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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第17章:魔法が使えない魔導師─後編─

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326話:時鏡

 額が、熱い。ちかちかと、またたく。

 眠っていた魔法の力が、輝く額のなかに意識を招いているようであった。


 ──時鏡の魔法。


 シェイラの意識は、沈んだ鏡のなかへと潜っていく。水面を覗き込んで、そのまま深くへ。時の螺旋を越え、意識だけが{浮遊}するように、沈んでいく。


 気づけば、シェイラは草地に足を下ろしていた。


 心地よい春のにおいがする。

 紫苑ザクラが、舞っている。草間に、蝶やテントウムシが春の(おとな)いを喜び、花ツバメが羽を黄緑と桃色にしていた。のどかで、ほっとするような景色であった。

 シェイラは、おだやかな景色に見とれるようになる。


「──こんにちは」


 ぼうっとしていると、サクラの(たもと)で魔導書を読んでいる男がいることに気がついた。ゆっくりと書を閉じて、こちらを見る。大きな体だった。がっしりとしていて、肩が広い。大きさだけだと座っているだけでも威圧感があったが、シェイラは不思議とその男にそれを感じなかった。


「こんにちは」


 シェイラは、ぺこっと頭を下げる。薄紫の髪が流れ落ちて、顔を上げると、瑠璃のやさしい瞳とかち合った。


 ──ユベーヌの民。


 男は、シェイラと同郷のようだった。

 チュリ、チュリ、と小鳥の声があいだを縫っていく。


「よく来たね。君が来るのを、待っていたんだ」


 壮年の男だった。髪も瑠璃のように青い。なぜだか安心感のある姿に、シェイラは父ベイドル・ロゼイユとは異なる父性を感じた。


「わたしが来ると知っていたんですか?」


 シェイラは、首をかしげる。この男のことをシェイラは知らない。


「ああ。未来からの旅人がね、いつか必ずシェイラータという魔導師が来るから、その魔導師が来たら、言葉を授けてほしいと言われたんだ」


「その旅人は、なんという方ですか?」


 不思議な気分だった。先回りをされているような気分になる。


「名前は聞いてない。彼は、王だと言った。千年より先の王だと。自分は、未来を描いてもらったから、恩返しをしたいのだと言ってきたんだ」


「律儀な方なんですね」


 シェイラの頭は少し疲れていて、あまり思考が働かなかった。

 消耗しているのだ。〈命脈〉を削ってしまった。

 もう、目覚めないかもしれない。


(だめ)


 ──会わなきゃ。約束を果たさないと。


 シェイラの思考は、つきっとそれだけを刺す。

 シェイラにここからの戻り方はわからなかった。そのまま、壮年の男と話をつづける。


「立派な王さまだったよ。僕も見習わなければって少し反省した。こんなところで、のんびりしてたら、またアンナに怒られる」

「あなたも、王さまなんですか?」

「一応、ね。がらじゃないから、小さな土地をもらって、一応治めている。一応なんとかやっている」


 一応、と繰り返す男の返答に、シェイラは、吹き出した。朴訥な雰囲気に安心感が増していく。


「どうして、わたしを待っていたんですか?」


 シェイラはその男の少し横に腰かけた。

 王に対して無礼だと怒らない気がしたし、男はむしろ隣に来てほしい空気を出していた。その勘は正しくて、男はうれしそうに笑った。少年みたいな笑い方に、シェイラは懐かしくなった。


「君を手助けするためだよ」

「手助け?」

「僕も助けてほしくて。お互いのためってことだよ」


 シェイラのぼうっとする頭は、疑問符だらけになった。子どもみたいに、首をかしげる。

 男が楽しそうに笑う。


「僕は、幼馴染とある賭けをしたんだ。どっちの魔法が勝つかっていう賭けなんだけどね。最初は絶対に彼女が勝ってしまうから、どんでん返しをしたいんだ。君を手助けすれば、彼女を驚かすことができる。頼まれてくれるかな?」


「いいですけども……」


 どんな賭けなのだろうか。

 シェイラの怪訝さに気づきながらも、男はあえて答えなかった。近くにあるタンポポを手に取って黄色の花びらを見つめる。

 しばらくすると、男は口を開いた。


「手間暇というのは、時間や手数をかけることだけじゃないんだ」


「え?」


 シェイラは、首をかしげる。


「手間をかけることは、たしかに時間や手数をかけることになるんだけど、それだけじゃないんだ。そういったものは形になるかもしれないけど、形にならないものでも、手間暇はかけられる」


 男がほほ笑む。


「──答えは、君のなかにある」


「わたしの、ですか?」


 男は肯く。


「未来の王が、そう言っていた。自分がその証左なのだと。だから、これまでやって来たことを思い出してほしい。そのひらめきを信じて。彼は、そう言っていた」


 男のほがらかさに、シェイラはなにか近しいものを覚えた。

 探ろうとして、ふいに、足底が宙に浮かび上がるの感じる。

 意識が、覚醒しようとしている。

 浮揚したシェイラを、男が眩しそうに見上げた。


「ま、待ってください……!」


 シェイラは声を上げた。

 手を伸ばして、尋ねる。


「あなたのお名前は……!」


 シェイラが尋ねると、男が瑠璃の目元をやわらげる。



「──ユベーヌ。僕は、魔導師ユベーヌ。手間をかけたまじないが好きな、ただの暇人だよ」



 ユベーヌはそう言って手を振ると、シェイラの視界から霞むように消えていった。

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