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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第17章:魔法が使えない魔導師─後編─

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312話:イディオンの評判

「──殿下!」


 イディオンは、ひと括りにした髪を揺らして、振り向いた。見れば、対蟲院(たいちゅういん)長官と伝令が、慌ただしく丸められた書簡を差し出してくる。受け取って、無言で中身に目を通すと、丸め直して長官に戻す。


「そうか、わかった」


 表情を変えずに歩みを再開したイディオンに、長官は蒼白な顔でついてくると言い募った。


「中身をご覧にっ?」

「旧呪了国の地に集まるよう書いてあったな」

「オルトヴィアの月に厄災が訪れると書いてあったのですよっ?」

「私の誕生日が近い。とんでもない贈り物だな」


「なぜ、そう平然としていられるのですか!」


「今はエレンシアの月だ。焦ったところで、どうしようもない。そもそも、もとより星詠みで詠われていただろう。特に驚く必要もない」


「ですが……!」


「私たちが驚き焦ると、皆にも悪影響がある。おまえも落ち着け。ただ、いつもより蟲が増え、時期が前倒しになるだけと思え。いいな?」


 イディオンが冷静に言い放つと、長官は泡を食ったような顔をしたが、イディオンは取り合わなかった。


 束の間の時間ができると、頂上の宮殿から壁外の坂をくだって、王子宮へと戻る。応接室に着くと、イディオンは鬱陶しげに髪をほどいて、長椅子にどかっと横になった。


 懐からラリシャ銀のお守り(タリスマン)を取り出す。手に取って、揺れるさまを見つめる。手首には瑠璃の組紐があった。深い溜息が、漏れ出る。



「──おうおう、立太子されたばかりの王太子殿下が、すげえ格好してんな?」



 {転移}の光をまとったスヴェリが、寝転んだイディオンを見下ろしてくる。


「このほうが休める」

「お前、けっこう庶民じみてるよな?」

「おかげさまでな」

「俺のせい?」

「おまえが、教えたんだろう。力を抜く方法ってやらを」

「もとから素質があったんだろ」

「かもしれないな。おれは、そもそも王太子ってがらじゃなかったんだ」


「そうかあ? 亡くなった女王のあとを継いだイディオン王太子殿下の評判は、上々だぞ? まもなく、フィシェーユの魔法で描かれた令嬢たちの肖像画がごった返しで、あちこちに飾られるだろうな。自分のほうが殿下にふさわしいと喚き散らかすぞ?」


