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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第17章:魔法が使えない魔導師─後編─

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330話:最後の祈り

 フランの{隠匿}の範囲を越えると、朧竜が吐く〈魔導霧〉から蟲がシェイラたちに向かってくるのがわかった。

 イディオンが閃光で撃ち抜いていく。


「このままじゃ、(らち)が明かない」


 イディオンのつぶやきに、同意であった。

 シェイラは今、魔力が枯渇している。シェイラのひらめきは、イディオンと協力しなければ実現できない。蟲を相手にしている暇はない。

 そのうちに、〈水蛇(へび)〉や〈姑悪(もず)〉などが湧いてくる。おそらく、〈蒼鷹〉なども現れる。


 シェイラが焦りを覚えているところで、下から突き上げるようにして剛腕が、鳥型の蟲を殴りつけていった。

 剛腕の魔導師セベスタ老師と、彼を乗せているのは、巨人になった小人のエテルーネ・ファブロ老師であった。


 つづくように、瓦礫を除けて、パレ老師や、フェノアやラムルらの姿が見える。ロゼイユ城砦跡からは、サルオン老師が極大の手術魔導具を操って、こちらに向かっていた。浮遊要塞のような魔導具の縁には横たわったヴィクトルと、彼のそばにヒバリが見える。


 フェノアの玲瓏とした{拡声}した声が聞こえる。{魅了}の乗った声は、きーんとして、シェイラは上空から耳を塞ぎたくなった。

 シェイラが眉をしかめているそばで、今度はイディオンが不機嫌な声を出す。


「スヴェリ」

「……うっす」


 まもなく、ぼろぼろになったスヴェリが{転移}してくると、イディオンは憮然と命じる。


「ぼくたちは、朧竜に用がある。下にいる老師たちに、少しのあいだ蟲を足止めしてくれるように伝えてきてくれ」


「え、死に体の俺がやるの?」

「お前がやれ」


「俺、出血で死にそうなんだけど」

「死んでもいいから行ってこい」


「ひでえ」

「使いっ走りの役目を果たせ」


 イディオンにそう言われると、スヴェリは飄々と{転移}していった。

 その姿を認めて、シェイラはほっと息をつく。


「よかった……スヴェリさん、無事だったんですね」

「……あいつの心配なんかしなくていい」

「どうして、ですか?」

「どうしてもだ」


 むっつりとするイディオンに、シェイラは食い下がる。


「妬いているみたいですね?」

「は?」

「イディさん、妬いてるんですか?」


 シェイラは、イディオンに運ばれながら、くすくす笑った。


「かわいいですね」

「かわいいって言うな」

「では、愛らしい?」

「シェイラ!」


 イディオンが怒った。

 久しぶりに、からかってしまった。最後のご褒美だと思ってもらいたい。

 ひとしきり笑ってから、シェイラはイディオンの結われた銀の髪にふれる。


「うれしいです」


 きれいな銀色の光だ。

 シェイラは、下ろしている時が好きだった。


「妬いてくださって、うれしい」


 髪を指で梳きながら、そう告げる。


 イディオンが驚いているうちに、竜のそばまでやって来た。腐ったあまい吐息が、螺鈿の鱗を光らせる巨躯から放たれている。

 残った力でイディオンから離れ、翅を開く。


 漆黒の手甲のはまった両手を取って、手首の組紐を確認した。きっと、首元には昔あげたラリシャ銀のお守りも下げてくれている。

 シェイラは、幸せを、噛み締めた。ずっと積み上げてきた野石が、こんなにもあふれてくるとは思っていなかった。


 喜びを胸に、願う。


「イディさん、魔力を貸してください」


 シェイラが力を入れると、イディオンが肯いた。


「ああ、頼んだ」


 やがて、重ねた手から、青銀の魔力が、シェイラの枯れた〈命脈〉に流れ込んできた。あたたかくやさしい、澄んだ香りがする。


 ──雪原の針葉樹。


 いつか、潜り込んだイディオンの心象風景。


 その魔力香がする。まぶたを閉じれば、砂岩の城が見える気がした。銀砂の砂岩は輝いて、栄光を放っている。顔のない人形模型(マネキン)は、やがてイディオンの顔になって、その頭に冠を戴き、王者の外套を背負う。


 シェイラは、謳うように、その呪文を紡ぎあげる。折しも、パレ老師の竪琴の音が重なって、優雅な調べとなった。




「──()よ、朧の竜、聞くがよい」




 シェイラは、歌う。奏でる。

 ユベーヌの旅唄の旋律を、思い出す。




「我らの祈りを、知るがよい」




 あれは、ユベーヌからノザリアンナへの祈りの歌なのだ。

 罪を償うのではなく、友情の歌だ。

 シェイラは、その友情も、届ける。




「──落ち着きのない子」




 シェイラは、そうして、はじめた。




  落ち着きのない子は、恩を忘れず、

  規律正しい師は、其の善を()



