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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第16章:魔法が使えない魔導師─前編─

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300話:抑止の力

 先ぶれを出したうえで、シェイラは、翌日オルリアへと出立することになった。

 研究塔に戻りながら、頭に引っかかった小骨のようなものの思考を深める。


 ──聖剣と、聖女とは、なにか。


 シェイラが引っかかったのは、それであった。

 {朧竜}の正体を知ったうえで考えると、聖剣と聖女というのは、とても不気味なもののように見えてくる。


 シェイラが知っていることは、{朧竜}が〈魔導霧〉を作る規格外の魔法であることだ。大魔導師と弟子たちによって作られた、千年以上動きつづける大魔導。それが{朧竜}だ。

 この事実を、シェイラはまだ、老師たちに明かしていない。イディオンと話し合って、明かす時期ではないと判断した。


「下手な事実だけでは混乱を呼ぶだろう。とても信じられる話ではない」


「同意です。告げるのであれば、一緒に{朧竜}の魔法を打ち破るものを目算してからがよいと思います」


「ああ。いかに、老師たちと言えど、信じるかどうか……」


「ヴェッセンダスの{索引}に示されていたと言えば、受け入れると思います。ですが、十二老師がどう判断をするのか、検討もつきません」


 急使としてスヴェリがやってくる前日のことだ。

 ふたりで、アメリ草の茶を飲みながら、談義していた。


「──{朧竜}は、どうやって千年以上も動いていると思う?」


 イディオンは、不思議な話だと語った。


「大魔導師たちが構築したのだから、ぼくたちでは理解できない大規模な術式が使われているのは、まちがいない。永遠に動きつづける完璧なものだと言われてしまえば、それまでだろう。だが、いかにすごい魔導師たちが作ったのだとしても、人が作ったものだ。完璧というのは難しい」


「前に、おっしゃっていましたね。完璧というのは、案外難しいと」

「ああ」


「十人以上の人間が協力して作ったのです。その難しいことを達成できる可能性は?」

「なくはない、と思う」


 シェイラが問えば、イディオンは顎に手を当てながら長靴を鳴らして、部屋を歩きはじめた。思考している。


「互いが互いの欠点を補う。強みを使って作り上げる。それは可能かもしれない」

「はい」

「だが、規模が大きすぎる。大陸全土に霧を吐く魔導の竜。そんな完璧な存在を、果たして十三人の魔導師たちだけで作り上げることができるのか?」


 イディオンは半ば自問自答のような感じになっていた。

 シェイラはくすっと笑いながら、茶を自らの器に足す。空になったイディオンの茶器にも注いだ。啜りながら、ふと思いついたことを訊いてみる。


「今なお、人力の部分があるのであれば、どうでしょうか?」

「人力?」

「人によるなんらかの干渉があるのだとすれば、どうでしょう。動くために補佐するものがいるということです」

「動くための補佐……」


 シェイラの思いつきに、イディオンは秀眉を寄せた。

 それから、はっとしたように眉を開く。


「〈眼〉だ」

「眼……?」

「あれだよ。エレンシアが言っていた」


 イディオンの言葉に、シェイラは精霊女王との謁見を思い出す。あの時、求めるものはここにはないと衝撃を受けていたが、たしかに、あの女王は〈眼〉という言葉を口にしていた。


(わたくし)は眼ゆえ……いや……』


 シェイラもまた、耳飾りにふれて考える。

 我は、と言っていた。ということは、魔導師たちそれぞれがなにかを担ったのだろう。写本を作り上げるように分業したのだ、おそらく。


(エレンシアが眼を担った理由)

 虹の眼を持つからか。

(いいえ……)


