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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第16章:魔法が使えない魔導師─前編─

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310話:シェイラの不安

 シェイラはオルリア聖王国から帰還後、没入するように、塔ノ都にある呪術の蔵書を片っ端から漁りはじめた。ノザリアンナの手記に書かれている陣を解析するためだ。

 異様な集中力は寝食を忘れるほどで、時折、食事を差し入れてもらっていなければ、シェイラは倒れていたにちがいない。


 オルリアの月に入って、自身の誕生日が過ぎ去り、紫苑ザクラが葉桜となる頃合いになった。シェイラはそうしてやっと、種々の目算をつけ、ルペドの植物紙に報告書をまとめあげた。

 翰筆(ペン)に{自動}をかけ、シェイラの思考を接いで筆記を行う。たいした魔法ではなかったが、老師会へ報告書を提出終えると、どっと頭と体の疲労を感じた。 


 気づけば、シェイラは唐突な眠りに入って、書き物机の上で意識を失い、そのまま床に倒れた。

 シェイラを見つけたのは、{転移}してきたスヴェリであった。


「シェイラさん……!!」


 何度も何度も揺すられたのだろう。大きな声で呼ばれて、シェイラの意識は浮上した。

 思考がぼんやりとした。自分が今どこにいて、なにをしていたのかわからず、スヴェリをぼうっと見やる。


「スヴェリ、さん……?」

「シェイラさん! よかった……!」


 スヴェリに問われて、シェイラは自分に起きていたことを悟った。

 顔が蒼白になる。時計盤の暦と時刻を確認すれば、自分が一日近く眠っていたことを知る。石床に倒れていたからか、体中が痛かったが、それ以上に、倒れていた事実に震えが起こった。


(わたしの……)


 ──体。〈命脈〉。


 両手を広げれば、うっすらとユベーヌの線上文字が銀色に浮かび上がっている。

 前回倒れたのは、オルリアでの戦闘後。今回は、ただの{自動}だ。ずっと酷使していたとはいえ、〈命脈〉に負担を強いる魔法ではない。


 シェイラは、愕然とサルオンの忠告を思い出す。


「体調不良っすか……?」

 シェイラの様子を見たスヴェリがおそるおそる尋ねる。


「……で、ください」

「え?」

「イディさんには、言わないでください……っ!」


 シェイラは、スヴェリの腕にしがみついた。


「お願いです。イディさんには、黙っておいてください」

「そ、それは、もちろん、シェイラさんが言うなら黙っときますが、病気……なんっすか?」


 シェイラは、ひとつ、誤魔化すように肯いておく。交わした組紐に手をかけて、自らの胸に引き寄せるようにする。


(こわい……)


 前回は眠りに落ちるまでに、意識する瞬間があった。

 だけど、今回はちがう。気づいたら、眠っていた。一日近く。だれにも気づかれず、起こされていなかったら、シェイラはどれほど眠っていたのだろうか。

 シェイラの素振りから、スヴェリはなにかを察したようだった。それ以上問われることはなく、懐から{封緘}のされた手紙を出す。


「イディから」

「……イディさんから?」


 シェイラは、急いで中身を確認する。

 はじめは、イディオンが解釈したノザリアンナの手記に関することであった。マーロから渡されたものは、{転写}して、シェイラとイディオンでそれぞれ持った。


 〈峡谷より導く竜の角笛〉の魔術について、解釈に差はなかった。伏せられた箇所の考察も、相違なかった。


 聖女と聖剣の力。

 手記によれば、{朧竜}を作り上げるのに、サージェストと弟子たちは、一人ひとり役割を担った。だれがなにを構築したのかざっくりとしか書かれていなかったが、特に、魔導師オルリアが担ったものがなんなのか、明確に書かれていなかったのだ。


(オルリアは、精霊召喚の魔術から、召喚魔術を確立させている)


 アバンダスを喚び出すのにも使っている魔術だ。

 ならば、オルリアが、聖剣を触媒に聖女を召喚する魔術を作り上げたことは、推測ができた。これにはノザリアンナも協力しているようだったが、仔細はわからない。ただ、代償を必要とする呪術が関連するのであれば、あまり気持ちのよいものではないと思った。


 シェイラは、瞑目して手紙を握り締める。

 イディオンの手紙は、さらに綴られていた。


〝〈峡谷より導く竜の角笛〉は、永続魔導機構{朧竜}が行き着いた結果生じる歪みを、代償とする魔法だ〟


 シェイラはその意味を悟った。

 魔法が使えない子どもたち。魔法の強さによって力を持った王。魔法を極めた魔導師。聖剣使いと、聖女。──彼らの力が代償となる魔法。


(全部……)


 霧の大陸のひずみだ。

 永続魔導機構{朧竜}。それが生み出したものを代償として、{朧竜}そのものを呼ぶのが、角笛なのだろう。

 シェイラは、察する。


(この魔法は……)


 使われてはいけない。たとえ、呼ぶことによって、{朧竜}そのものを破壊する魔法だったとしても、犠牲となったものたちが代償になった魔法は使われてはいけない。

 イディオンも、シェイラと同じ考えを記していた。


〝魔女の騎士たちの企みは防がなければいけない〟


 それは、シェイラの役割だろう。


〝ぼくは、{朧竜}を破壊する方法があるのではないかと考えている〟


 イディオンは、怜悧な字で、そう綴っていた。


〝魔導師ユベーヌ。手記のなかでは、魔導師ユベーヌは、{朧龍}作成に反対したと書いてあった。彼の魔法だけ、{朧竜}にどんな影響を及ぼしたのかがわからない。そこに、手がかりがあるのではないかと思う。手間をかける魔法、ともあった。あなたが得意とするものだ〟


 シェイラも、それは読んだ。


 手間をかける魔法。それは、ノザリアンナとの語らいによって、{朧竜}に施された最後の魔法だという。


 シェイラは、ひとつ、思い至ることがあった。机の戸棚から、一枚の切れ端を引っ張り出す。

 ガザンの、血墨で記された遺言であった。



〝黎明は、あなたのなかにある〟



 シェイラは、その意味を解しきれていない。

 だが、シェイラの知る〈ユベーヌのまじない〉が、{朧竜}を破壊することができるかもしれない。


(考えましょう)


 シェイラの最大の手間をかけて、竜を倒す魔法を構築する。

 イディオンの手紙の最後には、写生帳の時と同じように、さっと一言、走り書きがあった。


〝あなたに、会いたい〟


 シェイラはその筆跡にほほ笑んでから、返事をしたためた。

 老師会に提出した報告書を簡単に記したもので、イディオンの考察と同じくするものをシェイラの言葉で要約した。

 最後に一文、シェイラも記す。


〝わたしも、会いたいです〟


 シェイラの返事は、スヴェリの{転移}によって運ばれた。

 想いを、託す。


 そうして、オルリアの月が過ぎ、エレンシアの月が訪れた。

 開催が見送られた星都大陸会議に代わり、ヴェッセンダリア老師会、及び星ノ国アベル大占卜師(だいせんぼくし)より、各国へ通達があった。




 ──〈霧の厄禍〉、オルトヴィアの月(くがつ)下旬に訪れし予兆あり。

 しかるに、各国、蟲の群れに備えられたし。

 厄禍極まりしところ、聖剣使い並びに聖女、各国主要の陣営、集うことを命ず。

 北方の大地、旧ノザリアンナ。

 青炎唸る大地に、厄災の目、訪れん。





(第16章:魔法が使えない魔導師──前編・了──)



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