320話:狩猟の再現
イディオンは、空ではじまった戦いを目にしながら、ひとつの気配をさぐるようにした。
(……シェイラ)
どこかにいるだろうか。
まもなく、廃墟となったノザリエ城砦から感じ取れた。シェイラは今、スヴェリとともにいるはずだった。騎士団の本拠地はそこにある。{朧竜}を呼ぶのを阻止するために、向かっているのであろうと思えた。
(無理しないで)
イディオンはまぶたを強く閉じると、振り払うように今一度空を見上げた。上空高くに、蒼い影が密集する。
イディオンは見定めると、霧露へと飛び立った。細雨が、頬にぶつかっていく。
あれらは、自分でなければ倒しきれない。
「──多いな」
横に、{浮遊}したヴィクトルが現れた。聖剣を携えている。
イディオンは怪訝に見やる。
「私と、勝負しないか?」
ヴィクトルはにやりと笑って提案した。
「どちらが多く狩れるか。以前の狩猟では、満足に獲物を得られなかっただろう? 羽根のひとつでも持ち帰れば、きっと喜んでもらえるぞ?」
もう五年近く前になる。イディオンの体がまだ小さかった頃。〈姑悪〉に襲われ、非力な自分がくやしくてたまらなかった頃。
ヴィクトルは、言ってくれているのだ。
やり直そう、と。
イディオンは、ふっと息を吐いた。
(これだから、この男はきらいだ)
余裕がある、いい男なのだ。年上の余裕で、イディオンは自分とどうしても比べてしまった。そんな自分が、懐かしく思う。
不敵な笑みを返す。
「望むところだ」
頭上には〈蒼鷹〉の群れ。五十はくだらないだろう。あいだには、〈雲虹〉も見える。
イディオンとヴィクトル。
どちらが多く狩れるか。
先に動いたのは、ヴィクトルであった。くうを蹴ると、光輝をまとった聖剣を構えて、喊声をあげて群れに突っ込んでいく。
イディオンは逆に離れた。
{転移}をしながら、表象する。
天高く上空から、鋭く尖った、かつて見た黒槍をいくつも象る。思い出した彼女の姿は、勇ましく美しかった。
イディオンは、一言、つぶやく。
「──{顕現}」
途端に驟雨のような槍が、降り注いだ。
あいだをかがるように、ヴィクトルが走り抜ける。光の刃が、イディオンが打ち漏らした鷹や極彩色の頭を断じていく。風刃が、硬い腹を切り裂いていく。
イディオンは、二撃、三撃とつづけた。
ヴィクトルも、一刀、二刀と聖剣を振るった。
背合わせに、言葉を交わす。
「なかなかだな」
ヴィクトルの頬には、いくつか傷があった。〈蒼鷹〉の鋭い羽根で切りつけられたのだろう。離れていたイディオンも、いくつか喰らった。互いに細かい傷のみだ。
「老師たちは、あっという間に殲滅していた」
「数がちがうだろう」
「あれくらいの余裕がないと、シェイラはすごいって言ってくれない」
「なんだ? 見栄か?」
ヴィクトルが呵々と笑う。
「べつに、そうじゃない」
イディオンは、むっとする。
「ラータは、どんな時でもねぎらってくれるさ」
ヴィクトルは〈雲虹〉を切りつけた。
イディオンは、槍を落としながら、次の表象を練る。
「知っている」
いらだち混じりに応える。
イディオンの感情は、周囲の空気を氷結させた。雨粒が、雪や雹へと変わっていく。
「ずっと、一緒にいたから」
ヴィクトルの返事を待つより前に、イディオンは頭のなかで描いたものを〈導脈〉で象る。
煙雪が、雲を巻き込んで塵旋風となった。蟲が巻き込まれていく。
光の粉が一筋、ゆっくりと中央をねらう。白縹の閃光が上空から射す。巻き込んだ〈蒼鷹〉を、〈雲虹〉を、確実に仕留める光。
「{顕現}」
ぱあんっ、という音とともに光が一柱、貫いた。
眩しい光が消えると、細氷が舞う。周囲は、霧氷となって、腐ったあまいにおいさえ、閉じ込めた。
ヴィクトルが呆気に取られて、イディオンを見上げる。
イディオンは、はじめて、にかっと笑みを浮かべた。
「ぼくの勝ちだ」
ヴィクトルは、聖剣の光で周囲の霧を{浄化}すると、イディオンとともに地上に戻った。歓声がふたりを迎える。王太子ふたりの戦いに、各国陣営が奮起したのがわかった。
(ほとんどがイディオン王太子の手柄だがな)
ヴィクトルは苦笑しながら応じる。
妬みはない。ただ、唖然としただけだ。ヴィクトルは目立つ{浄化}をしただけで、イディオンの圧勝だ。最初からして、ヴィクトルは、槍で損傷した獲物を討ち取ったにすぎず、とんでもなく戦いやすかった。
(逸材か)
ガルバディアの声援を受けるイディオンを見る。
肩から、力が抜けた。
(あとは頼んだ)
シェイラの残影を振り払って、ヴィクトルは、思考を切り替える。ヒバリをさがす。姿が見当たらない。嫌な予感に刺し抜かれた気がした。
「ヒバリはどこだ?」
ヴィクトルは、侍女のアマリアに声をかけた。
アマリアは喫驚して、それからおろおろとする。
「あ、その、ヒバリさまは……」
「ヒバリはどこだ!」
ヴィクトルは、アマリアの両肩をつかんだ。
アマリアがびくっとして、ばつの悪そうな顔で答える。
「護衛のユベックと……」
ヴィクトルは、返事を聞いた瞬間に身を翻した。
周囲の霧は払ってある。しばらくは問題ない。イディオンや、オモノン老師たち、各国の精鋭もいる。
「すぐ戻る!」
言い残すと、ヴィクトルは{転移}で消えた。




