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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第17章:魔法が使えない魔導師─後編─

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318話:イディオンとヴィクトル

 イディオンは、眼下に七色の王都ガルバーンを見下ろしていた。風に縹色の外套がはためき、{防護}を{強化}した甲冑が銀色に、曇る陽光を輝かせていた。今しがた殲滅した〈螟蛾(めいが)〉や〈飛蝗(ばった)〉の群れの残滓が、周囲を煙らせている。


 女王国の〈極光の壁(オーロラ)〉を模倣した結界は、王都を霧の侵入から完璧に防いでいた。あの邪な精霊魔術を目にしておいてよかったと思う。思わぬところで、国の防衛に役立った。


 イディオンは無言のうちに下降し、〈極光の壁〉をすり抜ければ、都からの歓声が聞こえた。この厄災のうちに民衆が希望を忘れないのは大事なことで、イディオンは手を上げて、観衆に応じる。王城へ帰還すれば、現実が待っていた。


「──殿下、ヴェッセンダリアより通達です」


 伝令兵が、イディオンに告げる。


「各国代表は、明朝までに廃都ノザリエに集結せよ。厄災の目、現れし、とのこと」


「承知した。ガルバディアからは、王太子イディオン・ガルバディアが参じると返答してくれ」


 イディオンはそう言うと、その場にいたムディアンとティアランに向き直った。


「あとは頼んだ」

「任せてください。貴族たちとともに、国内の防衛は霧が晴れるまで果たしてみせます!」


 魔法を失ったムディアンの明るさに、イディオンは笑った。


「あたくしも、蟲が出たら、お母さまのように吹き飛ばしてみせますわ!」


 妹ティアランの母に似た発言に、今度は呆れる。


「景観は壊すなよ?」

「はあーい」

「ティアが暴走しないように、見張るのもおまえの役目だからな、ムディ」

「心得ました!」


 ムディアンとティアランの様子に、イディオンは元気をもらう。


「行ってくる」


 イディオンはそう告げた翌早朝、王国の精鋭とともに、転移陣へと向かった。指定された座標軸──廃都ノザリエへ{転移}した。






 旧ノザリアンナ。廃都ノザリエ。


 大地が、干からびていた。ごうっ、ごうっ、と颶風(ぐふう)が音を鳴らし、砂岩を削っていく。枯れ木はすでに枝や幹を失くし、代わりにところどころを蒼炎が揺らめいていた。

 青い炎は、死んだ王国の民が恨みとなって、青くしているのだという。千年を超えた呪いは、大地を焼きつづけ、北の大地を憎悪で燃やしている。遠くには、アールヴ大山脈から生えた峻嶺な山々が連なり、この凍える恨みの大地を隔絶しているのだ。


 イディオンは、その地を丘陵から睥睨していた。荒れ地の少し先には、かつての都を思わせる城と住居が残っているだけだった。


 祖ガルバーンはなにをもって、この地を焼き、隔てたのか。


 イディオンは未だ残る戦いの爪痕に、己の血に流れる魔導師の罪業を見た。

 薄紫の〈魔導霧〉が、雲烟縹渺(うんえんひょうびょう)としている。遠くから、腐ったあまいにおいを漂わせ、霧障(むしょう)が今か今かと待ち受けている。


 眼下には、召集を受けた国々の垂直旗が次々と揚がって、軍団を成していた。魔導師や魔術師、飛翔師(ひしょうし)たちのひしめくように押し殺された恐れと、どこか高揚とした空気が充満している。

 イディオンは、その光景をどこか鳥瞰と、他人事のように見ていた。踵を返すと、風にくくった銀髪がなびく。



「──イディオン王太子」



 後背(こうはい)に、呼ばう声があった。

 イディオンは、ぴくっとする。感情が冷えていくのがわかった。

 振り向いて、応じる。



「……ヴィクトル王太子」



 そこに、聖剣使いヴィクトル・オルリアがいた。ヴィクトルもまた、常よりも{防護}にすぐれた甲冑を着込んで、紅い外套を風圧に揺らしている。


「久しいな。いや、一年前、星都ですれちがったか?」

「お久しぶりです」


 イディオンは、憮然と会釈した。


「立太子されたと聞いた。めでたいな」

「やむを得ず。本来は、弟がなるはずでした」

「ガルバディア王家に遭ったことは聞き及んだ。女王陛下へのお悔やみ申し上げる」

「…………」

「こちらも……父が身罷った。これが終われば、私も戴冠する」


 ヴィクトルは、山脈の先を見ていた。紅い双眸には、諦めのついたおだやかさがあって、イディオンは秀眉を寄せた。


「聖王家も大変だったと……聞いています」


 だからつい、そんなことを言った。

 ヴィクトルは、一瞬目を瞠ると、ふっとつかえの取れた笑みをイディオンに向けた。


「少し前に、ラータと会った」


「え……」


「彼女から、{朧竜}について聞いた。今や各国代表には伝わっているだろう。数ヶ月前、彼女がオルリアを訪れてな。いちはやく聞いたのだ」


「…………」


「魔女の騎士たちの計画も。私や、ヒバリがねらわれているのだと」


 ヴィクトルは、ちらっと少し後ろにいる聖女ヒバリのほうを見た。それから、薄暗い空を見上げた。


「途方もない話だ。……同時に、虚無を覚えた。自分たちはどんな因果があって巻き込まれたのであろう、と。我が王家に起きたことも、その結果だろう」


「……そうですね」


 イディオンは同調した。

 ヴェッセンダリアで{朧龍}の正体を知った時。父が母を殺したのを認めた時。──かつて、魔法が使えないことに苦しんだ時。


 ヴィクトルもまた、王族として同じような心境に至ったのだと、理解した。


「私は、ラータに振られてしまってな」


 つづいた出し抜けの言葉に、イディオンは意表を突かれた。


「会った時に、告白したのだ。今でも愛している、と」


「……シェイラは、なんて」


「愛していた、と」


 ヴィクトルが、苦笑する。


「他愛なく笑ってすごせることを願っていると言われてしまった。まさか、振られるとは思わなかった」


「…………」


「彼女を変えたのは、君か?」


 ヴィクトルがおだやかな眼で、イディオンの手首──組紐を一瞥した。それから、射抜くように、見てくる。

 イディオンは受け止め、逸らさずに応じた。


「ちがう」


 そこは否定しなければいけない。


「変わったのはきっと、彼女自身だ。ぼくはただ……一年、それにも満たないあいだ、彼女の隣にいたにすぎない」


「隣に……」


「できそこないだった、ぼくの特権だ」


 イディオンは、挑み返す。

 ヴィクトルはしばらくイディオンの眼光を受け止めると、力を失くしたように眉尻を下げた。


「……そうか」

「彼女の隣は……心地よかった」

「妬けるな」


 ヴィクトルは、心から思ったように漏らした。


「私が、いたかった」

「自分から放ったんだろう」

「そうだな」

「シェイラの気持ちを試したからだ」

「言いわけできないな」


 苦笑いをつづけたのち、ヴィクトルは、真剣な顔になった。


「──ラータを、頼む」


「ああ」


「私はもう、まちがえない。私にはべつの、守るべき者がいる」


 ヴィクトルの視線が一瞬、ヒバリに移る。

 戻ってくると、声が低くなった。


「ひとつ、渡したいものがある」

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