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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第17章:魔法が使えない魔導師─後編─

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327話:絶対女王の息子

 シェイラの意識が浮上する。まぶたが、持ち上がる。視界が白む。


(生きている……)


 全身が痛かった。外も中も悲鳴を上げている。〈命脈〉を消費した感覚があったのに、目覚めることができたのは、サルオン老師からもらった気付け薬のおかげかもしれない。

 それでも、シェイラは自分の体がもう限界に至っているのがわかった。


 当たり前だ。あれほどの魔法を放った。手間暇をかけて準備した、全力の魔法だった。


 なのに、朧竜には、まったく効かなかった。

 それどころか、シェイラはこの体だ。

 老師たちはどうなったのだろう。フェノアやラムル、スヴェリは無事だろうか。


(イディさんは?)


 彼は今、どこにいるのだろうか。


 そこまで考えて、シェイラは自分がどういう状態にあるのか思い至った。倒れた柱か壁か、瓦礫のなかにできた空間に、自分の体がある。人ひとりかふたりか、手も足も潰れておらず、無事だった。竜の尾で、あれだけ叩かれたのに身体的損傷が少ないのは、長外套の力だけでは説明がつかなかった。

 顔を上げる。


 そうして、シェイラは驚愕を口にした。


「エヴェリヤン殿下……!」



〜*〜



 イディオンは、焦燥に駆られていた。


 古いノザリエ城砦は、ほとんど崩落していて、周囲には青炎と、紅炎が揺らめいている。あまく立ち込めた腐ったにおいのなかに、有機物の焦げついた臭さが混ざった。辺り一面の凄惨なさまに、イディオンは苦痛を覚える。飛来する〈蜈蚣〉や〈蝙蝠〉を屠りながら、軸をさぐる。


 大地が、時折かすかに揺れる。未だ無事な場所も、まもなくすれば倒壊する。

 付近まで来ると、イディオンは叫んだ。


「シェイラ……っ!」


 声が残響する。木霊となっていく。

 かすかに、反応があったのは、倒れかかった柱の下からだった。イディオンはまた、名を呼ぶ。繰り返す。


「──……イ、……さんっ!」


 イディオンは、そして、たしかにシェイラの声を聞いた。{浮遊}を(かたど)り、周囲の瓦礫を片っ端から退けていく。そうすると、ひとつぽっかりと空間があって、手首はそこから見えた。揃いの組紐が目に入って、イディオンはためらわずに体を引き抜いた。


「シェイラ……!」

「イディ、さん……っ」


 抱擁をすると、シェイラのぬくもりがあって、イディオンは強くたしかめた。腕のなかの心地があまりにもかけがえがなくて、言葉にならなかった。

 シェイラの手が、強く背に回ってきた。頭が胸のなかに沈む。


「……会いたかったです」


 小さく聞こえてきた声に、イディオンは思わずさらに力を込めた。頭と背を引き寄せる。

 イディオンの感情は、伝わっているようだった。ぎゅっと背にある外套が握られる。


 ややもせぬうちに、シェイラの顔が後ろ向いた。


「エヴェリヤン殿下が……」

「父上が……?」


 イディオンは、シェイラのつぶやきに意味するところを知った。抱擁を解いて、魔導でさらに瓦礫を取り除いた。

 現れた姿はまもなく柱に押し潰されそうな、父の姿だった。


「……イディオン」


 下肢はすでに下敷きになっていて、上体を保っていられるのは、おそらく身体魔術による力を行使しているからであろうと思えた。


「父上……」

 イディオンは、二の句を継げなかった。


「立派な……姿だな。出会った時の、グシェアを……思い出す。私の……憧れだった……」


 父は、甲冑に身を包んだ息子に、薄く笑った。もう生気はなく、防霧林の白い倒木であった。

 枯れて力を失った父は、空を見上げた。朧竜が霧を吐き出している。叫びが上空で反響している。


「こんなはずでは……なかった」

「言い訳です」


 つぶやく父に、イディオンは断じた。厳しく繰り返す。


「それは言い訳です、父上。母上が、一番最も嫌うものです」

「……そう、だな」


 父は、力なく笑った。


「母上は、たしかに言葉が足りない人でしたが、それを自分でわかっていて詫びる人でした」

「…………」

「母上は、だから人望があったのです。裏表のないムディアンの姿は、母上の血です。父上は、それをずっと、わかってこなかったのですか?」

「私は……」


「あなたを慕っていると話す母上の気持ちを、ずっと疑ってきたのですか?」


 イディオンは腹が立って、言葉を連ねた。


「おれは、あなたと母上の関係が憧れでした。あのように語り合える関係でありたいと思っていました」


 イディオンにとって、豪快な母と賢明な父が話をしている姿は、あたたかな家族の思い出であった。


 母のようになりたい。

 ──父のようにも。


 イディオンは、そう、ずっと思っていた。

 無意識にシェイラの体を引き寄せる。シェイラの顔が上がった。じっと、イディオンのほうを見上げてくる。


「失望です、父上」

「イディオン……」

「失望しました」


 イディオンの怒りに、シェイラが反応した。震える拳が、そっと包まれる。

 エヴェリヤンの顔は、凪いだ。疲れたように、笑った。


「……すまなかった」


「詫びは、母上に言ってください。きっと、いつまででも待っていますよ」

「……待って、くれているだろうか」

「ええ、きっと。適当に体でも動かしながら、待ってくれています。母上は、そういう人です」

「そう……だな」


 エヴェリヤンは、ふと、すっきりしたような顔をした。

 それから、一言告げる。


「あれを、止めてくれ」


 エヴェリヤンは、朧竜を見上げる。

 イディオンは返答する。


「止めます。──絶対女王グシェアネスの息子イディオンは、皆の希望になる」



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