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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第16章:魔法が使えない魔導師─前編─

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299話:詩人の魔導師

 〈中央書架ノ塔〉大講堂。ひしめく色とりどりの長外套(ローブ)。漏れる強い魔力香。人いきれのなかを縫うようにして、シェイラは空いている席にフェノアと腰かける。


 ざわめきのなか、演壇には憤怒を隠さず大股に闊歩する姿があった。


 オモノン老師が怒りを携えている。細かく波打つ白髪は、一部が逆立ち、ばちばちとした音を立て、視認できる静電を放っている。

 講堂は、前方から(さざなみ)が伝わっていくようにしんとなった。オモノンのあとからは、他の老師たちが、銘々の姿でやって来る。


 衆目を集める老師のなかに、ガザンはいない。その痛みは引き攣ったように感じられたが、シェイラを圧倒するものではなかった。ただ、静かな悲しみがそこにある。

 ふだんであれば、目立つ老師たちのなかで、ガザンの放つ静けさとオモノンの厳粛さが、他の老師たちの異様さを濃く浮き彫りにしていたが、ガザンがおらず、オモノンが怒りに震えていれば、いよいよ壇上は異質な空間であった。


「──オルリア聖王と、マイスリー藍王(あいおう)が死んだ!」


 講堂に、雷鳴が落ちるとともに口火が切られた。

 シェイラをはじめ、魔導師たちのあいだに驚愕が走り抜けるよりもはやく、外には、雷雲が棚引き、豪雨が窓に叩きつけてきた。雲が講堂内に巻き込まれるように、風が壇上のオモノン老師に吸収され、次々と煽りを受けた紙類が、講堂内を踊っていた。

 シェイラはそのさまを視界の隅に置きながら、驚愕から思考する。


(魔導師ノザリアンナの手記)


 めくっていたものに記されていたもの。


 ──〈冠を戴く偉大なる力〉を意味する字。その字が三つ並ぶ、角笛の陣。


 絶対女王。藍王。聖王。

 三つの冠。

 その意味するところ。


(藍王は……)


 マイスリー医術国の王は、藍王と呼ばれた。魔導師マイスリーが、藍色の長外套(ラーベ)を好んで着ていたこと、そのマイスリーの弟子が、大魔導師サージェストであることから、故事に由来して藍王と呼んだ。


 現藍王は、かつてイディオンの主治医のひとりであった。誤診を行ったのもこの男だ。昨年の大陸会議で、シェイラは盛大に藍王を面罵(めんば)してやった。

 医療魔導師でもないシェイラがわかることを、なぜ、あなた方はわからなかったのですか、と。

 当時の師長に従っただけだと言い訳をする藍王を、シェイラは鼻で笑った。


「では、その主張、サルオン老師にお伝えしておきましょう。{解析}の権威である医療魔導師サルオンが、出身国の典医長がそのように発言なさっていたと聞けば、怒り心頭で自国に長外套を翻すかもしれません」


 シェイラが言い放てば、最高権力の座に上り詰めた男は、顔面蒼白になってシェイラを引き止めた。サルオンが自国に戻れば、己の立場が危うい。わかりやすい男の態度に、シェイラは見向きもしなかった。


 くしくも、その前日にイディオンと典医長が遭遇し、イディオンが辛酸を嘗めていたことを、シェイラは知らずにいたが、彼を誤診し、数年に渡って及ぼした影響をシェイラは決して許していなかった。

 そんなことが頭をよぎる。


「──次の星都大陸会議は中止だ!」


 激高とともに、焦げつくにおいを放って、大講堂に稲光がくだった。周囲の魔導師が咄嗟に{防護}を描くが、直撃はしてない。オモノン老師は、怒りをたたえているが、最後の冷静さは欠いていないようであった。一介の魔導師では、老師の落雷を防げない。


「オモノンや、怒りを沈めなはれ。皆が、そなたの魔力に当てられている」


 そっと、雷のあいだをくぐるように静かな声がたしなめた。


 ロン、ロロン……、と竪琴の音が奏でられる。低音から高音まで流れるような音がいくつもするうちに、大講堂の嵐はやみ、焦げついた床は洗浄され、散らばったものは元の場所へと戻っていく。


