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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第16章:魔法が使えない魔導師─前編─

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301話:次元の魔女

「だれですか……?」


 シェイラは、珍妙な客人に尋ねた。

 ぴくっと、深々と被ったとんがり帽子の先が、耳のように動いた。鼻のようにひくひくして、腰の曲がりきった老婆がシェイラを見やる。


「あたぁしのことかい?」


 左右ばらばらの大きさの目を、さらにその差を大きくして、青紫の目がシェイラを認めた。上から下まで無遠慮に品定めされる。

 シェイラがこくりと肯くと、その老婆は、にやあっと煙脂(やに)のついた歯を見せた。


「ドゥエルタだよ」


「ドゥエルタ……? ……次元の魔導師ドゥエルタ老師?」


 時間旅行の魔導師。さまざまな時代に旅に行って、常にいない。一定の時間に留まることができないを代償に、悠々と時間旅行を楽しむ老師だと、ガザンから聞いていた。


「そうさぁ〜」


 ケケケ、とドゥエルタは笑った。子どもたちが思い描く一般的な魔女そのものの姿にちがいない。ドゥエルタはそんな笑い方と見た目の老師であった。

 ひょこひょこシェイラのもとへやってきたと思うと、親指と人差し指で自分の顎を挟んで、シェイラに問う。


「さっきやって来たばぁかりでねえ。今は何年だい?」

「はい?」


「何年か教えとくれ」

「……一六三三年、です」


「サージェシア歴? まさか千年代で新暦ってことはないね? 変革王が改定しちまったんでね、訳がわかんなくなっちまったんだよ。時間旅行者のことも考えてくれってんだぁい」


「……変革王?」


 だれのことです? とシェイラが首をかしげると、ドゥエルタは骨と皮だけになった両手で「しまった」と自分の口を塞いだ。


「うっかり未来のことを喋っちまった。聞かなかったことにしとくれ」

「…………」


 この老師は、大丈夫だろうか。シェイラは、時間の渦に巻き込まれたりしないだろうか。


「サージェシア歴一六三三年か。ということは、ぴったりだぁね。この歳になって、やっと目指す座標っていうもの通りに旅できるようになってきたよ。苦労の甲斐があったもんだ」


「あの……老師?」


「とはいえ、時間がなくてね。まだまだ制約が多い。あたぁしが、この時間軸にいられるのは、あと三十分ちょいってところだ。歴史の修復力ってもんで、今度はきっと、適当なところに跳ばされるよ。せめて、(かわや)がきちんとある時代にしてほしいもんだが……」


 ぶつぶつとドゥエルタは喋りつづける。


 やっぱり変人だ。

 ガザンから聞いた時にも思ったが、このドゥエルタ老師は常識人ではない。シェイラのことを置物かなんかだと思っている。

 記念に一六三三年の春摘み茶でも淹れてやろうか、とシェイラが考えはじめた頃、ドゥエルタはシェイラを見定めた。


「で、あんたは、魔導師シェイラータで合ってるかぁい?」

「……わたしに御用だったのですか?」


 シェイラは茶器を用意しながら尋ねる。


「そんなところだね。あたぁしが、変革王のところでやらかしちまって、どやされてね。罪滅ぼしのための御用さよ」


 未来のことを喋ってよいのだろうか。それとも、開き直りなのだろうか。


「変革王の寝所にねえ、忍び込んだのよ。思い出の柱時計があるって言うんでね、円盤自鳴琴(ディスクオルゴール)で作られてる珍しいもんで。あたぁしは、ちょっと前に、さらに先の未来で、その自鳴琴が博物館に飾られてるところを聞いたもんでさぁ。ちょっと音色を聞きたくて、忍び込んだら、あっという間に光の紐で捕まっちまった」


「はあ……」


「ほんとうなら、王の寝所に忍び込むなんて、一瞬で断頭台ものだっていうのを許してくれ許してくれ、代わりになんでもするって命乞いをしたんのよ」


「それで、許していただいたのですか……?」


「この時代へ行けって命令を聞いて、こうしてあんたに会いに来たわけさぁ」

 ああ、こわかった、とドゥエルタは、ぱさぱさの両手の平を合わせる。


「その王さまも、老師がよく約束を守ると思いましたね」


 随分とやさしい王さまだ。

 解放した罪人が、必ず自分の命令を遂行するなんて保証はない。おまけに時間旅行をしているドゥエルタに願うなんて、罪を問わなかったに等しいだろう。


「さぁてね。あたぁしも、命令なんて聞くもんかいって思っていたんだがね。自分は、知っているから、と抜かしやがる」


「知っている?」


「老師は必ず命を果たしてくれる、だとよ。結果を知っているからだと。意味不明なこったぁいよ」


 シェイラも、理解が追いつかなかった。

 変革王がドゥエルタに命じたこと。シェイラへの用件。つまり、変革王からシェイラへの用件ということになるが、それが未来につながっているということだろうか。


「それで、どんなご用件ですか?」


「これだぁよ!」


 シェイラが小首をかしげた瞬間、鋭い、今までの老婆らしいゆったりとした動きは嘘のような鋭い爪弾きが、シェイラの額をついた。

 後ろに、倒れる。額がまたたくようにちかちかした。


「──時鏡の魔法。未来からの贈り物だぁよ。願いと希望のこもった魔法だ。ただし、時限式だがね」


 シェイラは、なんの受け身も取れずに後ろ背に倒れた。

 額の痛みから視界に暗幕が降りる。


「一番、必要な時に、ちゃぁんと発動するから、それまでゆっくりおやすみね、シェイラータ」


 シェイラは遠ざかる意識のなかで、ドゥエルタの言葉を聞く。

 さようなら、変革王の亡き想い人、と。



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