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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第16章:魔法が使えない魔導師─前編─

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308/334

308話:決意(1)

 ヴィクトルは、その日の夜半、シェイラと随行してきたラムルの背を見送った。


「どうか、お元気で」

「……君も」


 シェイラは、美しくなったかんばせに笑みを浮かべて、転移陣のなかへと消えていった。ヴィクトル自身は、うまく笑えたのかわからなかった。虚脱のような疲れがあったからかもしれない。


(終わった……のか)


 私室に戻ってきて、ヴィクトルは久方ぶりに寝台に横になった。体から、力が抜けて掛布に吸い込まれていく。長年いだいていた鬱屈が、ようやくとけていったような気がした。


 されど、少なからぬ痛みがヴィクトルのなかに残った。自分は落ち込んでいるのだと、今になってその衝撃をじんと感じる。

 どこかで、たとえ現実には結ばれなかったとしても、シェイラとは互いにいつまでも愛し合っていると思っていた。うぬぼれていたのだ。自嘲が込み上げてくる。


(私だけ、だったのか)


 いや、たしかに、去年までは、彼女は自分を想ってくれていたのだろう。


長外套(ローブ)……)


 彼女は今日、自分があげたものを羽織ってこなかった。その姿を見た時、それは予感のようにヴィクトルを思わせた。

 だから、告白したのかもしれない。話そう、と。変わっていく、自らの新しい{導線}を走りはじめる彼女を見送りたくなかったのだ。


(結果、見事に振られたわけだ)


 苦笑を浮かべるしかなかった。

 それでも、どこかで長年の苦しみから解放されたような感覚があった。体がゆるりと眠気を覚える。今日はよく眠れるかもしれない。久方ぶりの感覚だった。


 だが、ヴィクトルは自身を制した。

 考えなければいけないことがある。


(……ヒバリ)


 私室に潜んでいたまじない具が、ヒバリからもらったものであることを告げた時、シェイラはひどく驚いて、それから戸惑いと不安をあらわにした。

 時を同じくして、ベイドル・ロゼイユとラムルが戻って来ると、シェイラはヴェッセンダリア準師の顔に戻りながら、ヴィクトルたちに警鐘を鳴らした。


「──殿下と、ヒバリさまは、魔女の騎士にねらわれている可能性があります」


「どうして、そのようなことが言えるのか」

 ベイドルは、厳しい視線でシェイラに問うた。


 香炉の対処について、急ぎ査問院査問室へと伝達をしてきたようだったが、見つけた香炉本体は持ち帰ってきた。王宮全体の連絡を滞らせるなにかが蔓延っているなかで、査問室もまた完全には信用できない。そういう判断から預けてこなかったという。


「私の叙事詩で{看破}できましょうぞ」


 自信満々にラムルという魔導師はそう言ったが、ベイドルからは無視された。シェイラの警鐘のほうが重要であると判断したからだろう。


「星詠みの詩です。それに、魔導師ノザリアンナの手記」

「ノザリアンナの手記?」


 ヴィクトルは驚いて、シェイラを見る。


「……はい。長い話になります」


 そうして、ヴィクトルたちは、シェイラから{朧竜}のこと、手記をもらった経緯を聞いた。同席したラムルもはじめて聞いた話のようで、聞き終えると、全員が全員、途方もない話に言葉を失った。


「わたしは、{朧竜}を呼ぼうとしている魔女の騎士たちを阻止し、大魔導{朧竜}自体も破壊しようと考えています」


 シェイラは、絶句するヴィクトルたちのなかで、冷静に決意を語った。


「危険だ」


 ヴィクトルはすぐにそう言った。それだけは判断できた。

 寿命が近くなっているシェイラに、そんなことをさせられない。

 そういう意思もあった。


「危険は、百も承知です」

「なら……」


「──わたしはもう、自分と同じように、魔法が使えないことで苦しむ子どもたちを見たくないのです」


 ヴィクトルの言葉に被せるように、シェイラは強い気持ちをあらわにした。


「トール。あなたのように道のりが限定される人も、見たくありません」

「それはどういう……」

「聖剣と聖女もまた、おそらくこの魔導機構の一部なのです」


 シェイラは、今得られている情報から、考えられることを熱心に喋った。

 ヴィクトルは聞きながら、自身が歩んできたこれまでの道のりに、思いを馳せるより他なかった。


(私と、君は……)


 ヴィクトルとシェイラは、運命に翻弄された人間でしかなかった。

 大魔導師たちが作り上げた魔導機構。その一部でしかなく、一部の錆でしかなかったのだろう。

 千六百年とつづく因果の錆でしかなかったのだ。


 思い至ると、ヴィクトルは憎くなった。すべてが。なにもかもが。自身の踊らされてきた道のりが。聖剣を粉々にして、{導線}上に撒いてやりたくなった。

 同時に、真に思うことがあった。


(……ヒバリ)


 彼女が、あまりにも哀れで、ヴィクトルは、自分がこれまで彼女にしてきたことをひどく悔いた。

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