 おそらくは、べつの理由だ。

 はたと気づいたことに顔を上げると、イディオンとかち合った。ふたりで、同じ答えに行き着く。


「〈極光の壁(オーロラ)〉か」


 イディオンが口にして、シェイラは肯く。


「〈極光の壁(オーロラ)〉を築く代わりに、女王国に〈魔導霧〉が入らないようにする。エレンシアは、おそらくその役目を担っているのです」

「自分の国だけ、霧から逃れようということだな」


 イディオンが舌打ちする。

 シェイラはびっくりして、咎めた。


「がらが悪いですよ?」

「悪いのは精霊女王のほうだ。性悪だよ、あの魔導師は」

「今、注意したのはイディさんの振る舞いです」

「年上ぶるのはやめろ」

「年上とか関係ないです。舌打ちは感じ悪いんですから」

「ごめんなさい」


 ちっとも反省してなさそうなイディオンを、シェイラは呆れたように見やる。

 イディオンはこれ以上お咎めなしと思ったようで、話を戻す。


「だが、〈眼〉でなにを捉えているのか……」

「それはおそらく、〈魔導霧〉の濃さではありませんか?」


 シェイラは、からっと言う。


「濃さ?」

「はい。大陸全土に増えすぎるのを観測する役割ではないかと。大地とつながりの深い精霊たちの力を借りれば容易な気がします」

「なるほど……」


 イディオンが思考に潜っていく。シェイラは、自分が思ったことを追加する。


「大陸全体と言えど、平面ではありません。吐きつづけられる〈魔導霧〉が溜まるところ流れるところ、そうして吹き溜まりになっていくところ、全体を観測しているのかもしれません。増えすぎないように」

「増えすぎたら、どうする?」


 イディオンが問う。

 リマスの言葉をかりれば、さまざまな魔法が生み出されるように、魔導師たちは、架空の敵を作り上げたのだ。その敵が増えすぎたら、どうするか。


「抑制するしかないですが……」

「どうやって?」

「そのための、エレンシアの〈眼〉ではないかと。もとから〈魔導霧〉を出しすぎないように、制御する」


 イディオンの秀眉は寄ったままだ。腑に落ちない。そういう顔をしている。

 シェイラも自分で言っておきながら、いささかこじつけがましい気がしていた。そこまでいくと、エレンシアの役目は、〈眼〉だけではなくなってしまう。

 そこで、その日の議論は終わった。互いの黙考が長くなって、答えが出なかった。


 シェイラは思い出しながら、頭に引っかかったことに、ひやりとするものを感じていた。


 ──聖剣と、聖女。

 そして、星詠みの(うた)、前半だ。



 月の輪、十八たび巡る刻

  霧の厄禍

  地を覆わん


 災いに備えよ

  聖剣を掲げ

  福音を寿げ


 されど忘るるな──

  魔女の集いを

  子らの声を

  賤しめらるる者の声を


 聞かずば光は滅び

  抑止の力は失われん



 シェイラは気づいて、足を止める。まもなく、ガザンの研究室であった。

(抑止の力……)

 昨年の星都大陸会議でのヴィクトルとオモノンの会話があった。


『光や、抑止の力とは、私と聖女のことか?』

『おそらくは。厄災を抑える力としての、聖女と聖剣使いの力であろうと思われる』


 シェイラの脳裏はまたたいた。


(厄災とは……〈霧の厄禍〉とは……)


 {朧竜}が吐きすぎた、《《〈魔導霧〉が溜まりすぎてしまう時期》》のことだ。そして、おそらく大魔導師たちは作り上げる前に、そうなる可能性を予見していた。だから、エレンシアという〈眼〉を用意した。溜まりすぎを見定めるために。


(その〈眼〉で見たものを報せるのがエレンシアの役目)


 なんのために?

 予見であれば、大占卜師(だいせんぼくし)や、霧詠みがいる。エレンシアの役目はいらない。


(予見されるよりもはやく感知するためです)


 四年前の王都ガルバーン襲撃。あれを、セレリウスが親しくする精霊は、感知した。

 おそらく、精霊は〈魔導霧〉を敏感に感知するのだ。予見されるよりも、もっとはやく。


(そして、厄禍に備えるために、感知したものを報せる)


 なにに?

 ──おそらく、聖剣に、だ。


 シェイラは、春雷を受けたように、扉の前で佇立(ちょりつ)する。


(トール……)

 額が、こつっと木戸を叩く。

(あなたと、わたしは……)


 どこまでも、箱庭のなかを走らされていた。


 沈殿した過去が舞う。澱みに沈んだ粘土のようなもの。


(わたしたちだけはない)


 ヒバリもだ。

 彼女も、聖剣を媒介として{召喚}され、凝集した霧を払うという装置の一貫として、聖女の役目を負わされている。


(壊さなければ……)


 ──{朧竜}を。


 シェイラが気づいたことをさらにを深めながら、戸を開く。重たい木戸をくぐれば、そこはガザンの研究室であったが、奇妙な声が聞こえて、顔を上げる。



「……ったく、あたぁしに、わかぁるようにしろってんだいぃ」



 大きなネコでも入り込んだのだろうか。

 シェイラは、はじめそう思った。目に見えるのは真っ赤な長外套に包まれた尻で、書棚を漁るようにしている姿だった。


 あまりにも間抜けな姿に、ぽかんとする。直前まで考えていたことがすべて吹き飛んでいった。


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