 ──詩人の魔導師ワレリーノ・パレ老師。


 十二老師の第二席。齢七百を越え、第一席が実情不在であることから、老師たちのまとめ役であった。

 目は常に閉じられているが、盲目なわけではない。小柄な年寄りヤギのような風体ながらも、白髪に、金と青の混じった洒落た長い髪をしている。


(せつ)より、語ろうか」

 ロ、ロン……、とパレ老師は、常に持ち歩く竪琴を爪弾いた。



 聞け、お前たち

  各国の統率は途絶え

  自国を守らんと苦闘の日々

  秋霞にも勝りて混乱ひしめく


 三つの国は王を失い

  一つの国には内戦起こり

  二つの国は自国の防衛にのみ心を奪われ

  一つは沈黙を決め込む

  残り二つが、ようやく手を携えんとす


 魔女の騎士どもはびこり

  大陸はもはや相携うことかなわぬ


 すなわち我らヴェッセンダリア

  各国へと赴き、厄禍に備えよ

  我らの智を集め、用うべき時来たり

  星詠みの詩を信じ

  黎明の世を待て

  お前たちの力の見せどころだ



 ロロン、ロン……

 そうして、パレ老師の語りが終わる。


 一瞬、水を打ったような静けさがあった。次の瞬間には、大講堂は沸き立つような声援のうねりに呑まれる。老師の魔法が会場内に白熱を生んだのだ。


「ふんっ」


 シェイラも、体内の〈命脈〉が上気するような高揚感を覚えていると、フェノアの横から鼻で笑ったような声が聞こえる。


「ラムル師?」

「久しいな、シェイラータ準師」


 いつの間にかフェノアの横にいたのは、ラムル・クナトスだった。四年ぶりにその姿を見た。イディオンの指導を勤めあげたのち、テッペント技術国へと赴任したはずだった。痩せた長葱の印象はちっとも変わっていない。


 なぜ、鼻で笑っていたのだろう。恐れ多くもパレ老師をばかにしていたのであろうか。ラムルの師は、パレ老師の直弟子にあたり、ラムルとパレ老師は、孫弟子関係にあるはずだ。


「老師のお力をこの程度と思ってもらっては困る」

「……そうですか」


 シェイラは、ほっと息をつく。

 壇上のパレ老師は、また竪琴を奏でて、静粛をもたらした。


「語ったとおりだ。各国の足並みは揃わず、冒頭オモノンが怒り散らしたように、厄禍直前の大陸会議開催は見送られることになった。出席するのが三国では、話にならぬ」

「儂は憤っている」


 オモノン老師は言うと、今度は口から炎を吐いた。

 吐き出された炎が獅子となってくうを駆ければ、すかさずパレ老師の竪琴が、水鯨(すいげい)を描いて呑み込んだ。生ぬるい雨粒が講堂に降る。


「ゆえに、ヴェッセンダリア老師会は、諸君らに各国の助力を命じる。防備は、すでに亡きメイベ・ガザンが残した。結界は問題ない。足りないのは火力。厄禍の凝集する霧が晴れるまで、蟲と戦いつづける力が必要になる。国々の防衛に尽力しろ。魔導の研究よりも優先すべき、最重要行動として動け」


 パレ老師は、ロン……と竪琴を弾く。


「拙よりは以上だ」





 大講堂での会合が散会になると、シェイラは、沈静したオモノン老師に呼び止められた。怒りを吐き出したからか、常なる厳しい空気が戻ってきていた。


「手記の解読は終えたか」

「今行っている最中です」


 ノザリアンナの手記については、オモノンたちにも報告を行っていた。〈完成された文字(シッダム)〉が使われていることや、呪いに関することなので、シェイラに一任されている。ほんとうは、ぼうっとしている隙間や時間はない。


「ならばよい。終えれば、すぐに報告しなさい」

「はい」


「話は変わるが、シェイラータ、ひとつ様子を見に行ってもらいたいところがある」

「どちらにでしょう?」


 シェイラは、小首をかしげる。

 オモノン老師は、厳命のように低く告げた。


「オルリアだ」

「え?」

「聖都、王宮の様子を見に行ってもらいたい」

「ですが……」


 シェイラは、オルリア聖教を破門されている。辺境の地であれば、知らぬ者もいようが、聖都であれば、シェイラを知るものは未だ多い。


(それに……)


 王宮には、ヴィクトルとヒバリがいる。


「破門については、問題なかろう。お前の籍はすでにヴェッセンダリアにあり、準師の位がある。使者として赴けば、教会も口を挟めまい」

「そうかもしませんが……」


 シェイラは、祖国を追放された身だ。思わず、ぎゅっと手首の組紐をつかんだ。


「──聖王崩御の連絡よりここ数日、オルリアとの連絡が取れぬ」


 オモノンの言葉に、シェイラは、顔を上げた。

 疲弊したヴィクトルの顔がちらつく。


「今回の召集にも、オルリアに赴任している魔導師たちだけ連絡が取れない。聖王崩御の混乱もあると思うが、厄禍を払うには、聖剣と聖女が必須だ。大陸会議開催は難しくとも、連絡を取り、来たるべき時に備えなければならぬ」


 シェイラは、ヴィクトルの顔が思い浮かぶのと同時に、胸の内側に暗鬱と広がるものを感じる。頭のなかで、引っかかることがあった。


「頼まれてくれるか、シェイラータ」


 オモノン老師の言葉に、シェイラは肯く。


「承知いたしました」


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