「……学園の教材として{転送}しておいてくれ」


 イディオンがうんざりして、お守りを持った手を額におくと、スヴェリがにやっとする。


「そのうち、魔導師ガルバーンの血を継ぐため、貴重な種に合った令嬢が選ばれるはずだ」

「…………」

「表情変えないのな」


 スヴェリが、つまらんと言いながら、空いている椅子に腰かけた。


「ほい、シェイラさんからの返事」


 途端にイディオンは体を起こして、スヴェリから手紙を引ったくった。スヴェリは呆れた顔をする。

 イディオンは素早く目を通して、末尾に書かれた一言を読んで、やわらいだ顔をする。


「……お前さ、いい加減、求婚しちまえよ。厄禍の前の駆け込み、増えてるらしいぞ?」

「しない」


 イディオンは手紙をきれいに畳んで懐にしまうと、迷いなく明言した。


「少なくとも、今は」

「お、一応気はあるのか?」

「厄災の前だと、まるで、死に向かうことを覚悟しているようだ」

「…………」

「おれは、それを望まない。だから、今はしない」


 イディオンが答えると、スヴェリは急に神妙な顔をした。この男には珍しく、思案するような顔だった。


「なにかあったか?」

「……いや」


 わかりやすく、スヴェリは目線を逸らした。

 イディオンは詰め寄る。


「シェイラに、なにかあったのか?」

「いや、ねえよ?」

「事実か?」

「お、おう」

「目を逸らすな」

「いや、まあ……」

「スヴェリヤス」


「……シェイラさんからは、黙っておいてほしいって言われたんだが」


 イディオンがスヴェリの襟首を締め上げれば、観念したようにスヴェリは両手で詫びる動作をしてから、けろっと話しはじめる。


「俺が{転移}した時、シェイラさん倒れててさ」


 イディオンの喉の奥で、ひやっとつめたいものが落ちていった。


「何度揺すっても起きなくて、これはやばいって焦ってたらやっと起きてさ」

「…………」

「起きたら真っ青な顔で、お前には言うなって」

「ぼくには……」

「体調不良らしいけど、お前、知ってたか?」

「……いや」


 イディオンは、表情を悪くした。

 シェイラが黙っておいてくれと言った理由は、想像がつく。イディオンの現状を思って、心配させないようにしたのであろう。ただの体調不良なら黙っておけと言う必要はない。


 寿命に関係するなにか。


 シェイラが隠したがっていたことはきっとそれで、イディオンは急速に胸に霧が満ちたような気分になった。今すぐに動きたくなる足を、呼吸とともにやりすごす。


「聞かなかったことにしてくれ」

「そりゃまあ……」


 言ってしまった手前、スヴェリもそういう体にしておかなければいけない。だが、兄貴分として節介を焼くように聞いてくる。


「でも、ほんとにいいわけ?」

「……約束した。だから、問題ない」


 イディオンは、手甲を握り込む。


 生きて会う、と言っていた。

 ()のままに、彼女が前向きな発言をしたのは、はじめてだった。


(大丈夫だ)


 イディオンは、自分に言い聞かせる。

 ──必ず、またシェイラとは会える。


 それまでに、自分はなすべきことをしなければならない。



「──父上の動向はつかめたか?」



 イディオンは表情を変えた。座り直して、スヴェリの主人として、王太子として向き合う。


「おおよそのな」

 スヴェリは、小ざっぱりと答えた。


 父エヴェリヤンに利用され、捨てられた。その事実は、スヴェリのなかで昇華されたらしい。

 最近はイディオンの部下として、スヴェリは如才なく振る舞っている。


「王都を出てから、おそらく移動していない。妨害があって、たしかな座標は割り出せないが、妨害された位置から、ざっくりとした場所は割り出せる」


「隠匿の術とともに移動している可能性は?」


「それはある。その場合、外れちまうが、王都から{転移}した先はつかんだ。まあ、その移動自体が偽装だったら、これも外れちまうが」


 スヴェリは、{転移}に特化した魔術師だ。{転移}先の座標をつかむ感覚が鋭く、座標は人物を指し示すこともできる。イディオンの表象魔導で、〈{転移}座標を示す地図〉を作り出して渡せば、スヴェリ自体が正確な{捜索}の魔術に類した。

 手で持たなければ発動しないという〈ゆえある裂け目〉を持った〈地図〉は、スヴェリの手で広げられる。


「どこだ?」

「旧ノザリアンナ。廃都ノザリエ周辺」


 スヴェリは、北方の土地を指し示す。


「そこで、殿下の座標は消えている」

「なるほどな」


 イディオンは指されたところを見ながら、顎に左手をやる。


「厄禍の訪れる地、か」


 睨むようにその場所を見る。


(おそらく、{朧竜}を呼ぼうとしている地だ)


 かつて、{朧竜}が条件式大魔導として眠っていた地でもある。

 因果と不穏が斑紋(はんもん)として見えるのは、なぜだろうか。


(シェイラ……)


 イディオンは、書斎につながる象牙の扉を瞥見(べっけん)する。

 はじめて魔法が成功した、あの日の場所。


(……必ず)


 イディオンは、ガザンと交わした約束を思い出す。胸に感じた紋様を払拭するように顔を上げる。


「調査可能か?」

「言われると思った」

「おまえだけじゃ心許ないから、護衛は付けてやる」

「ひでえ」

「頼んだ。やれるだろ?」


 イディオンがにやっとすると、スヴェリは一瞬目を丸くしてから、同じくにやっとする。


「おうよ」


 イディオンとスヴェリは、がっちり掌を握り合うと、互いの務めに戻った。


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