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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第17章:魔法が使えない魔導師─後編─

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322話:{代償召喚}

 シェイラは、スヴェリとともに、旧ノザリエ城砦のなかを走っていた。体にはフェノアに施してもらった{増強}の力が満ちている。消耗しなければ、半日は起きていられる。

 シェイラは内心でフェノアに感謝しながら、空間を走り抜ける。


「おそらく、もう少し先に外にせり出た巨大な空間があります。そのあたりに騎士たちはいるかと」


「わかりました」


「シェイラさんだけで向かうんですか?」


「いいえ、わたしが場所を確認したら合図を送ります。そうすれば、パレ老師に連絡が。わたしは{朧竜}召喚に必要な陣を破壊する手筈になっています。代償となるものもそうですが、あの陣のほうが厄介で──」


 シェイラの声は、悲鳴とともに呑み込まれた。

 ともに、地面に揺れるような振動。つい先刻も感じたものとはべつの振動が伝わる。


 収まるのを待つか待たぬかのうちに、直後、シェイラたちの近くの壁をなにかが突き破った。


 臙脂色の長外套(ローブ)。見覚えのある戦斧。隙間に見える隻眼(せきがん)のその男が持っているのは、聖剣と、光るファル石であった。肩には別の男の巨体を抱えている。


 シェイラは顔面が蒼白になった。

 男が──マーロ・スパンが出てきた壁のほうに曲がる。スヴェリがつづいた。


「トール……っ!」


 シェイラは、ひばりが狂乱になっている場に入った。

 壁中に噴き出した血が飛び散って、ヴィクトルが失くなった腕を押さえて叫び声を上げていた。


 シェイラは、なにがあったのか悟った。

 ヴィクトルの傷口に、すぐに{修復}を描く。


「スヴェリさん、お願いです! サルオン老師のもとへ!」


 シェイラは悲鳴をあげるようにスヴェリを命じた。受け取ったスヴェリヤスがまたたくうちに{転移}の残光になる。


「ヴィックが……! ヴィックっ!」


 恐慌を起こしているひばりに、シェイラは尋ねる。


「ひばりさま、{治癒}は? {治癒}は使えませんか?」


「つ、使え……ないの。取られて、使えなくて、わたし……!」


 涙を流すひばりに、シェイラは、事がすべて終わったあとであることを理解した。唇を噛む。


 リマスや、騎士たちへの許しがたい怒りが募った。

 シェイラは怒りのままに魔力を練り上げて、{修復}をヴィクトルに施す。


「……ラータ、{朧竜}を」


 激痛に歪んだヴィクトルが、つぶやいた。脂汗を玉のように浮かせながら、失くしていない片腕でシェイラの手を止める。


「{朧竜}を……止めて、くれ」

「トール……」

「もう、私たちのようなことは……あっては、ならない」


 シェイラとヴィクトル、あるいは、ヒバリとヴィクトルのような、こと。

 シェイラは、もう一度きゅっと唇を噛んだ。


「……はい」


 返事と同時に、{転移}の光がふたつ、赤黒い部屋を照らした。


「ひでえ部屋だ」


 医術国に出向いていた老師サルオンは、惨状を目の当たりにすると、すぐに医療魔導師の顔になった。


 シェイラは場所を空ける。

 震えるひばりに、最後声をかけた。


「トールを、よろしくお願いします、ヒバリさま」

「シェイラさん……」

「ずっと、あなたを苦しませて申しわけございませんでした」

「わたしは、でも……」


 ひばりは、ひきつけを起こしたようになりながら、シェイラを見る。


「もう、わたしと彼は終わりました。どうか……お幸せに」


 シェイラは言い残すと、マーロが走って行った先を、スヴェリとまた追った。


 ヴィクトルとヒバリはサルオン老師に任せる。


 寸刻もおかぬうちに、城砦の広場となるような空間に出た。かつては、城に仕える者たちが行き来したり、国を守る衛兵が訓練をしたような広場であろうと思えた。学園や学院にある広場に似ている。


