことができなかった。

 リマスがやってきたことは、無駄骨でしかなかったのだ。


(僕たちは……)


 世界から不要だと判断されたのだ。


「勝者は……理想主義者か」

 体中に浮かび上がる脈の呪いを見て、リマスは自分を嘲る。


「団長……」


 横にいるフランが、つぶやいた。


「今、外は、どのような景色ですか?」

「そうだね……」


 リマスは、荒れ地だった場所を見渡す。

 秋晴れの空に、花びらが舞い、濃い緑が茂って、風に揺れている。


「美しい光景だよ」


 リマスは、返す。


「色がいっぱいあって、まるで春のようだ。この凍えた大地には似つかわしくない、春が訪れている」

「そう、ですか」


 フランが揺れる長い白い髪を押さえつける。


「ありがとうございます」

「なんだい、急に」


 礼を言うフランに、リマスは怪訝を覚える。


「団長がいてくださってよかったと思ったのです」

「なぜ」

「おかげさまで、見えないものを感じることができますから」


 フランの答えに、リマスはゆっくりと黒目を見開いた。自分の呪いだらけの体に、わずかに沁み込むような、なにかだった。


「……そうか」

「はい」


 フランはほほ笑んでいて、草花の香る風を感じているようであった。

 リマスはわずかに口角を上げて、俯く。


「──団長」


 ぼろぼろになった戦斧を背負ったマーロだった。

 この男が、さきほどまで蟲を狩っていたのをリマスは知っている。シェイラとイディオンのほうに蟲がいかないように、戦場を駆け抜けてきた鋭い嗅覚で、軌道上の蟲を狩っていたのだ。


 リマスは、ちらっとマーロを見上げる。

 それから、重い腰を上げた。


「帰ろうか」


 リマスは、見えないフランの手を取って立たせてやる。


「みんなの弔いをしよう」


 地上に墓を作ろう。

 リマスは、言った。


「黎明の空を見せてあげなければね」


 ──呪いは、決してなくならないだろう。


 今を生きていれば、自分たちのように請け負う人間は必要だ。人が人であるかぎり。


(だが……)

 リマスは、もう一度、空を見上げる。


「後ろ暗くないというのは、気分がいい」


 それが魔法なのだろう。


 リマスは、なんとなく、教え子であるシェイラに、そう教わった気がした。



〜*〜



 ひばりは、竜が桜の花びらになっていくさまを、ヴィクトルと見上げていた。サルオンから下ろされた場所は、倒壊の恐れがない平地で、横たわったヴィクトルの隣に、ひばりは膝を折って座っていた。


 遥か高い空では、その魔法を使ったシェイラとイディオンの姿が見える。ふたりが、成し遂げたことを見ても、どこかそれは、遠いできごとの気がした。


 ひばりの頭はやはりくぐもっていて、失くしたものは空っぽなままだった。

 花香るさまを、ぼうっと見つめる。


「……やられたな」


 はは、とヴィクトルが乾いた笑いをした。{修復}を受けた彼は、片腕と血を失って、顔色が悪かった。{治癒}があればよかったけど、ひばりの盗られた魔法は戻ってこない。


(それでも)


 無事でよかった、と思う。


「どうかしたの?」


 ひばりが、ヴィクトルに尋ねると、また乾いた笑いが返ってくる。


「覚えているかい?」

「なにを?」


 尋ねているのに、なぜか質問される。


「君が、五年前に言っていたことだよ」

「わたしが言ってたこと?」


 ヴィクトルは語った。

 五年前にガルバディアを訪れ、〈姑悪(もず)〉に襲われたイディオンを助けに行った。そこで、シェイラと再会し、ヴィクトルがその件をひばりに詫びた夜の話だった。


「君は、私の愚かさをあの時も許してくれたな」

「……だって、事後だったし」

「それは少し……言い方があまり、ではないか?」

「そう?」

「人聞きが悪い」

「そうかなー?」

「私が浮気しているようだ」

「浮気してたじゃん」

「…………」

「そこは否定してよ!」


 ひばりは、ヴィクトルを叩いた。

 痛っ、と声が聞こえてくる。失くなった利き腕が傷んだのかもしれなかった。


「……それでだ」


 ヴィクトルは左手で右手の付け根をさすりながら言う。


「君は、あの時、言ったんだ」


 シェイラは、絶対に、イディオンに狙われていると思う、と。


「わたし、そんなこと言ったっけ?」


 ひばりは、自分を指さして目をぱちぱちとさせた。


「言っていたとも」

「ええー」

「胡座をかいていると、横から掠め取られるとな」

「そうだっけ?」


 うーん、とひばりは首をかしげて、それから、ぱっと頭に電球がついたようになった。


「思い出した! 言った言った!」

「それでだ」

「うん」

「ほんとうだった」

「ん?」

「ほんとうに掠め取られた」


 ヴィクトルは、真顔だった。ひどく落ち込んだ、失恋した男の顔だった。

 ひばりは、それをまじまじと見て、それから、声を上げて笑った。


「なにそれー!」

「やられた」

「シェイラさん、取られちゃったの?」

「見事にな」

「だから、女の勘は当たるって言ったじゃん」


 ひばりは、おかしくなって腹を抱えた。久しぶりにこんなに楽しくなった気がする。

 笑いが痙攣を起こしたようになって、ひばりはしばらく止まらなかった。目尻に涙が浮かぶ。


「残念でしたねー」

「ああ……」


 悄然とした男の声に、ひばりは、よしよしと声をかけた。


「仕方ないから、このひばりさまが慰めてあげましょう」

「恩に着る」

「えへへ」


 ひばりは、ほんとうにヴィクトルの頭をなでてやった。

 そうすると、紅い双眸がひばりを見てくる。


「こういうので、いいのかな?」

「ん……?」


 首をかしげるひばりに、ヴィクトルが言う。



「他愛のないのが好きだと言っていた」



 ひばりは、はっとした。

 くぐもっていたものが、上空の霧の晴れた空になっていく。



「他愛のないのがいいと言っていっただろう?」



 ヴィクトルの組紐と、ひばりの組紐が、線でつながったようになった。思い出される。願ったこと。望んでいたこと。

 ひばりの、ほんとうの願い。



 ──また、ヴィックと、他愛のない話ができますように。



 ■■■■■──()()()()()関係。


 ひばりは、両手で口元を抑えた。不意打ちに、栗色の両目から雫が落っこちる。


「覚えてたの……?」

「……ああ」

「くだらないことだったのに」

「覚えていた」


 ヴィクトルは、失恋していたが、それでもすっきりとした顔で返事をした。


「私も、他愛のない話に救われていたんだ」


 ヴィクトルの言葉に、ひばりは、わあっと泣いた。みっともなく。血だらけの体に、泣きつく。


「ヴィックのばかー」

「すまない」

「あたし、ずっと寂しかった」

「ほんとうにすまない」

「今度は、寂しい思いさせないでよ」

「……ああ」


 約束する、とヴィクトルは言う。

 涙を流すひばりの頭を、ヴィクトルが片腕でなでる。


「他愛のない家族を築こう」


 それが彼の叶ってない願いなのだろう。


「君と、あたたかい家族を築きたい」

「……うん」


 ひばりは、肯いた。


 この、実は寂しい人に、笑いのあふれる家族を作ってあげたいと、心から、そう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