  大人しくて目立たない娘は、友を思い、

  笑みを紡ぐ師は、彼女に笑顔を(あた)



  空気の読めない孤児は、決断に富み、

  読みすぎる師もまた、果断を得る




 シェイラの紡ぎはじめた呪文と歌に驚いたのは、目の前にいたイディオンであった。

 歌に導かれた魔力はふたりの足元に水紋を描き、イディオンの叙任式を思い出した。青銀がシェイラに入り、シェイラのなかを通って、白縹の色になり、足元から雫が落ちる。落ちた雫は、波紋となり、そうして、描いていく。 




  ついてくる少女は、匠の心を持ち、

  熱血の師は、往時を想う




「──できそこないの王子」




 シェイラは今までで一番の想いを向けた。(かたど)られてきたものが、すべて滲む。




「できそこないの王子は、努めて、なお、やさしく……」



 間を、置く。



「……魔法が使えない魔導師の、心を癒やす」




 イディオンが不思議そうにシェイラを見つめる。


 シェイラは笑った。唱えた。

 今までやってきたこと。手間をかけてきたこと。それが自分のなかを通って、魔法になる。


 竜に込められた最後の祈り〈ユベーヌのまじない〉と呼応する。

 白縹の光が、輝きを増す。




  我らはともに識り、

  互いに衝きながらも、解を示す

  手間を惜しまず、信を重ね、願いを結び、

  かくして魔導へ至る道を示す




「魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の、師と教え子たち」




 シェイラは、語り歌った。

 きっと、自分はこの祈りを逆算するために、歩んできたのだと思った。




  我らの物語は、其の証

  魔導へと至る、其の証




「──ゆえに、」



 シェイラは、強く声音に力を込めた。




「朧竜よ、識れ。

 我らが祈りを聴け。

 魔導への道は、我らがここに示す。

 其の役目、今ぞ尽きぬ。

 散れ、朧の竜」




 シェイラは告げる。宣言する。




「──我らが祈り、其を散らす」




 瞬間、青銀の魔力が渦潮となって、シェイラとイディオンを巻き込む奔流になった。


 視界が、一気に光輝でいっぱいになる。

 目を開いていられない。

 周囲一体を、限界まで白銀の光をたたえて、竜の巨躯が明滅する。


 そうしてやがて、光量が弱まっていった。


 シェイラとイディオンの周りに収束していく。


 朧竜の叫びが木霊した。空間をつんざくような悲鳴だった。

 シェイラは束の間、恐怖を覚えた。蒼白になったところで、イディオンが竜を指差す。



「見て」



 鱗が、一枚、剥がれ落ちていた。



 螺鈿の光を煌めいたあと、ひらっ、と剥がれ、落ちていく。

 ひらひら、と舞う。一枚一枚、螺鈿は花びらになる。ゆっくりと、流れ落ちていく。


 がこんっ、と鈍い金属の音がした。竜の背や腹から、魔術歯車(はぐるま)が飛び落ちる。下降しながら、とけるように、やがて花びらになった。薄い紫の花片。紫苑ザクラの花びらが、雪片のように降り落ちる。


 大気に塵が輝き、水滴が落ちる。

 雲間に、薄明の光が射し、筋となった線が、割れた大地に注ぎ、緑と成った。

 蒼穹には、淡紫の花が吹雪となって舞う。


 竜が、滅んでいく。

 霧が、晴れていく。


 シェイラとイディオンは、きっと、同じ時を思い出していた。




 ──ふたりで、魔法を成功させた日。




 はしゃいだ、あの日。


 シェイラの両目からは、いっぱいにあふれたものが、次から次へと零れ落ちた。空には、いっぱい、これまで積み上げてきたものが紙吹雪となって舞っている。


 イディオンが、そばでシェイラの目尻を拭った。

 シェイラは、得意げに見上げる。



「ほら、うまくいったでしょう?」



 イディオンが破顔する。


「答えは、シェイラのなかにあった?」

「はい」

「ほら、やっぱり」


 イディオンは、にかっとした。



「ぼくの言った通りだったろう?」



 シェイラは、涙を拭って、つんとした(はな)も見せないようにして、花吹雪に笑む。


「……うん」


 花びらに負けない、一番の幸福を見せる。


(ああ……)

 ふうっ、と息を吐き出すと、シェイラは力を抜いた。


 ──満足だ。


 ゆるやかに、体から力が抜けていく。張っていた気がゆるむと、シェイラのなかに残るのは、ただ幸福と喜びだけだった。まぶたを、閉じる。


(わたしは、だれよりも……)



 ──幸せ、だった。



 そして、シェイラの体からは力が抜ける。落下する。


 イディオンが、悲鳴をあげるように、名を呼んだ。



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