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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第17章:魔法が使えない魔導師─後編─

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325話:ヘライン

 朧竜出現とともに、各国の霧はさらに濃さを増し、〈浮塵子(うんか)〉を呼び、次々と他の蟲を呼んだ。めったに見ない〈雲虹〉や〈蒼鷹〉は飛翔し、〈鯨鯢(くじら)〉が大波を運ぶ。


 各地の混乱と恐慌は、戦場の悲鳴になった。

 大陸全体が混迷と化し、地底から闇の魔術に定義を受けない原初の闇が現れ、呑み込んでいくようであった。


 リマスは、そのさまを、瓦礫の隙間、自らの震える体を抱きしめ、見ていた。凍えた大地の混沌が、大陸全体を呑み込んでいくさまを感じ取っていた。

 リマスに、フランが寄り添う。フランの{隠匿}は瓦礫からも身を隠し、さながら別次元の同じ場所にいるような状態であった。


「団長……」


「僕は、こんなことは望んでない……僕は、今の汚濁を受け入れ、ただ黎明を、未来を願っただけだ!」



 ──リマスは、子どもの頃、〈穢民(サジェノス)〉と蔑まれる日々であった。



 〈穢民〉。もとは、大魔導師サージェストに導くことを許されない、旧ユベーヌや旧ノザリアンナの〈導脈〉を持たない民をいったが、〈魔法が使えない〉人間を侮辱する言葉であった。


 はじめにその言葉を放たれたのは、魔法学園の初等部にいる頃だ。基礎魔法の学習がはじまり、魔法を使うに当たって必須の〈導脈〉を持たぬことがわかり、学友たちから蔑まれるようになった。


「かわいそうに」


 そう言われる日々だった。屈辱だった。実践以外の科目や机上試験においては、リマスより抜きん出るものはいなかったにもかかわらず、〈魔法が使えない〉だけでリマスは、ばかにされる。


 このサージェシアでは〈魔法が使えない〉と、憂き目に遭う。

 蔑まれる日々が、リマスのなかに、少しずつ瀝青(れきせい)を溜めていくことになった。


 学園や学院を出ることは、このサージェシアでは当たり前だ。流民(りゅうみん)に堕ちない限り平民もあまねく教育を受けられる。〈魔法を持つ〉ものも持たぬものも、サージェシアでは当然に受けられる。

 実技の授業は加点にはなるものの、減点にはならない。

 なんとか生き残れたのは、実技以外の評価が高かったからだ。


 それでも、ひどいいじめに遭えば、口惜しかった。


 ──なぜ僕が。

 ──どうして、僕だけが。


 〈這虫(ほうちゅう)〉の幼生が、地衣類を食しているのを見た時、リマスはなんとなくこの溜まりこんだものをそそいでやりたくなった。


 どうせ〈蟲〉だ。人の害になる。ならば。

 指でも取り上げられる小ささ。害なく、哀れにも苔むしたものしか摂取できない。


 ──かわいそうに。


 哀れみから、ぶちっ、と胴体を切り離した。切り離されたものは霧散していく。外気へ、見えない魔導の霧となっていく。

 かわいそうなものを救ってやったという恍惚が、リマスのなかに、えも言われぬ悦となって満ちるようだった。


 瀝青は、粘りを強くしていった。


 ある日、父からの暴力を一方的に受けるしかない母が、父を呪うのを見た。

 学園や学院では見たことがない魔法だった。人形。母の黒い目は、白目をも喰ってすべてが黒くなり、まじない具は呪詛となって父の首を、蛇柄にして締め上げた。

 見てしまった。そして、父は死んだ。



「……見たわね」



 言った母の双眼は、瀝青と同じ色を放っていた。

「もうお前は戻れない」


 母のねばつきが、リマスの最後に残っていた善性を塗りたくった。


「お前もノザリアンナさまの術を継承するのよ」



 ──誰かを呪うところを見られてはならぬ。

 見られたならば、引き入れるか、あるいは……



 母は言って、リマスに呪を授けた。


 そして、授けられたものを試したのは、学院にいる頃だ。

 哀れな人間であった。自分がいかに立派な血統であるかを振りかざし、ずっとリマスを蔑んできた。

 そんなことを言わなくても誰もが知っている。言わずにいられないということは、この者にもなにか事情があるのだろう。


 ──かわいそうに。


 長外套(ローブ)に付いている頭髪を一本拝借した。〈蜻蛉(とんぼ)〉の尾の毒で練った泥人形に頭髪を巻きつける。人形の首のところを始点と終点にし、結び目を作る時に呪文を年齢の分唱える。さすれば、呪の完成だった。

