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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第16章:魔法が使えない魔導師─前編─

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306話:シェイラとヴィクトル(2)

 ヴィクトルを、見る。


「どうして……それを……」


 ヴィクトルの顔が上がった。秀麗な面立ちは、はっきりと告げた。


「ガザン老師から聞いた」

「いつ……」

「……四年前。ガルバディアの宮殿で。君は……戦闘で消耗して、伏していた」


 その言葉で、シェイラはすべてを悟った。

 体が脱力していく。


「……そう、ですか」


「償いがしたい」

 ヴィクトルが、言った。


「……いいのです」


 シェイラは、薄く笑う。


「今日話ができただけで、わたしは十分です」

「だめだ。君の寿命を取り戻す」


 シェイラは、ゆるゆると首を振った。


「……削られたものは、取り戻せません」


「いいや。取り戻す。なんとしても……! 必ず、あるはずだ。自分に誓った。必ずさがし出すと」


 ヴィクトルはそう言うと、胸元に手を入れた。見覚えのある腕環(バングル)が出てきて、シェイラは、はっとしてヴィクトルの顔を見た。


「これに誓った」

「トール……」


「君に。君がくれたものに。

 ──私は今も、君を愛している」


 唐突な告白に、シェイラは瑠璃を見開いた。

 金の腕環と、ヴィクトルの紅い双眸。交互に見つめて、シェイラはそっと目を伏せた。自分のなかの感情を、正直に伝える。


「……はい。わたしも……あなたを愛していました」


 シェイラの台詞に、ヴィクトルの手がぴくっと動いた。


 静かな、間があった。

 シェイラは、少ししてから、ヴィクトルの手を握り返した。


「これからも、あなたの幸福を、心から願っています」


 ヴィクトルが、シェイラを見上げる。


「あなたが、いつも、他愛もなく笑ってすごせるようになることを祈ってます」

「他愛もなく……?」

「きっと、この八年、そういうふうに笑えた時もありましたでしょう……?」


 シェイラが尋ねると、ヴィクトルは紅い目を瞠った。

 それから、力が失われたように、両手が離される。


「……ああ」

「もう、罪悪感から解放されてください。今日で……終わりにしましょう」


 シェイラが言うと、ヴィクトルは無言のうちに受け取ったようだった。顔色は変わらない。けれど、どこか入れつづけた力が抜けた、そんな気配がした。


 沈黙をともにする。


 そうしようとして、急にヴィクトルは「うっ」と声をあげた。こめかみを押さえる。


「トール?!」


 両手で頭を押さえて痛みをこらえるようにする。


「どうしたのですかっ?」

「ぐ、あ……っ、いつもの、だ」


 呻く声に、シェイラは蒼白になった。指さされるままに、香炉を見つけた棚にある薬水瓶を取りに行く。

 やたらにある瓶が、この頭痛のためであることを悟って、シェイラはヴィクトルの症状に落ち着きがなくなった。頭を巡らしながら、青紫の瓶を取り、にわかにいやな気を感じ取った。


 わずかな臭気。さきほどの香炉とは異なる。細く、ひょっとしたら、些末とさえも言えるような気を感じて、シェイラはその袂をさぐるようにして、今一度青銀石を握り込んだ。


(これは……)


 視界に揺らいで見えたのは、一本の線だった。香炉の時ではなく、細い一本の線が、途切れた〈細蟹(くも)〉の糸のように揺らいで、ヴィクトルの頭から先、寝室のほうへと向かっていた。シェイラが寝かされていた先。


 そうして、シェイラは、理解した。

 怒りかなにかに、突き動かされたようになった。部屋に入ると、すべてをひっくり返すようにして、物を散乱させる。抽斗(ひきだし)、枕、掛布、棚、卓下、次から次へと開けては広げ、物をどかして、裏に返す。


「ラー、タ……?」


 体をなんとか起こしたヴィクトルが、シェイラの急な振る舞いに驚いて、扉枠に手をかけながら覗き込んでくる。

 ややもせぬうちに、寝台の下から見つけたのは、ひとつの人形だった。

 シェイラの髪はほつれ、息が上がっていた。


 ──木彫人形。


 一見すれば、よくあるただのまじない具だ。モルリオールの高等魔術学院なんかでも、子どもたちが持っていた。木彫人形は害がないと習うから、皆無邪気に使うのだ。

 だが、シェイラはその人形の靴底に当たる部分を、見た。


 彫られた〈完成された文字(シッダム)〉。

 その凹部分に流し込まれるように注がれている血墨。


 シェイラは、握りながら手が震えるのがわかった。


「それは……」

 ヴィクトルが、人形に心当たりがあるかのようにつぶやく。


 シェイラは、呪文をつぶやいた。高速で二十四回。ヴィクトルの年齢の回数だけつぶやいて、それからふっと息を吹きかけて、シェイラは指先に魔力を練り上げる。

 浄化の炎と、護りの闇。赤と紫を混ぜ込むように手の平に沸かせて、低い温度で炙るように、人形を焼いた。まもなく木材が発火し、馥郁とも言うべき妖しい香木の香りを放つ。そうして、一気に熱量を上げると、炭化させた。


 しゅうう、と、シェイラの手のなかで炭になった人形が、ぽろぽろと黒い粉を落として形を崩していく。

 ヴィクトルは呆気に取られながら、されど、はたと気づいたように自分の頭をさわった。


「痛みが、収まった……?」

「──これは、だれからですか」


 シェイラは押し殺した怒りをぶつけるように、低い声でヴィクトルに問うた。


「だれからもらったものですか、トール」


 許しがたい怒りで、シェイラはヴィクトルを睨みつける。

 ヴィクトルは、虚を突かれながらも、炭化したものを凍りついたように見やった。ぼそっとつぶやかれる。


「……だ」

「え?」


「──ヒバリだ」


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