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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第17章:魔法が使えない魔導師─後編─

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324話:叡智の魔法(2)

 竜の吐息が出される。

 息は〈魔導霧〉となり、蟲の群集となって襲いかかってくる。


 フェノアら、歌唱の魔導師たちの輪唱が聞こえる。五年近く前の王都ガルバーンでの戦い、その時よりもフェノアの声は澄んでいた。仲間とともに歌が流れゆく。


 ラムルの叙事詩にも熱がこもっている。

 シェイラは、それらを背景に、召喚陣を開いた。アバンダス(銀狼)を喚ぶ。


「仲間とともに」


 シェイラに命じられると、アバンダスは高い遠吠えを行った。呼ばれた銀狼たちが、たちまちに自ら召喚陣を開いて、空に現れ、群れとなって竜へと向かっていく。

 魔力がごっそりと持っていかれるのを感じた。それでも、シェイラはまぶたを閉じる。呼吸を思い出す。瞑想の感覚を体に賦活させながら、{拡張}させるようにする。


 感覚を宿すと、シェイラは腰袋から気付け薬を一本呷って、瓶を放った。

 消耗した感覚が消え失せる。

 シェイラが、この数ヶ月で準備し尽くした魔法。手間暇をかけた魔法。


 ──その魔法を発動させる。



「宵闇の底より……」


  火炎が命を孕み、風が煽る

  やがて訪るる水が静寂をもたらし、

  聖なる福音とともに

  大地が揺籃(ようらん)となる



 元素魔術の成り立ちが、はじまりであった。


 シェイラの真下に、瑠璃の魔法円が現れる。陣を描いた魔法紙を広げるように放ると、伝染するように同じような魔法円が次々と周囲に現出した。

 銀砂(ぎんしゃ)を撒く。帝国時代の陶片(とうへん)を割り、魔導大戦で折れた柱装飾を粉にした。ラリシャ銀を液体化して混ぜ、〈福音ノ日の朝陽〉で乾燥させた粉。


 広げながら、シェイラは淡々と紡ぎ上げ、計算した呪文を詠じる。

 大魔導師サージェストに統一される前。歴史の一旦から作り出した呪文を、原文から転じ、帝国文字から共通文字へ翻訳していきながら、歴史書を編むように唱えつづける。


 体中の〈命脈〉から魔力が吸い上げられる感覚がした。

 数年で、効率よく使いこなせるようになった魔力が、負担のかかる呪文と触媒によって、魔法の力になるのを感じる。

 この感覚は、久しぶりだった。


(ためらわない)


 シェイラは、{朧竜}を倒さねばならない。


 ──子どもたちを、未来を、救う。


 蟲に殺され、泣く、子どもたち。

 〈魔法が使えない〉子どもたち。

 運命に翻弄された道のり。


 魔法が絶対とされる枠組みを作りつづける竜は、自分が倒さねばならない。


 ぐっと、力が入った。

 ためらっていた魔力が、さらに呪文と触媒によって吸われた。体内に忍ぶ線上文字が、痛みとなって、体中を巡りはじめる。


(大丈夫)

 たとえ、消耗したとしても、イディオンには会える。


(約束しましたから)


 シェイラは、笑って、そうして腰袋から磨いた銅板を放った。数カ月かけて彫刻した重層魔法の力が、周囲の陣とともに放たれる。


 呪文は、魔導大戦期から先代聖女の時代へ。

 言葉を変えながら、紡がれる。


 触媒をさらに投げ込んだ。乾いた鏡薇(かがみぜんまい)、シェバルの額石(ひたいいし)、月の欠片、アベル高山の水紋石、それらが放られたそばから乱反射し、シェイラの手元に銀と瑠璃の色を持って集まってくる。


 パレ老師とラムルの叙事詩が、流星群のような隕石と業火をもたらし、竜を焼くが、巨躯には傷をひとつもつけなかった。

 吐かれた息から蟲が群れとなって、魔導師たちに襲いかかる。捌ききれなかった蟲が、地震で崩れた軍営に向かう。


 シェイラの呪文は、今へ。

 学びの尊さ、学ぶことの尊さ、教えること、教えられることの尊さを唱えながら、呪文の末尾へと至る。


「ここに……」


 シェイラは溜めた。

 乱反射した魔法の光が、重層構造となった魔法陣を通過し、陽光を集めた光のようになる。

 巨大な竜の体躯を上下に挟み込むように、シェイラが紡ぎあげた魔法が完成する。


「天高く、地より降り注ぐ」


 シェイラの手元に集まった光は、入り乱れるように弾けた。

 朧竜の上空の陣から、長く太い光柱がいくつも現れる。


 シェイラは、手を持ち上げ、振り下ろす。



「──叡智の結集を授けん」



 命令とともに、光の柱は、竜に激しく降り注いだ。

 一回では終わらない。下から挟み込んだ陣が、柱を吸い取って今度は真下から竜を貫く。

 永遠と続く循環のように、朧竜は光の柱に拘束されたような攻撃を受けた。


 シェイラは、体中の魔力が循環し重層化した魔法によって持っていかれるのを感じる。激痛はもはや麻痺して感じられなかった。


 ごふっ、と口のなかに血が溜まってきて、吐血する。

 シェイラはそれでも魔法を止めなかった。


(必ず……!)



 ──今ここで、死んだとしても竜を討ち滅ぼす。



 さらに魔力を注ごうとした瞬間、それは起こった。


 物理的な衝撃が、シェイラの体を穿つ。横から凪がれるようにして喰らって、シェイラの体は一切の受け身を許さず、城の残骸に墜落した。


 竜の尾。


 抵抗し、喚いた朧の竜が、巨躯から尾を伸ばして、シェイラを薙ぎ払ったのであった。


 光柱が消える。

 陣が解かれる。

 魔法が終わる。


 老師たちや、フェノアやラムルなどの魔導師たち、各国陣営は、怒り狂った竜の叫びを聞いた。口から吐き出されたのは霧ではなく、防衛機構による光炎の吐息。


 それが割れた大地を焼き、下から炎の柱を突き上げた。岩漿が沸く。

 一体が、霧と蟲、青と赤の炎に包まれ、生者は皆、寝そべるしかなくなった。


「シェイラっ!!」


 イディオンの叫び声は、そこに轟いた。


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