 シェイラは辿り着いて、そこに彫られている陣を見た。



 ──〈峡谷より導く竜の角笛〉。



 ノザリアンナの手記に描かれた禍々しい魔法陣が、石床に削り取られている。十二の〈完成された文字(シッダム)〉の上には、うち十のファル石。

 残りふたつは、今まさにマーロの手から離れ、置かれる。白く輝くファル石が十一個目。最後に、聖剣が中央の字を貫いた。


 マーロの肩から下ろされたもう一人の男の体が、陣のうえに無造作に投げ出される。出血した体が転がる。


 シェイラは、翅を開いて空へと躍り出た。魔力から大地の柱を現出させて、陣全体を攻撃範囲にする。

 シェイラが魔法を放つのと、{転移}してきたマーロが戦斧を振るってくるのは、同時だった。シェイラは{防護}を描く。


「邪魔はさせん」

「あなたは……っ!」


 シェイラは、マーロとの戦闘になった。元素魔術の応酬になる。隙間に、スヴェリに言い放った。


「パレ老師に……!」


 スヴェリは、さきほど同様に{転移}をしようとした。

 ところが、阻んだのは、突然集まってきた霧だった。〈魔導霧〉が凝集する。スヴェリに集まる。


「黎明の世はもうすぐです」


 霧使いのイダ。

 リヨンの魔法を奪ったイダは、霧砂を散布して、{霧喚び}を行っていた。スヴェリが足止めを喰らうのを確認して、シェイラは、マーロの戦斧をやり過ごしながら、{通信}を放つ。


(老師……!)


 ──イディオン。


 シェイラは、無意識のうちに放っていた。

 届いたのかはわからない。確認するよりも前に、廃墟から現れたリマスの姿を捉えた。白目をも侵襲した黒目がつぶやく。


 〈魔導霧〉が城に満ちた。

 青炎が揺らぐ。


「はじめようか」


 シェイラは、マーロを相手にしながら、沸いてくる蟲を散らすのに、精いっぱいになった。

 リマスは放り出された騎士の男に声をかけていた。


「ユベック、覚悟はできているね?」

「はい……!」


 唇を切り、腫れ上がった顔の男は、リマスを見上げると、心酔しきった顔でオルリア聖教の祈りの言葉をつぶやいた。そして、ためらいなく、自らの心ノ臓に剣を突き立てた。

 シェイラは静止する暇もなく、絶命した男の血が、陣の溝に沈んでいく。


 ──いつか、十五の時の恐怖を思い出した。


 シェイラは、叫んだ。

 リマスのぬるりと入り込んでくる声が、割れ鐘のように響き渡りはじめたのは、間もなくたった。



「──血は、呪いに」



  呪いは、原初の闇に


  汝、虚空に統べる者

  汝、霧の彼方から来たる者

  古の魔導師らより作られれし竜


  角笛は響く 虚空の門を開く

  角笛は呼ぶ 霧の彼方より


  我、汝を呼ばん

  我、汝に捧ぐ

  四の〈哀れな子どもの魔法〉、

  一の〈哀れな超克した力〉。

  〈偉大な女魔導師の力〉は一、

  〈冠を戴く偉大なる力〉は三、

  〈冠を待つ偉大なる力〉は一

  供物として、汝に捧げん


  〈聖なる娘の力〉は門を開き、

  {聖剣}は鍵となる


  角笛よ、鳴らせ


  虚空の門より、来たれ来たれ



「──汝、{朧竜}なり」




 赤黒くなった陣が明滅すると、そこから烈風が生じた。集まった〈魔導霧〉が一瞬で中心に風を生じさせる。

 陣が、浮き上がった。剥がれるように、宙に浮かぶ。


 音が、響く。

 重低の不協和音。


 翅音を煮詰めたような不快な音が、呪了の魔術となって響き渡る。周囲一体から円陣を広げるようにして、角笛の音が軍営の戦場をも抜けていった。


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