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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第16章:魔法が使えない魔導師─前編─

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297話:騎士団の日常

 リマスは、うつらうつらとしていた夕寝から目を覚ました。体がひどく気怠く、忌々しい。


「あ、団長、起きたー?」


 存外に明るい声が響いた。メリルだ。彼女の体は幼いままで、小さな体から放たれる声はきんきんする。頭が一瞬ぐらついたが、その明るい声は、今のリマスにとって心地よい。


「夕食、できてるよ!」

「行こうか」


 読んでいた書を閉じると、適当に置いて、片足ずつ交互に跳ねながら前を進むメリルについていく。


 廊下を進む。昔の石造遺跡を改築して作り上げたこの場所は、騎士団の隠れ家となっていた。使いづらいところはあるものの、住んでみれば、極寒の大地である旧ノザリアンナの荒野でも風を凌ぐのにちょうどよい。昔の知恵が詰まった遺跡であった。


「団長来たよ〜」


 メリルがそう言って、食堂となっている場所に声を響かせる。

 蝋燭に揺らめき、ぼんやりと明るい部屋には、騎士団の幹部たちが顔を連ねていた。

 上級騎士のマーロ、イダ、メリル、副団長のフラン、エヴェリヤン、そして最後に団長であるリマスだ。


「エヴェリヤンが、こうして顔を揃えられるようになったのはうれしいね」


 リマスが屈託なくそう言うと、茫洋とした目つきのエヴェリヤンは、緩慢にリマスの黒目を見た。無言のうちに逸らされる。

 リマスはそれを受け止めるように笑みを浮かべると、首座に腰かけた。


「さて、いただこうか」


 食卓には、黒麦の麦粉焼(パン)や豆の菜汁(スープ)腸詰め燻製肉(ソーセージ)といった素朴なものしか並んでいなかったが、こうして仲間とともに卓を囲えば心から笑顔になる。

 リマスはそれを、やっと数年前に体感したばかりだった。

 いつも、食事の時間には感謝しかない。


(あと数カ月……)


 それが、リマスの体の期限だ。


 シェイラが寿命を削ったように、強い願いに巻き込まれたリマスも寿命を削った。当時、重傷を負ったリマスを手厚く世話してくれたのが、この場にいる人間たちだった。それから、リマスは心が変わった。

 安らぎを得られるようになった。

 ないものを願わなくなった。虚ろなものを満たしたい衝動に駆られなくなった。今では、ただ、強い願いがある。


 ──僕たちと同じ思いをする人間はもう、生まれてはいけない。

 〈魔法が使えない〉ことに惑わされ、苦しむような人間は、いてはいけない。


(そのためなら、僕たちは呪いを受け容れ、了承する)


 リマスは、〈気高き魔女(ノザリアンナ)の騎士団〉を代表とする団長として、旗印となる。


「──そういえば、ユベックはどうだい?」


 進む食事のなか、リマスは尋ねた。

 食卓にひとり欠ける席。それが、オルリア聖教の元修道師であるユベック・エペストスの席であった。彼は今、重大な役目を担っている。


「上々のようです」


 フランが答えた。リマスが体を休めているあいだに、代わりに報告を受けたのだろう。つづきを聞く。


「聖女とは、懇意にできているとのこと。ひそかに蒔きつづけた種が功を奏したと聞きました。元修道師仲間の侍女からはじまり、貴族の令嬢、貴婦人たちに少しずつ与えてきた呪具が、聖女を追いつめるのに役に立ったと聞いています。聖魔法は無事に得られるだろうとのことです」


「さすがだね。やはり適任だった。元修道師として、聖女に心底陶酔しているうえに、聖剣と聖女の秘密も知り得て怒りを覚えている。彼の感情そのものはまっすぐだから、心の弱っている聖女に近づくにはもってこいの人材だ」


「……対して、聖剣のほうですが、これは、ユベックが直接奪取するのは難しい、とのことでした。聖剣使いの王太子は実力があるうえに、警護も厳しく、聖女の護衛であるユベックが物理的に近づくのは難しいと」


「まあ、そうだろうね」

 リマスは、豆をすくいながら肯く。視線をフランからべつのところに向けた。


「マーロ、実際に戦ってみてどうだった?」


「さすが、歴戦の聖剣使いさまと言ったところだ。実力は、エペストスのほうが遥かに下。たしかに、あいつが物理的に聖剣を得るのは難しいだろう」


 マーロの返答に、リマスは咀嚼してから、フランに視線を戻す。


「それで、ユベックはどうするつもりか聞いたかい?」

「聖女を使う、と言っていました」


「へえ」


 うっそりと、リマスは笑みを深めた。悦が滲む。

 たしかに、リマスは未来に希望を抱き、今に安らぎを得ているが、過去の虚無は残っている。そこに、悦は滲むように満ちるのだ。


「最高だね?」

「……お人が悪うございます」


 隠さなくなった分、ましだろう。

 フランの返答にそんな意味を込めて、笑みを向ける。見えていないだろうが、見えない目できっと感じてくれているだろう。フランとのあいだにはそんな信頼関係がある。


(シェイラ)

 先日、再会したばかりのかつての教え子を思い出す。


(さて、君はどうするだろう)


 婚約者だった男の剣が供物となり、その男を取り合った女も供物となる。それでも、理想の世界を抱きつづけられるのか。


 リマスは自身が抱える虚無のにおいを濃厚に感じながら、質素な食事を平らげた。

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