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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第17章:魔法が使えない魔導師─後編─

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313話:メリル

 メリルは、鼻歌を歌う。音律に合わせて、がりっがりっ、と(たがね)で削る。彫った石部分が砂になると、ふうっと吹いて飛ばす。一部分を削ったら後ろに下がって全体を見る。一部を削ったら全体を。そうやって繰り返して、まもなく巨大な陣はできあがろうとしていた。


「いつもありがとう、メリル」

「団長!」


 リマスから覗くようにして声をかけられると、メリルは、ぴょんっと跳ねた。それから、がしっと義手がついた腕をぎゅっとする。

 リマスは、小さなメリルの頭を、空いている手でなでてくれる。


 気持ちよく、あったかい。もしかしたら、かつて、あったかもしれない父母の愛情を思い出す。


(ううん)


 メリルは、リマスの手にぬくもりを感じながら、思い出した父母の手からは愛情の欠片を一握も感じなかった。


(ちがう)


 あれは、歪んだ渇望だ。


 ──メリルは、騎士団のなかで惨殺屋の通り名を持つ。


 目的を果たしたあと、対象を鉈で八つ裂きにすることからついた名だった。


 もとは、葬儀屋だった。父母は、テッペント技術国の下層民で、〈導脈〉の力を持たないゆえに、葬儀屋もとい死体処理を担わされていた。

 過酷な環境だった。ただ死んだ者を火葬にするだけならいい。蟲に喰い荒らされた者の後始末をするのも葬儀屋の仕事だった。見るにたえない死体。メリルは、そういったものを小さな頃から父母の隣で見させられていた。

 過酷なのに給金は薄給。


「お前だけが頼りだよ」


 まだメリルが小さかった頃、父母はよくそう言って、メリルの頭をなでた。


「お前に〈導脈〉さえあれば、私たちはこの生活から足を洗える」


 ところが、メリルは、外見的発育をしない稀に見る〈幼子症(おさなごしょう)〉であった。体が成長しなければ、〈導脈〉も育たない。魔法は、使えない。

 結果、学園に通うようになったメリルは、父母から折檻を受けることになった。魔法が使えないとわかれば、以降学園や学院に通うことは許されなかった。


「期待して産んでやったのに!」


 そう言って、死体処理場で鉈を振るわれていたところを、メリルは、通りかかったマーロに助け出された。


「親が子に手を上げるとは、どういう了見だ」


 戦斧を振るって両親を処理場の仲間に仕立て上げたマーロは、震え上がっているメリルに声をかけた。


「来るか?」

 聞かれて、小さく肯いた。


 メリルは、〈気高き魔女の騎士団〉で長外套を作ることや、呪具の用意を任されることになった。〈導脈〉を持たず、一般的な魔法は使えないが、騎士団のなかではむしろそれが当たり前だった。魔法が使えるマーロやユベックが珍しい扱いで、居心地がよかった。自分が、魔法以外で期待され、役に立っているという感覚は、とても救いになった。


 だが、時折、発作的に、メリルは血を見たくなった。鉈を、振るいたくなった。取り憑かれたようにそんな衝動を持て余すことがあって、メリルは特に、それを子どもに感じた。数年前に、オルトヴィア共和国で、アノンという対象をずたずたにしたのはメリルだった。イダに止められていなかったら、メリルはいつまでも鉈を振りつづけていただろう。


 そのメリルの感覚を一番理解してくれたのは、団長だった。


「かわいそうに」


 当初、団長はそう言ってメリルをばかにしたが、左手を失ってからは、メリルをばかにした調子を孕まなくなった。


「僕も、気持ちがわかる」


 義手になった左手をなでながら、リマスは衝動で子どもを惨殺してしまったメリルの頭をなでた。


「どうしようもなく、自分の奥底に満ちぬものを満たしなくなるんだ。飢餓を感じるとでも言えばいいのかな」


 メリルは肯いた。


「あたしもそんな感じ。喉が渇いて、たまらなくなる」

「僕と一緒だね。それでも、自分の飢えに振り回されない時もある。君は十分、がんばってるよ」

「うん」

「僕たちみたいな飢えや渇きの苦しみを持つ人間は、いちゃいけないんだ」

「うん」


「だから、黎明の世を導こう。新しい世で、皆で笑おう」


 メリルは団長に同意した。

 団長は、メリルの衝動が満たされるのなら、と鉈を振るうことを許してくれた。ぴしゃっ、と返り血を浴びて、メリルは渇きを潤してきた。落ち着いているあいだは、こうして陣を彫る。黎明の世のため。廃都に{朧竜}を呼ぶ角笛を刻んでいく。


「そろそろ、大夜宴(サバト)がはじまるけど、来れるかい?」

「うん、行く!」


 メリルはご機嫌で、交互に足を跳躍させながら呪われた青炎をよけ、拠点に戻った。地下へと降りる。


 三階分が開けた空間。奥行きや幅は、十馬身はある。かつて、呪了国で犠牲と奉る儀式を行っていた空間で、柱や壁にはなにかが飛び散ったあとが黒く残っている。

 リマスとは吹き抜けになった階段で分かれ、メリルはくだり、リマスはそのまま空間の上層部に立つ。通廊横の迫持(アーチ)から顔を出し、横に控えるフランとエヴェリヤン副団長二名を伴う。


 メリルは、イダやマーロとともに見上げながら、胸をどきどきとときめかせた。辺りには各地に散っていた騎士たちが詰めかけ、メリルと同様にリマスを見上げた。

 リマスが、高らかに口を開いた。


「──みんな、生まれてきてからこの方、よくたえたね。よく、がんばったね」


 団長リマス・ヘラインの演説は、そうしてはじまった。


「もうすぐだ。もうすぐで、黎明の世が来る」

 リマスは、全員を鼓舞した。

「竜を呼び、魔法がない世界を実現しよう。僕たちのように魔法が使えなくても、生きやすい世界を実現するんだ!」


 来たる黎明はもうすぐだ、とリマスはもう一度繰り返す。


「あと少し、このつらく苦しい世界で耐え抜こう!」


 そうして、リマスが声を上げると、大きな歓声が空間には満ちた。

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