 哀れな同輩は、陽光に焼かれたミミズのようにのたうち回って死んだ。


 快感だった。


 リマスは、もう〈魔法が使えない〉人間ではなかった。他者の生殺与奪を握る呪いを受け入れた魔法の使い手であることに、誇らしくなった。

 そして、のめり込んだ呪術研究で、大学府で導師を取得し、編纂しまとめ上げた研究と論文によって、準師の位を賜った。


 ──〈導脈〉をファル石へと変換する呪了の魔術。


 リマスが準師の位をもらった研究はそれだった。リマスが刻んだ〈完成された文字(シッダム)〉さえあれば、あらゆる道具に仕込むことができる。

 その道具で魔法を奪ってやる。


 暗躍するリマスであったが、死んだ母の部屋から魔導師ノザリアンナの手記を見つけたのは偶然であった。

 母が〈気高き魔女の騎士団〉の団長を継いでいる証明となる書物であったが、今やその秘密結社は廃れた組織だ。

 疑問に思いながらも手記を読み進めるうちに、リマスは興奮した。


(そうか。この世は作られた存在だったのか)


 リマスが〈魔法が使えない〉とされたことも、大魔導師たちによって作られたものであった。

 締め付けられていた義憤が沸き立った。



 ──この世を、黎明に導こう。



 リマスの呪術であれば、ノザリアンナが残した魔術の代償を用意できる。

 そうして、仲間を集めていった。ひそかに、実験も試していった。


 その途上で出会ったのが、シェイラであった。


 リマスと同じ〈導脈〉がない欠損症。哀れな教え子を取り、リマスは、ファル石から〈導脈〉への変換、あるいは代償を払った〈導脈〉の植え付けを研究するに至った。

 その集大成の犠牲になるはずのシェイラが、強い願いによって、リマスの魔術に拮抗したことは誤算であった。


 リマスは怪我を負い、呪いを受けた。左手首を切り取った場所は化膿し、痛みが体中を蝕み発熱した。宿った〈脈〉が呪術になじむリマスの体を苛んだことも大きい。


 一週間、生死をさまよった。


 リマスはそのあいだ、深く淀む水底から生える白い手と顔を、夢に見た。呪いの代償となったものたちの手足や顔が、リマスを手招いた。

 呪いを受け容れ、了承する。

 それがなにを意味するのか、リマスは、はじめて理解した。


 叫び声を上げつづけた。一週間、意識のないままに、自分の首を締め、もんどり打ち、悲鳴を上げつづけ、死を招く呪いに対抗しなければいけなかった。

 そのリマスを、丁寧に辛抱して看病をしてくれたのが、副団長のフランをはじめとした、仲間に誘った騎士たちであった。


「がんばって、団長」

「呪いなんかに負けてはいけません」

「魔法が使えない俺たちを導いてくれるんですよね?」


 夢の寸暇に聞こえてきた声は、リマスを現世に括り付ける希望の杭となった。


(僕は……)


 僕は、なんて無様だったのだろう。


 一週間を経過し、呪いの淵より生還したリマスは、起き上がった時、視界がちがって見えた。今まで散々に哀れみながらばかにしてきた仲間が、母によって締め上げられた善性を解き放ってくれた。



 ──僕は、みんなを黎明に導く。



 呪いを受け容れ、矢面に立つのはリマスだ。団長として、その責を担い、必ず魔法がなくてもいい世の中を導く。


 リマスの視野は変わった。

 永続魔導機構{朧竜}。それさえ討ち滅ぼせば、〈魔導霧〉は消え、蟲はいなくなる。蟲を倒し、生き残るために特化した魔法だけを教わる世の中はなくなる。


 だから、リマスは了承したのだ。

 今の子どもたちの悲しみと苦しみに目を瞑ることを。{朧竜}が作り出したものを背負うことを。


 ──であるのに……



「どうしてだっ!!」



 リマスの叫びは、深く立ち込める霧に呑み込まれていく。



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