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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第17章:魔法が使えない魔導師─後編─

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329話:マーロ

 マーロは、惨状になにも感じることはなかった。

 荒れ果てた野が、さらに荒れ果てようが、興味はなかった。


 ──希望は、潰えた。


 マーロがやって来たことは、やはり無駄で、なんの意味もないことで、思考実験でしかない絶望の未来であった。


 それが、証明された。

 雷氷が落ちるなか、マーロは吐き出した白い息を見る。大地は蠕動し、呪いを扱った騎士たちは皆その肉塊に喰われて落ちていった。まもなく、マーロも呪いを受け容れた結果、喰われる。


「……マーロ・スパン」


 堕ちた尖塔に腰かけていたマーロのところにやって来たのは、飛翔したシェイラとイディオンであった。

 女のほうはつい先刻まで殺り合っていた。団長と同じ命を削る茨が体中を這っている。

 その目に絶望がないことを、マーロは口角を片方上げて、嘲笑った。


「みんな、死んだ」


 上級騎士は、マーロ以外、全員死んだ。惨殺屋の少女メリルは助けようとしたが、彼女は噴き出した溶岩に呑まれてしまった。哀れな子であった。マーロが助けた、報われるべき子であった。彼女は親に恵まれなかっただけだった。


 ──マーロも、マーロの娘からしたら、ろくな親ではなかっただろう。


 大地の魔法が使えなくて、学園でいじめられたのがマーロの娘だった。マーロが街の英雄だったからこそ起きたいじめだった。平民からの成り上がりを許せなかった者が、自分の子たちを使って起きたいじめだと、あとになって知った。


 その時、マーロは選択を誤った。

 より戦果を出せばいい。まもなくマーロは、戦績から、魔導師に叙されることが決まっている。魔導師になれば、破格の給金も出る。そうしたら、こんなごみのような人間しかない街は捨てて、どこか住み心地のよい街に移り住めばいい。


 娘を救い出すのはそれが一番だと、思っていた。


 ところが、マーロが、魔導師叙任の内定を持ち帰って家に帰宅すると、娘は自害し、妻は狂乱していた。


「どうして、一度でも、わたしたちのことを顧みてくれなかったの……っ?」


 血走った目をした妻を見たのが最後だった。妻もまた死んでしまった。

 マーロは、それからすべてがどうでもよくなった。

 〈気高き魔女の騎士団〉に入団したのが、最後の希望だった。


「かわいそうに」


 リマスはそう言って、マーロの境遇を不憫がった。ばかにされているとわかって、その言葉に乗った。


「僕たちは呪いを受け容れる代わりに、黎明をもたらすんだ」


 そうだ。マーロが、やったことも同じのはずだ。妻と娘のために、自分は戦場を駆けた。斧を振るい、〈蜻蛉(とんぼ)〉の毒を受けても、這い上がった。


 ──リマスの大義が叶えば、かつて夢見た家族との新しい生活が望めるような気がしたのだ。


「終わりだ。黎明は来ない」


 夢は、叶わないのだ。

 マーロの家族は、二度、失われた。


「来ますよ?」


 絶望を吐くマーロと異なり、女の魔導師シェイラータは、凛と言った。

 その瑠璃の目には、星が宿っていた。


「……周りを見ろ。現実を知れ。もう、死に絶えている」


 生き残りはどれだけいるだろうか。狂った竜は、今にもまた咆哮を上げ、サージェシア大陸全土に無限に霧を吐こうとしている。

 訪れるのは、黄昏であった。


「いいえ、来ます。わたしたちが、必ず導きます」


 シェイラの言葉に、マーロは唾を吐いた。


「今にも死にそうなやつが言う台詞じゃねえな?」

「そうですか?」

「お前、死ぬだろう。団長と同じ呪いだ」


 シェイラはそれでも笑みを崩さなかった。


「ええ。でも、希望はあります。未来があるんです。だから、わたしは絶望しません」

「……虫唾が走る」


「マーロ・スパン。あなたの、ほんとうの願いはなんだったのですか?」


 出し抜けにシェイラがそう問うてきた。隻眼ごしにマーロは、太い眉を寄せる。


「あなたが願った黎明は、ほんとうは、なんだったのですか?」


 ふいに、耳管の奥で、死んだ娘の声が聞こえた。



「おかえり、お父さんっ」



 小さい頃、娘はよくマーロに飛びついてきた。二の腕で持ち上げると、きゃーきゃー言って喜んだのだ。


「あたし、お父さんが大好き。かっこいい、みんなの英雄で、あたしの大英雄なの。片眼しかないところが最高!」


 大きくなったら、お父さんと結婚する!


 それが娘のよく言う台詞だった。妻の作った、酢漬けと腸詰め肉(ソーセージ)菜汁(スープ)を口にしながら、親ふたりで娘の台詞を笑う。そういうあたたかな、どこにでもある家庭であった。


 ──その生活を、取り戻したかった。


 マーロは、閃光のように込み上げてみたものに、乱されることはなかった。

 人を殺め、呪いの代償としてきたマーロにはもう、込み上げる水はなかった。それは、他に死んでいった上級騎士たちも一緒だ。


 犠牲をよしとしてきた者たちには、曙光は似合わない。

 マーロは、闇の七色を描く空を見てから、横に放った折れかけの戦斧を持ち上げると、シェイラたちに背を向ける。


「……好きにしやがれ」


 捨て台詞を吐く。

 マーロは、臙脂色の長外套を翻すと、そのまま荒野へと消えていった。



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